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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第六十九話 反応反射

 砂塵が舞う。自然現象によるものではなく、一人の老人の業だ。シブラは俺たちの周りを右へ左へと猛スピードで動き、旋風を巻き起こしている。

「くっ、なんてジジイだ!」

 デンは毒づきながらシブラを追いかけ回そうとするが、その牙や爪は虚空をかすめるばかりでシブラに届きそうにない。

 へぇ、と俺はひそかに感心した。デンの動きは直線的で獣そのものだが、以前よりも格段に速くなっている。俺がいなかった一ヵ月の間にどういう苦労をしてきたのかはまだ聞いていないけど、余程走り込んだのだろう。あの時の雷獣たちに匹敵するスピードだ。

「くそっ!砂が目に入る!」

 デンは短い足で目元にこする。

「おれが雷を落とせれば、こんな砂埃なんか――いや、んなことができていれば、あのジジイに直接落としてやるのに」

「すごいじいさんだな。これで十分間も動き回るつもりかい」

雷獣を上回るスピードもさることながら、とんでもない運動量に舌を巻いた。

「のんきに感心してる場合かよ」

「焦ったらダメだ。まだ九分も時間はある。一旦冷静になって考えてみようぜ。デンが追いつけないってことは、闇雲に走り回ったって絶対捕まえられないだろ」

「……お前、どうした。ほんとにイッチか?」

 デンが目をぱちくりさせている。

「なんでそんな冷静なんだ?」

「まあ別にピンチってわけじゃないし、なんとかなるだろ。たぶん」

「たぶんて。ちょっといなくなっている間にずいぶん楽観的になったな」

「それより気になっていることがあるんだけどさ。あのじいさん、俺たちが追いかけなくても動き続けているんだな」

 もはや老人は砂埃を巻き上げるだけのマシンと化している。その速さで表情は伺えないが、無言で、無感情に縦横無尽に疾駆している。俺たちが立ち止まっていても、その動きは止まらない。あんな速さで十分間動き続けてもスタミナが保つのだろうか。

「なんだか生きている人間って感じがしないな。どう思う?」

「でもあいつからは人間の匂いしかしないぞ。しかも魔力が感じられない。あの動きが魔法じゃないことは確実だ」

 ということは、あれも変な体術の成せる業なのか。

 目の前を突風と砂塵に覆われ、俺とデンは両手を団扇のように動かした。デンは砂塵を吸ってしまったのか、激しくむせている。

「げほっ、がはっ!砂が口に入った!」

 シブラの動きをよく観察すると、その動きにはでたらめじゃなく、何か法則性があるように見える。ただそれが何なのかが分からない。この砂塵のせいで軌道が読めない。

「あのじいさん、俺たちの行動とは無関係に動き続けるみたいだな」

 レールの上を走る列車と同じだ。路線の上で定められた方向にしか動くことのない無機物。

 軌道が分かれば先回りできる。追いつこうとする必要はない。

「やっぱりわざとか」

 合点がいった。シブラは枯葉を踏む音を立てずに高速移動ができる。辺り一面を砂景色にしなくても速く動けるはずなのだ。わざわざこんなに砂塵を舞わせたのは、動きの軌道を見せないようにするためだ。

「デン。俺の頭の上に乗ってくれ。俺はこれからあの砂嵐の中に入ってじいさんを捕まえるから、その瞬間じいさんに飛びかかって噛みついてやれ」

「ずいぶん簡単に言ったな。じいさんの動きは読めたのか?」

「いや、はっきりとは分からない。でもなんとかなるさ。まぁ見ててくれ」

 デンが頭の上に乗ると、俺は目を瞑り砂塵の中へと歩いた。

「うおっ」

 ボッ!と空気の塊がすぐ横を通過した。シブラだ。

 俺は目を瞑ったまま三歩前に出る。シブラに近すぎる位置はダメだ。こっちが捕まえるタイミングが読めなくなる。少し離れた位置から、奴の動き、ここを通過するタイミングを捉える。

 ボッ……ボッ……ボッ……

「そこか」

 右手を斜め後方へ伸ばす。指先に布の感触がしたのは一瞬だった。直感的に、それが奴の服のものだとわかった。

「どうした?捕まえたのか?」

 デンも目を瞑ったまま俺に問う。

「いや、掴み損ねた。でも感じは分かってきた。次は確実に捉える!」

 シブラの軌道は分からないままだ。けれど、こちらに近付いてくるタイミングはなんとなく分かってきた。視界不良の中で高速移動をしていても、シブラの気配は顕著だ。この試験で求められている能力は、素早く動く相手の気配を察知して捉える技術なのだろうか。

 シブラの動きの軌道が変わらないのであれば、さっき指先が触れた位置の方へ、ほんの少しだけ近付く。ミリ単位の調整だ。

 ……よし、この位置。ベストだ。

 ちょうど手を伸ばした先に、あいつが来る。

 ……まだだ。もう少し……よし!

 もう一度手を伸ばす。今度は掌全体が布に触れた。

 すかさず拳を作って布地を掴む。一瞬、皮膚や骨の感触があった。

「デン!」

「よしきた!」

 デンが頭の上で跳ねる。次の瞬間。

「痛い痛い痛い!!」

 シブラの悲鳴が聞こえてきた。

「降参、降参です!一次試験、突破です!痛いぃぃ!」

 砂塵が晴れた時、シブラの頭に噛みついているデンが見えた。

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