第七十三話 デンデンデン
台座が上階まで登りきる途中、赤い光の檻が迫ってきた。一瞬身構えたが攻撃の意志はなさそうだった。光はおれの身体を透過して消えた。
それから少しして台座が停止すると、台座から二本の直線が伸びる。この方向に進めということか。辺りは少し薄暗く、天井の高い空間には今までに見たことのない、たとえようもない光景が広がっている。様々な大きさや色の球体と、いくつもの大きな箱の機械が宙に浮かんでいる。どれも釣り糸で釣っているわけではなさそうだ。
人間の科学力か、魔法か。いずれにしろただの飾りじゃない、得体の知れない代物だと肌で感じる。
「やあ!君が魔法科の受験生だな!試験官のヴァニスだ。よろしく!」
箱の機械の中から、ずいぶん爽やかな人間が出てきた。そいつも球体と同じようにふわふわと浮かぶと、音もなく降り立った。
「ほう!これは珍しいな!試験官を務めて七年になるが、雷獣の受験生は初めてだ!君、人語は話せるのか?うん?」
大きく見開いた目がこちらを向いた。
「話せる。お前、雷獣を知っているのか?」
気に食わないことに、おれの姿を見て雷獣だと指摘したヤツは初めてだ。
それに、人間の女にしては変な話し方だ。さっきのシブラが着ていたようなスーツとかいう衣服はいいとして、頭に巻いている帯みたいなものはなんだ?
「否、知らん!」
きっぱりと言い切りやがった。
「はあ?じゃあなんで」
「この国で確認されている雷の魔力を有する魔獣は三種!雷獣・雷鳥・雷魚だ!君は鳥でも魚でもない!よって獣、雷獣だ!」
「なんでおれが雷の魔力を持っているってわかるんだ?」
おれはまだ一度も雷を出したことがないのに。
「一流の魔法使いならば相対した者の魔力属性を見抜くのは簡単なことさ。君は私がどんな属性の魔力を有しているかわかるかい?」
「そんなこと分からねえよ。おれは魔法使いじゃない、雷獣だ」
「そうだな!しかし相手の相性を知ることは重要だ!それによって戦う前に決まる勝敗もあるからね。知能の高い魔獣は、自身の魔力が及ばない相手には決してケンカを売らない!自分の属性は知られているが、相手の属性は分からないということは大きな不利になる。すなわち、それだけの実力差が私と君にはあるということだ。もっとも熟練の魔法使いには他の属性を偽装できる者もいるがね」
試験官ヴァニスの声が周辺に響く。大きな声だが不思議と耳障りとは思わない。
なんか、魔法使いって陰気で嫌味なヤツが多いと思っていたけど、こいつは真逆だな。爽やかすぎるというか、放っておけば一日中トレーニングでもしてそうなヤツだ。
「なるほど。よくわかったよ」
「それは良かった!では、君の名前を教えてくれ!」
「おれはデン。雷獣デンだ」
「承知した!それでは、デン!二次試験『テクニカ』の説明をしよう!」
ヴァニスはポケットから小さな機械を取り出すと、何かの操作をした。すると、宙に浮かんでいる黒く横長の幕に文字や数値が表示された。
「実はこの部屋に来る前に、君の魔力値をスキャンさせてもらった!」
「スキャン?なんだそれは」
「ここに到達する前に赤いレーザーを浴びただろう。あの光を浴びた者は魔獣だろうと人間だろうと魔力値を算出できるんだ!あのモニターには君の魔力値が表示されている!」
ヴァニスが示す先、おれの背後のモニターには『8』とある。
「君の魔力値は8だ!これは驚いたな!魔力値とは魔力の総量を示す!それが8とは!」
いやはや、とヴァニスは笑みを浮かべたまま顎に手を当てた。魔力値なんて人間の概念は知る由もないおれは、ヴァニスの予想外の反応の意図を察した。
「ふつうの人間が『1』か?おれはその8倍ってことか?まあ、おれは雷獣だからな。賢者は別として、そこらの人間より低いってことはないだろ」
「否!これはとても低い数値だ!魔法使いの見習いレベルでも100程度はあるぞ!」
「なっ……」
「つまりデンの魔力の量は見習いレベルの一割にも満たない!よくここに来れたものだな!」
「悪かったな!」
なんなんだ、こいつは。少しはまともな人間かと思ったら、やっぱり変なヤツだ。
あの見開いた眼は何だ?どこを見ている?
「ちくしょう、ずけずけと言いやがって。じゃあお前はどのくらいなんだよ。さぞかし高い数値なんだろうな!」
「私の魔力値は68だ!」
「お前もハンパに低いじゃねえか!それでよく試験官が務まるな!」
「うむ!私もまた低い数値だがそれでもデンの8倍はある!」
そう言うとヴァニスは上着を脱ぎ捨てた。着ているシャツの中央にはシブラが足で描いていた校章がデザインされている。
「戦闘の知識も経験も私はデンの8倍以上はあるだろう。しかし技術はどうかな!魔法使いの勝負は魔力値だけでは決まらないぞ!自分よりも膨大な魔力を誇る相手とどう戦うか?彼我差をどう覆す?その答えこそがテクニカ=技術だ!やることは単純明快!自分より先に相手の魔力値をゼロにすることだ!」
「魔力値をゼロに……って、具体的にどうすりゃいいんだ?」
「モニターに表示されている通り、これは8対68の勝負だ!これから私は君に対して魔法攻撃しかしない。魔法を使えば魔力値は減っていくのだから、私の魔力はみるみる減っていくだろう。ただし、私の魔法攻撃は威力は低いが手数は多いので、喰らい続ければ命に関わる!私が魔法を使い続けて魔力値をゼロにした時、君の魔力値が残っていれば君の勝利!私の魔力値がゼロになる前に君の魔力値がゼロになったら私の勝利だ!ルールは理解したかな?」
「うーん、つまりお前の攻撃を避け続けりゃいいってことだな」
「回避してもいい!受けてもいい!反撃するのもいい!君は君の技術を駆使して生き残ってくれ1」
ヴァニスはそう言うと、少し屈んで床に手をついた。
「ちなみにだが!私が得意とする魔法は君と同じく雷の魔法だ!」
バリリッ、と聞き慣れた音が響く。ヴァニスが床からそっと手を離すと、鼠のような獣が現れた。獣は電気を纏っている。その全身に張り巡らされた電気は、もう一体の獣を形作る。
「なんだ、これは」
二体の獣は互いの電気を絡ませ、さらに別のもう一体の獣を形成する。
「雷電分身!これは君自身だと解釈してくれていい!ただし三体いるがな!」
三体の雷獣もどきが飛びかかってきた――速い!三方向から迫る爪や牙を回避する、が。
「――ぎっ!ぐあっ!」
背中に一撃を受けてしまった。それも、爪や牙による斬撃だけじゃない。電撃もだ。自分よりも強い電流を流されれば、いかに雷獣でもダメージは負う。
起き上がろうとした時、あるものが視界に入った。
「ここでモニターの数字を見てくれ!」
ヴァニスの数値は68から59へ減っている。おれの数値は8のままだ。
「魔力を用いた防御や回避を行わなかった君の魔力値はいささかも減少していないが、代わりに身体にダメージを受けてしまっている!このままでは私の魔力値がゼロになる前に身が保たないぞ!」
「おい、一つ聞いていいか」
さっき起き上がろうとした時に見えた、不可解なものについておれは尋ねた。
「あれは誰だ?」
さっきまでヴァニスが乗り込んでいた、ぷかぷか浮かぶ大きな箱の機械。
その裏側に貼りつけられていた、ある肖像画。
「リデル=プリエル様だ!知らないのか?ペイン様のご婦人ではないか!」
「リデル……?違う。あいつの名前はマーブルだ!」




