第八十四話 魔法技能大会
魔法技能大会とやらは校内にある第三アリーナで執り行われる。アリーナの中はとんでもない広さで、バスケのコート二面分の広さの空間が四つ繋がっている。一般的な体育館の四倍の広さと言えばわかりやすいだろうか。しかも、第三ということは当然第一、第二があるわけだ。何度も思うけど、この学校の空間は一体どうなっているんだろう?
この四つの空間は、玄関にある見取り図だとAからDまでの番号が振られていた。トーナメント表を見たところ俺たちの試合はBブロックだからBの会場で試合を行うのだろう。
出場者は大会の開始三十分前に召集され、大会の意義や注意事項等のアナウンスを受けた後、開会の挨拶を聞いて控室へ戻ることとなっている。挨拶を務めたのは、魔法専攻科のトップであるボアーラ教授だ。綺麗に整えられた黒ひげとモノクルはいかにもインテリといった雰囲気だ。
「今更多くのことは語りません。アドバイスは一つだけにしましょう」
壇上のボアーラ教授はそう前置きすると、温和そうな表情のまま目に冷徹な光を宿らせた。
「相手を殺すつもりで戦いなさい」
その一言で明らかに場の空気が変わった。
「医療班の準備は万全。四肢を斬り落とされようが頭を撃ち抜かれようが、怪我は完璧に治癒できる。何も問題ありません」
いやいやいやいや。怪我なんてレベルじゃねーだろ、それ!
なんてツッコミが許される空気でもなく、俺とデンはただ生唾を飲み込んだ。
「いや、お前だけだろ。一緒にするな」
平静を装っているデンが反論してきた。
「そう強がるなよ。尻尾が震えているぜ」
「こ、これは……ムシャブルイってやつだ!」
そう言いながらも自分の尻尾を自分で踏みつけているデンが健気に見えた。
選手用の控室には大きな窓枠があり、ここから試合が丸見えだ。
「お、見ろよ。もう試合が始まるみたいだ」
俺たちの試合は第二回戦、この試合のすぐ後だ。第一回戦はどちらの選手も別のクラスの生徒で、二人ともいかにも魔法使いといった装備を身に付けている。両者とも長い杖を携えており、目元が見えないほどの大きなとんがり帽子を被っている。背格好もそう変わらないので見分けが――いや、片方は耳に大きなイヤリングをしている。女子か?
審判を務めているロブ先生が試合開始を告げると、片方の選手がすぐに杖を掲げて何かの呪文を唱えた。すると、辺りに霧が立ち込めてきた。
「霧を発生させる魔法か?」とデンに訊ねた。
「たぶんな。あんな魔法は教わってないから、入学する前に元々使えた魔法なんだろ」
霧はその魔法の詠唱者も飲み込み、完全に姿が見えなくなった。目くらましか。そこからどう攻撃してくるつもりだろうと俺が少し前のめりになりかけた時だった。
対戦相手――イヤリングをしている方が杖で地面を突くと、そこに不思議な紋様が現れた。その次の瞬間には、紋様から赤い魔人が現れた。本当に魔人という存在かどうかはわからないけど、見た瞬間にその言葉が浮かんだ。上半身の筋肉はボンレスハムのように膨れ上がっていて、その体躯は優に10mは超えている。
魔人は大きく息を吸って、吐き出した。ただそれだけで勝敗は決した。
霧は吹き飛ばされ、跡形もなく消失した。詠唱者は後方の壁へ激突し、明らかに気を失っていた。
「勝者、ジーニャ!」
魔人を召喚したジーニャという選手は会釈し、杖を手のひらサイズまで縮小してポケットへしまった。赤い魔人はいつの間にか消えていた。
「ふうっ。これ暑いなー」
ジーニャはそう言うと帽子を取った。ウェーブがかった長い茶髪が現れ、サークルのイヤリングが大きく揺れる。
「な、な、何だったんだ。あれ、あの赤いヤツ何だよ。俺たちゃあんなのとやり合わなきゃいけないのかよ」
「あれが本来の使い魔だ。契約した妖魔を魔法陣から召喚する」
そう言ったのは俺でもデンでもなく、側に立っていた長身の男だ。ダウンジャケットにジーパンと、さっきの選手たちと比べるとずいぶん魔法使いらしくない格好だ。
「私はジョットという。君たちが対戦相手のデンとイッチか。常時解放型の使い魔とは珍しいな」
俺はジョットの視線が向かう順番から、彼が勘違いしていることに気付いた。
「それにしても、もう次戦の心配とはずいぶん気が早いじゃないか。まずは目の前の一回戦、私に勝たなければ――」
「あの、すみません。話の腰折ってすみません。俺がイッチです。で、こっちの雷獣がデン」
「……うん?」
「おい、勘違いするな。こいつがおれの使い魔のイッチだ」
「人間です。人間ですけど、その。ちょっとした手違いで」
「手違いとは何だ。おれが機転を利かせたおかげだろ」
ジョットは盛大に笑い声を上げた。
「これはこれは。何とも珍妙な者たちよ。良かろう、デンと使い魔イッチよ、その実力を見極めさせてもらうぞ。言っておくが、私も使い魔を召喚するぞ。悪く思うな」
「はは、お手柔らかに」
「さあ、我らの出番だ。行こう」
なんかすごい爽やかな奴だな。
「おい、イッチ」
デンが小声で囁いた。
「油断するなよ。こいつ自身の魔力はそうでもないが、使い魔の方の実力は未知数だ」
確かにそうだ。さっきのジーニャって奴にしても、出てきた時はそんなに強い雰囲気を感じなかった。でも、あの魔人には凄まじい力を感じた。使い魔のレベルによるけど、もしかしたら正面から立ち向かわずにデンと二人がかりで本体を叩いた方が良いかもしれない。
「両者、開始位置について」
審判のロブ先生が開始線を示す。双方、開始位置についた。深く息を吐き、黒縄の棍棒を握りしめる。
「では第二回戦。デン対ジョット……はじめっ!」
最初に動き出したのはジョットだ。懐から何かを取り出すと、すぐさま真上に投げつけた。鳥の羽だ。何枚もの羽がふわふわと舞っている。
「魔力が急激に高まっている!来るぞ!」
デンの言った通り、空中に舞っている羽が複雑に動き、その軌道で魔法陣を描いた。
そこから現れたのは、夥しい数の怪鳥だった。




