第八十七話 鬼の双眸
「Bブロック準決勝、ジーニャ対デン……はじめっ!」
ロブ先生が試合開始を告げる。
相対するジーニャは軽く首を傾げ、触感を確かめるようにイヤリングを触っている。帽子を目深に被っているせいで目線は見えないのに、注意深く観察されている気がする。かすかに綻んでいる口元はいかにも猛者っぽい。
「デン。例のヤツ、いくぞ」
「ああ!」
戦い方は決めていた。先手必勝。使い魔を召喚させる隙を与えないように初っ端から大技を出していく。
黒縄の棍棒を両手に持ち替え、デンがその上に乗る。俺は自分の肩甲骨を相手に向けるように大きく振りかぶり、フルスイングした。棍棒の上に乗っていたデンがジーニャに向かって一直線に吹っ飛んでいく。直後、俺は全力疾走した。
剛速球のデンをジーニャが躱す。ここまでは想定通り。
俺はもう一度棍棒を振りかぶり、ジーニャの足元へ投げつけた。この距離、この勢いで投げつけたなら当たると確信したが、棍棒はジーニャの足元に当たる直前に弾かれた。
「何だ今の。バリアか?」
変だな。バリアなんて便利な技を使えるなら、なんでデンを避ける必要があったんだ?
不意を突かれて咄嗟に避けたようには見えない。
バリアによる魔力の消費を抑えたのか。避けられる攻撃は避ける。避けにくいと思ったらバリアを張る。そう考えれば筋は通っているように感じるが――まだ断定はできない。そもそもあれがまだバリアと決まったわけでもないんだ。
とにかく、俺たちの攻撃を途切れさせるわけにはいかない。
「うおおお!」
デンが猛ダッシュでジーニャを追う。電気のエネルギーを放出せずにため込んでいれば攻撃力や移動速度がアップすることは聞いていた。バチバチと音を立てながら駆けるデンから逃げるジーニャ。デンがなかなか追いつけない、相手もかなりのスピードだ。
俺は転がっていた棍棒を手に取り、逃げるジーニャを挟み撃ちにするように追い込んだ。
「一本打法・旋棍撃」
素早く真横に薙ぎ払う一撃を見舞った。師匠から最初に教わった技だ。とにかく相手に攻撃を当てることを目的としたスピード重視の技が、またも弾かれる。見えない、分厚い壁に攻撃が阻まれる。
「デン!相手はバリアを張れるぞ!時間差で交互に攻撃しよう!」
「おうよ!いくぞ!」
デンと俺ががむしゃらに攻撃を繰り出す。が、ジーニャには一度も当たらない。
俺の攻撃は壁にぶち当たるばかりで、デンの攻撃はすべていなされている。
くそっ、なんて受けだ!
「ねえ」
そう言ったのはジーニャだ。低く沈んだ体制から、華麗な後方宙返りを決めたかと思うと、そのまま逆さ吊りのように中空に浮いている。
「悪いこと言わない。棄権しなよ」
逆さ吊りでも帽子が落ちない。鼻先と口しか見えていないけど、その言葉には嘲りも憐憫もなかった。ウェーブの茶髪が揺れる。
「あと半年くらい修行したらもっといいセンいくよ。今はやめときな。レベルが違い過ぎる」
「うるせえよ!なめんな!」
デンがジーニャの帽子に飛びかかるが、帽子の先端だけが蛇のように動き、デンを叩き落とす。
「うわっ!」
「こういう言い方は良くないけど、最初に戦った霧の奴の方が君らよりはまだ強い。あの霧は防御魔法も無効化していたし、早々に吹き飛ばさなきゃこっちがやられていた」
あの霧はそれほど脅威だったのか。言われるまで気付かなかった時点で、俺の方が格下なのは明白だった。
「あたしの使い魔は“オーガ”。地獄にいる本物の鬼。あたしにかすり傷一つ負わせられない、今の君らじゃどうにもならない。死ぬよ、ガチで」
「なめるなっつったろ。気付いていないのか?顔を触ってみろよ」
「ん……」
ジーニャの右頬から血が細く滴る。それは見た目ではわからないほど小さいが、確かにデンの攻勢が生んだダメージだった。
「へえ。全部受け流したつもりだったけど」
そうだ。ジーニャはさっきからデンの攻撃に対してはバリアを展開していない。デンの魔力は防げないということか。
――いや、待て。霧の魔力に対しては防御魔法を使ったと言っていた。じゃあ今使っているバリアは、その時の防御魔法とは別物なのか。俺の攻撃を弾くバリアと、霧の魔法を防ごうとしたバリア。
もしかして……。
「デン」
俺は自身の仮説をデンに耳打ちした。まだ確証はないけど、今はこれ以外に考えられない。
ジーニャは最低でも二種類のバリアを持っている。物理攻撃を防ぐものと、魔法攻撃を防ぐものの二種類だ。ただし、それらを同時には駆使できない。つまり魔法に対してバリアを張った時、俺の攻撃は通用するはずだ。
「うん。合ってるよ」
俺の耳打ちが露骨すぎたのか、どうやら聞き耳を立てていたジーニャはあっさりと認めた。
「偉そうに言っちゃったけど、あたしも魔法使いとして未熟なんだ。でも、あたしには一発で形勢を逆転するこいつがいる」
ジーニャは回転しながら着地すると、いつの間にどこから取り出したのか、杖を手にしていた。
「ね。死にそうになったらちゃんとギブアップしなよ」
ジーニャが杖で地面をつつくと魔法陣が浮かび上がった。
「はあっ?」
信じられない、という思いで俺とデンは顔を見合わせた。
「いつ魔法陣を描きこんだ?そんな隙はなかったはずだぞ!」
デンの言う通りだ。あの魔法陣の位置は俺とデンが必死こいて攻撃を――。
「なんでデンの攻撃が当たったのか……いや、というよりデンの攻撃を受け流していた理由がわかったよ」
魔法使いとして未熟だって。それが謙遜抜きで言っているなら、デンが魔法使いになれるのはまだまだ先の話だな。
「デンの攻撃を足元に受け流しながら魔法陣を描いたんだ」
「さあ出番だよ、オーガ」
赤鬼が次元の間から現れる。その眼光から凄まじい威圧が放たれる。
でも。
「くっ……なんてプレッシャーだ。イッチ、おれもやるぞ。こいつは二人がかりで叩くしか――」
「いや、デンはジーニャを倒してくれ」
「ああ?」
「こいつは俺が一人でやる」
「バカか!?おまっ、お前、こいつがやべえのわかんねえのかよ」
「わかるさ。こうして向かい合っているだけで膝がガクガクだ。でもよ、マーブルが見ているんだ」
気付いたのはついさっきだ。鬼が出てくる直前、背中に視線を感じた。
「え……あっ!本当だ。あいつ、普通に座って見てやがる。イッチ、お前のちょうど真後ろだ」
「というわけで、あの鬼は一旦俺に任せてくれ。力が沸いてきたから」
デンは「何言ってんだか、さっぱりわかりゃしねえ」という顔をしているので、仕方なく俺はもう一言つけ足した。
「俺はな、好きな子の前で張り切るタイプなんだよ」




