第八十一話 ペインという男
使い魔うんぬんの話は一旦置いておくことにした。ただでさえ情報量が多いのに、これ以上はパンクする。
「まったく、お前はバカだな」
「いいから。はい、少年、ペインの話をお願いします」
「ペイン=ドロゥ。39歳。ルテティエ芸術魔法学校の理事長兼学長で、ドロゥ家の九代目当主」
少年はメガネの縁に人差し指を当てながら語り出した。
「その、ドロゥ家って有名なの?」
「ドロゥ家は300年以上の歴史を持つ華族で多くの著名な芸術家を輩出しているよ。ドロゥ家は保守的で外部から講師を雇うとか弟子を取ることはなかった。芸術に関する技能や知識は代々受け継がれるもので、いわゆる門外不出だったんだ。そんな家柄の当主が学校関係者になったんだから当時は相当な非難を受けたと思う。略歴を簡単に言うと、まず十五年前に外部講師としてこの学校にやってきた。その時はかなり大きな話題になって、今でも当時のインタビューが特集として組まれることがあるくらいだよ。『盛者必衰。改革なき集団に未来はない』というペインの言葉は今でも強い影響力を持っていると聞く」
「ジョウシャ……どういう意味だ?」
俺の顔を見上げるデンに、「どんなに勢いがあるものでもいつかは滅びるってこと」と説明した。
「ペインが外部講師となってから二年後、多数の推薦と学長からの勅命によってペインは学長に任命された。更にその一年後には理事長を兼任するようになった。異例のスピード出世だよ。そこからペインは改革方針を打ち出し、学校の教育体制が大幅に見直された。特に大きな変更点は魔法の導入。この学校は十二年前までは単なる芸術学校だったんだけど、小さな魔法学校を吸収合併して校名変更し、現行のカリキュラムが敷かれた。社会情勢的に魔法の使い手を育てる必要があるっていうのは分かりやすい名目だけど、国防力の底上げに貢献することで国政にも手を伸ばそうとしているんじゃないかって噂がある」
「ちょ、ちょっと待って」
少年の前に両手を出し、話をいったん中断してもらうことにした。あまりに情報量が多い。一気に話を聞いてしまってから質問しようとしたが、気になったことは都度聞かないとわけが分からなくなりそうだ。
「その、社会情勢的に魔法の使い手を……って話だけど。それはどうして?」
「闇の者が復活したんじゃないかって噂が流れていたからだよ」
さも当然のように少年が言った。「十二年経った今も本当のことは分からない。民衆は未だに半信半疑で、新聞記者たちもその話題だけは慎重に扱っている。どこの地域の雑誌を見ても『復活の兆しか?』とか曖昧な表現に留めている」
「闇の者って千年以上前の魔法使いなんだろ?昔の賢者たちに封印されてからミイラになって死んだって聞いたことあるぞ」とデンが尋ねた。どうやら『闇の者』というのはこの世界では有名な存在らしい。
「うん。そういう意見を唱えている人たちもいるけど、僕には『どうか死んでいてほしい』っていう希望的観測としか思えない。十二年前から現在に至るまで、少しずつ……本当に少しずつだけど、夜の時間が長くなっているんだ」
「どういうこと?」
「言葉の通りだよ。一度夜になると、明けるまでの時間が長くなっている。これは季節柄の問題じゃない。十三年前と今とだったら夜明けまでの時間は一時間以上も長い。この地域に生息している魔物にはここまでの影響力はないから、闇の者が復活したせいだっていう専門家もいる。闇の者は太陽を嫌っているからね。闇属性の魔物たちの出現率もレベルも昔より各段に上がっているよ。今のところは魔法専攻の生徒たちが撃退に成功していて、次世代の賢者候補生とまで言われる生徒が三人いる」
とりあえず魔法使いを育てる必要がある、ということは理解できた。俺は彼に話の続きを促した。
「続き……」
少年は一瞬目を伏せると、何かを決意したかのように口を開いた。
「ペインが理事長に就任して間もない頃、事故で妻を亡くしている。事故の詳細は不明。生まれて間もない一人息子は親戚の家で何不自由なく育てられた」
「息子?え、子どもがいたのか?」
あいつ、一児の父親のくせにマーブルと結婚するなんて宣っているのか。とんでもない奴だ。困惑と憤りで頭が爆発しそうな俺とは違って、デンは冷静だった。
「ちょっと待てよ。お前、いくらなんでも詳しすぎないか。もしかして、お前――」
その言葉の先は彼自身が答えた。
「ちなみに、息子の名前はアティス=ドロゥ。僕の名前だ」
そう言って少年――ペインの息子アティスはベッドの上で立ち上がった。
「父さんに用事があるなら僕も行くよ」




