第七十六話 雄たちの目覚め
『バビュロニア旅行記』第二章より抜粋
『ゴゴゴゴ、と天から恐ろしい唸り声が聞こえた。何事かと思って空を見上げると、晴天を塗り潰すような勢いで黒雲が立ち上っていた。その様は伝承にある巨大な魔神そのものだった。魔神は、瞬きほどの刹那に激しい音と光を放ち、地面を穿った。
のちに、とある知恵者は私にこう言った。それは単なる自然現象に過ぎないと。魔神など存在しない、いくつもの条件が重なることで発生する落雷現象に過ぎないのだと。しかし、私が体験した出来事のすべてを語ると、説明のつかない不可思議な現象だとあっさり前言を撤回した。そのくせ私の魔神説は頑として受け入れようとしないのだから、頭の良い者の考えることはよくわからない。
さておき、落雷なる現象は最初の一撃が合図であったかのように、第二撃、第三撃と豪雨の如く無数に降り注いだ。いつの日だったか、神殿に捧げられた名酒を盗み飲んだ天罰ではないかと思うほどの猛襲だった。
凄まじい爆撃が大地を破壊し、私は自身の逃走能力を最大限発揮させているさなか、奇妙な声が聞こえた。轟音の中に獣の声が混じっている。その正体は、無事に逃げおおせた後、遠く離れた丘陵から見下ろした時に気付いた。一匹の獣だ。遠眼鏡を使うと、金色の体毛を逆立たせた猫あるいはイタチのような生物に見えた。
彼は、あの爆撃の中を素早く動き回っていた。瞬きの間に落ちるとてつもない速度の閃光から逃げ惑っていると、最初はそう思った。しかし、事実はその真逆だった。彼は自ら閃光を浴びるために動いている。時には受け損ねた落雷の衝撃に吹き飛ばされながらも、落雷が地面を穿つ前に自分の身体で受け止めようとしている。
何のためにそんなことを?あの閃光を受けても無傷でいられるのか?あの光は彼の好物なのか?
何らかの答えを導き出すには当時の私はあまりにも若く、無知であった。
魔神の攻勢がようやく止んだ頃、私は地に伏せる彼の元へ急いだ。
一体どんな生物だ!?好奇心が止まらなかった。
これが、のちに私の良き相棒となる雷猫デンとの出会いだった。』
変な感じだ。身体の内側から焼かれるような痛みが、馴染んでくる。
雷獣は本能的に体内で電力を高める方法を知り、戦闘経験によって電力の有効活用法を獲得していく。雷のように素早く動き、電気エネルギーを牙や爪に纏わせ、電気の塊を咆哮によって放出することもできる。雷電分身-―ニセモノのおれが今やっていることだ。同胞の中でおれだけができなかった、基本的な技術だ。
でも今、ようやくわかりかけてきた気がする。おれに合った電気エネルギーの使い方。
おれが目指すべきなのは、このニセモノたちがやっているようなことじゃない。おれはオサや同胞のようには戦えない。
まさか自分のニセモノから学ばされるなんて。これがヒニクってやつか。
「これが最後の攻撃だ!」
試験官ヴァニスが声を張り上げる。これまでに何体もの分身を出しておきながら、まったく声量に陰りが出ない。こっちは何度も電撃を浴びてもうヘロヘロだってのに。
「雷電分身×12!雷デン十二撃!」
ニセモノたちが一斉に襲い来る。
意識を背中に集中しろ――今だ!
様々な形状の電気エネルギーがおれを貫こうとした時、そのことごとくが霧散した。
――できた!はっきり分かった、この感覚だ!
「素晴らしい!ブラボーだ、デン!」
ヴァニスはバンバンバンと音が出るほど大きな拍手した。
「私の魔力から形成された雷電分身を自身の電力に変換するとは!雷獣にそんなスキルがあるとは思わなかったぞ!」
それに関しては、おれ自身が一番驚いている。
「いいだろう、認めよう!二次試験は合格だ!」
ヴァニスがそう言うと分身体が消え去った。
「いいのかよ。あんたの魔力はまだ残ってんだろ」
「否、もう結果は明らかだ!モニターの数値がそれを証明している!]
ヴァニスの魔力値は5。おれの魔力値は8から76に増えていた。
「なんだありゃ。そんなに増えているのか?」
「分身の攻撃をその背中で受け止めていただけじゃない。受けた魔力を自身の電力へと変換し、蓄積させていたのだな。いや、蓄積どころから大きく増幅させることまでできるとは!まったく、驚異的な能力だな!」
そこまで驚かれると、まあ悪い気はしない。
「とは言ってもふつうに戦えば私の圧勝だったがな!」
「どういう話の流れだよ!」
「ハッハッ八!いや、すまん、すまん!ケチをつけるつもりはないんだ。驚くべき能力だが課題は多い。本校に入学した暁にはみっちり基礎から鍛えさせてもらうからそのつもりでいてくれ!」
「ちっ、まあいい。とにかくこれで先に進めるんだろ」
「うむ!次の最終試験は“ハート”。心の強さを測る試験だ。さあ奥の扉へ進みたまえ」
おれはなんとか突破したぞ、イッチ。お前の方は大丈夫なんだろうな。
マーブルの絵を描くのは初めてじゃない。
まだ少し霞がかっているような記憶だけど確信している。十年前の神隠しの時点で、俺とマーブルは間違いなく出会っている。
家にあった絵が何よりの証拠だ。あの絵を見た途端、いつかの日の映像がフラッシュバックした。あの絵は俺がマーブルからもらったものだ。
俺の記憶の中の小さなマーブルは、明るく無邪気で、天真爛漫そのものだった。その笑顔を見ると皆が幸せな気持ちになるような気さえした。わけも分からず殺されそうな目に何度も遭ったイッチ少年が、正気を保てたのはマーブルのおかげと言っていい。
でも、ある日、マーブルは突然いなくなった。
それから十年経って……。
「あ、あの……あのっ」
俺はなぜか神隠しの記憶をほとんど無くしていて……マーブルは覚えていたのだろうか……。
「おらぁ!」
「~~~っ!」
いきなり臀部にものすごい衝撃を感じた!
「な、ななな……」
あれ?え?しりもちついた……?
「だぁれが寝ていいっつったんだよ……あぁ!?」
「え……えっ。寝てました?」
「寝てたよ!だから椅子蹴っ飛ばしてやったんだよ!おら!残り87枚!とっとと描きやがれ!!」
ぜ……ぜんぜん終わってないんですけど……。




