第七十七話 最終試験『ハート(心)』
階段を下っていくと、長い通路があった。無音無臭で、人の気配を感じない通路だ。
ヴァニスに言われた通り、通路の先を進むと、装飾の豪華な扉があった。重そうな扉は自動的に開いた。一歩足を踏み入れると、花の匂いがした。でも辺りには花どころか草木の一本も生えていない。雪のように白い床と高い天井だ。
部屋の奥には椅子が二つある。向かい合わせに並んでいる奥の椅子には眼鏡の男が腰かけている。こいつが試験官か。今までの奴らと同じような服装をしている。
――いや、違う。同じなのは服装だけで中身はまるで別物だ。
こいつは他の試験官とはレベルが違う。
「どうも、こんにちは」
思わず後ずさりした。とっさの反応だった。
こいつはやばい。穏やかな表情をしているが、とんでもない圧を感じる。
「大丈夫、怯えなくてもいいんですよ」
「……おっ」
怯えてない。そう言おうとしたが、言葉が出なかった。
「最終試験は単なる面接です。いくつかの質問に答えてくれるだけで試験は終了します」
「わ、わか……」
「どうぞ、椅子におかけください。ああ、そういう習慣がないのでしたら、そのままでも構いませんよ」
「あ、が……お……」
くそ、なんでだ!
さっきから声が出てこない。音が漏れているだけだ。頭の中ではちゃんと文章ができているのに言葉にならない。
「自己紹介をします。私は魔法専攻で教授を務めるロードヴィと申します。生活魔法、魔法薬学で教鞭を取っています。よろしくお願いします」
こいつが喋っているだけで空気が重く感じる。これがこいつの魔力か?
「違いますよ」
――心を読まれた!?
「『心を読まれた?』と思いましたね。ふふ、あなたはとても反応が素直だ。厳密には心を読んでいるわけではありません。あなたの視線から意を汲んだだけのこと。あなたは今、極度の緊張状態にあります。そのプレッシャーがあなたから言葉を奪ったのです」
ロードヴィという男は手のひらをおれの方に向けながら、ぬけぬけと言い放った。
おれが緊張しているだと。誰がそうさせているんだ。全身が硬直するかのような威圧……これで魔力を使っていないだって?ウソだ。
「魔獣の本能が告げているのでしょう。警戒を解くなと」
ロードヴィはいきなり眼前に現れた。おれは弾かれたように身を翻し、部屋の隅の天井へ緊急避難した。自身のあまりの勢いに背中を強打してしまった。
「本能は常に生存戦略に基づいた判断を下す。危うきには近寄らない、近寄れない。勝てない者とは戦わない、戦えない。引くべき時には引く――なるほど、素晴らしい反射です。まさに本能の成せる業ですね。驚かせて申し訳ありません」
ふふ、と笑みを浮かべながらロードヴィは自席に戻った。
「とは言え、面接官とは受験者に対し多少なりとも圧をかけるものです。試験の一環と思ってご容赦いただきたい。さて……前置きが長くなりましたが、試験を始めましょう」
そう言うと、ロードヴィの背後に何かの装置が現れた。
「砂時計です。これから私はあなたにいくつかの質問をします。それぞれの質問に対して、この砂時計の砂が落ちるまでに答えてください。試験はそれだけです。至ってシンプルでしょう?」
本当に質問に答えるだけでいいのか?それで何が分かるんだ?
「ただし、質問には必ず口頭で回答してください。筆談やジェスチャー等、口で答える以外の回答は認められません。まずは、簡単な質問をしましょう。質問1。『あなたの名前を教えてください』」
ロードヴィが言い終えると、大きな砂時計から砂が落ち始めた。
「……デ、ン」
「はい、ありがとうございます。このように質問に回答した時点で砂時計は止まります。そして次の質問をする時には砂時計の向きは逆に、つまり時間はリセットされます。ちなみに、この砂時計は受験生の方にも見えやすくするために大きくしているだけで、砂が落ちきるまでにかかる時間は10分程度とかなり短いです。くれぐれもご注意ください」
――そういうことか。
それがこいつの狙いか。うまく言葉が出てこないほどの重圧の中での会話。
どういうカラクリかはわからないが、今のおれは心臓を鷲掴みにされているような状態だ。たった二文字の自分の名前を言うだけでも相当な負荷がかかっている。
直接攻撃してくる魔力の方がまだ良かった。さっきの二次試験で身に付けたおれの魔力“チャージ”(蓄電)はあらゆる攻撃魔力を自分の魔力に変換する。でもこの重圧には“チャージ”が反応しない。ということは攻撃魔力じゃない、補助的な魔法か、そもそも魔力を利用したものではないのか、正体が分からない。
分からないことをいくら考えても仕方ない。とにかく、どうにかしてこいつの重圧をはねのけて回答する以外にない。
「質問2。『本校への志望動機を教えてください』」
砂時計が自動的にひっくり返り、砂が落ち始める。
おれは目一杯息を吸った。




