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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第八十話 デンと事情通の少年と使い魔

「……んがっ!」

「おう、目ェ覚めたか」

 どこか遠いところから獣の唸り声が聞こえていた気がしたが、自分のいびきだったらしい。自分のいびきがうるさくて起きるなんて、じいちゃんみたいだ。

「デン……か?」

 夢……じゃないな。寝ぼけ眼をこすりながら身体を起こした。その途端、ぎゅごるぐるぐるる!!と凄まじい音がした。

「腹減った……」

 そういえばもうずっと何も食べていない。俺の胃が食い物をよこせと叫んでいる。

「そりゃ腹も減るだろうな。とりあえず、これ食っとけ」

 デンがポケットから小さなごぼうのようなものを取り出した。自然と鼻がひくひく動いた。磁石のように顔が吸い寄せられる。

「何それ。なんかうまそうな匂いするな」

「うまそう?これが?人間の食い物はよく分からないな。魔法薬学の教師がおれに渡してきたんだ。ゲンキマンタンっていう生薬だ。起きたら食わせてみろってよ」

「サンキュー……んっ」

 一口かじると、ぶわっと口の中でカレーの香りが広がる。食感はきゅうりに近いな、ぼりぼりと音を立てて咀嚼できる。噛むごとに色んなスパイスの味が弾けていき、どんどん身体が温かくなっていく。

「うまっ!うまいな、これ!」

 魚肉ソーセージくらいの大きさしかなかったのであっという間に食べ終えてしまった。少量だったが少し腹も膨れた。

「そんなにうまかったのか。おれには食べちゃいけない匂いに感じたけどな」

 シャッとカーテンの開いた音がした。隣のベッドを見ると、眼鏡の少年がいた。

「簡単に言うと、それは怪我人や空腹の人にしかおいしそうに見えないように改良されているんだよ」と、 少年は手元の本に目を落としたまま喋った。

「あ、そうなの?」

「もともとは万病に効く回復薬で魔女の秘薬だったんだ。闇市場では高レートで取引されていたんだけど、一般市場に出回るようになってからは怪我や病気のない健康な人々が買い占めてしまったせいで病人に行き渡らなくなった。そこで魔法薬学の第一人者であるミモル教授が健康な人や動物には食べづらくなるように改良したんだ。さらには、うまく咀嚼できない老人のために飲み薬としても流通されている」

 へえ~、とおれとデンは同時に感心した。

「ちなみに、ゲンキマンタンという名称は子どもでも覚えやすいようにとミモル教授が品質改良の際に改名した。以上」

 少年は短く言うと、シャッとカーテンを閉めた。

「あ、ありがとう」

 慌てて少年に礼を言ったが返事はなかった。

「ところで」さっきから気になっていることを尋ねることにした。「デン、なんで服着てんだ?」

 一瞬夢かと思ったのはそのせいだ。デンはなんだかどこかの民族衣装のような服を着ていた。マントまでついている。

「魔法専攻の生徒はみんな着る決まりなんだよ。魔獣用まで用意してあるとは恐れ入ったぜ。キュウクツだが魔法の防御力はけっこう高いみたいだ」

 こういうぬいぐるみあるよな、と思ったけど口にはしなかった。

「デンは無事に合格したわけだ。おめでとう」

 へっ、とデンは鼻をこすった。嬉しそうな様子が隠せていない。

「最終試験で血ヘドを吐いて死にかけたけど、おかげでレベルはうんと上がったぜ」

「そうみたいだな。残念なのは俺の方だよ。ごめん。落ちちまった」

「ああ、ゼイルーって試験官から大体のことは聞いた。ぼそぼそ喋るから聞き出すのにだいぶ苦労したが、100時間100枚ってやつだろ。あんなもん誰がクリアーするんだよ。マーブル以外無理だろ」

 ふっ、と思わず頬がほころんだ。

「そう、マーブルにはできたらしい」

「だろうな」

「んで、俺はそのマーブルに会った」

 デンは椅子から転げ落ちそうになった。

「実はあの試験中にな――」

 俺はマーブルと遭遇した経緯をデンに説明した。

「やっぱり様子がおかしいな」

 俺の話を最後まで聞いたデンが口を開いた。

「あいつ、誰がなんと言っても絵を描くのを中断したりしないのに」

「そうなんだよ、おかしいだろ」

 デンの指摘に深く同意した。

「その絵も変だった。今までのような絵とは全然違うんだよ。ただの風景画やデザインで、なんつうかロボットに描かせたみたいな絵だった。キレイだけど味気ないんだ。そんなの真逆だろ、今までとは」

「ロボットってなんだ?」

「人間みたいな機械のことだ。機械人形っていうか」

 いまいちイメージが沸かないのか、デンはううんと唸ると首を振った。

「まあいい。それより、プリエルっていうのがあいつの本名なのか?」

「それも分からないけど、マーブルはすんなり受け入れているようだった。無理やり従わされている感じはまったくなかった。でも……」

 あの時のマーブルの目は暗かった。絵を描いていたとはとても思えないほどに。

マーブルはずっと無表情だったけど、その目を覗いてみれば感情が伝わってきた。楽しいかどうか、興味があるかどうか、お腹がすいているかいないか。言葉や表情に出ないだけで、マーブルはとても素直な感性を持っている。

 あの時のマーブルは、色んな感情が削ぎ落されているように感じた。感情を込めずにただ絵を描いて、あの男の言う通りに――。

「ペインだ」

 唯一、幽霊状態の俺の存在に気付き、俺を強制的に現実に引き戻した男。

「あの男はマーブルの変化と無関係じゃない。直接話を聞く必要があるな」

 シャッとカーテンが開く。先ほどの少年だ。

「やめた方がいいよ」

 え、とおれとデンが顔を見合わせる。

「簡単に言うと、ペインは一般の生徒と会うことはまずないよ。生徒が会える一番偉い人は副校長

のクロキって決まってる。 その下が芸術専攻科長のエスキスと魔法専攻科長ボアーラ。この三人が実質上のトップだよ」

「おい、さっきから何なんだ、お前」

 デンがじろりと少年を睨みつける。

「ペインは姿を現すのは入学式と卒業式の時くらいだよ」

「無視かよ!」

「まあまあ。えーと、君、ペインのこと知ってるんだよね。あいつのこと、詳しく教えてくれないかな」

 俺がそう尋ねると、少年はそこで初めてこちらを見た。眼鏡の奥の瞳はブルーで、短く整った黒髪とはミスマッチのように感じた。

「だめだよ」

 少年はそう言うと開いている本のページに目を落とした。

「生徒じゃない人に内部の情報は話せないよ。今まで話したことは学校案内を読めばわかることだから話した。ちなみに、さっきのゲンキマンタンのことなら周知の事実だから話した。以上」

 少年はそう言うとカーテンを閉めようとした。その手をデンが掴む。素早い動きだった。

「待てよ。なんで生徒じゃないってわかるんだ?それに生徒じゃない奴でもこの医務室で休んでいいのかよ」

 あ、やっぱりここ医務室だったのか。カーテン付きのベッドが6つ。確かに内装は既視感のある病室だ。派手な彩りの壁紙を除けば、だけど。

「いいよ」

「いいのかよ!ほんと何なんだ、お前!」

「まあまあ、デン」

 俺はデンの耳に近付き小声で言った。

「せっかくの情報提供者だ。慎重に扱おうぜ」

「ちなみに丸聞こえだよ」

「相変わらずのバカだな。もっとうまくやれよ」

「とにかく!生徒じゃない俺には聞かせられないっていうなら話は簡単だ。俺はここを一旦出るよ。デンは魔法専攻の生徒だ。デンに聞かせてやってくれ」

「イッチ、その必要はない」

 デンの強い口調に、俺は上げかけた腰を下ろした。

「おい、メガネ。この男はな、おれの使い魔だ」

「……ん?え、誰が?」

「使い魔の名はイッチ。ほら、これが登録証だ」 

 そう言うと、デンは首から下げていたネームホルダーのようなものからカードを取り出した。

 少年は眼鏡を指で上げると、カードの両面を確認する。

「どうだ。これなら問題ないだろ」

「そうだね。分かったよ」

「あの、すいません。話についていけない人がいるよ。それは俺なんだけど……」

 俺は挙手しながらデンの表情を窺った。デンはこれでもかというくらいの笑みを浮かべて、もう一度言った。

「お前は、おれの使い魔だ。これなら学校内を探索できるぞ。ま、そん時はおれがお前の首にリードって名前の縄をつけるけどな!くくっ……」

 吹き出しそうになるデンの頭に、手刀を下ろした。

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