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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第六十八話 一次試験『フィジーク(体)』

 枯れ木が人の姿を成したような老人が声をかけてきた。

「私はシブラと申します。この学校でスカウト部長兼絵画コース助教授を務めております」

 以後お見知りおきを、と深く頭を垂れた。

「イッチ、気をつけろ!」

 デンが警戒した声を出す。

「このジジイ、変な魔法を使うぞ。マーブルの後を追ってここに潜入しようとした時、こいつに見つかってつまみ出されたんだ」

「はて。はてはて」

 老人はとぼけ顔でゆったりと首を傾げた。その姿勢のまま虚空を見上げ、辺りを右往左往する。

「最近、年のせいか物忘れが激しいのですよ。子鼠の顔などいちいち覚えておりませんが――」

「子鼠じゃなくて雷獣だ!」

「私がここに来た目的くらいは覚えております。本校への入学を希望される方には試験を。不法侵入者には罰を。そのどちらかを与えに来たのです」

 客人は招き入れるが不逞の輩には噛みつく。このシブラという老人は番犬の役目を仰せつかっているらしい。一見して吹けば飛ぶような小柄なじいさんだが、その目の奥にはしっかりと“圧”を感じる。

 そして、歩き方……足運びと言った方がしっくりくる動き方が、デンより数分遅れて俺の警戒心を高めた。シブラは枯葉だらけの地面を歩き回っていても、無音だ。俺やデンみたく衣擦れのような音は奏でない。まるで枯葉自身が踏まれていることに気付いていないかのような、軽やかでおぼろげな足取りで移動している。その身のこなしならどんな剛力をも受け流すだろうと予感した。

 変な体術を使うじいさんか。なるほど、雷獣を追い返すくらいのことは簡単にやってのけそうだ。

「俺たちはマーブルに会いに来たんだ」

 相手がどうあれ、俺たちの目的はその一つだ。

「マアブル?はて?」

「今更しらばっくれるなよ」とデンが息巻く。

「本校にはそのような名前の生徒も教員もおりません」

「ペインのフィアンセになった女だよ。知ってるだろ」

 いや、と咄嗟に俺が正す。

「正確にはフィアンセの意味がよくわかってないとも思うけど。虹色の髪の女の子だ」

 どう考えても結婚なんておかしい。そりゃマーブルだって女子だ。愛だ恋だ、結婚願望だって秘めているかもしれないけど、今は違うだろう。そんなものより、自分の命よりも、優先したいものがある。新しい世界を創るという夢。子どもじみた儚い願望。

 思えば十年前からそうだった。マーブルはブレない。

 今まではただの絵空事だった。マーブルのやろうとしていることは、人には到底不可能な神の所業だ。でも今は可能性が生まれた。運命の本を手に入れたからだ。

「ペイン様の婚約者はそのような名前ではありませんし、校舎見学は受け付けておりません。入学をご希望でなければお引き取りを」

 シブラは馬鹿丁寧にお辞儀をすると、踵を返した。

「デン、マーブルは間違いなくここにいるんだな」

「ああ、そうだ!マーブルがここに入った時、おれも側にいたんだぞ。マーブルの匂いはここから動いてねえ。あの学校の中にまだいるんだよ!」

「てことは、なんでか知らんけどマーブルと俺たちを接触させたくないみたいだな……よし」

 俺はシブラの背に向かって大きく口を開いた。

「俺たちは入学を希望します!試験を受けさせてください!」

「はあ?」とデンは声を荒げて詰め寄った。

「待てよ。おれは芸術なんかわからないぞ」

「俺だってそうさ。でも、あのシブラってじいさんを張り倒して正面突破したとしても、あと何人敵が出てくるか分からないだろ。それに、あのじいさんは胡散臭いけど悪人じゃなさそうだ。まずは正攻法で攻めてみようぜ」

「全部聞こえていますよ。褒められた志望動機ではありませんが」

 シブラはくるくると回転しながら距離を詰めてきた。

「ではこちらの志願票の必要事項に記載を。そちらの子鼠さんの分と併せて二枚あります」

 早口でそう言うと、懐から取り出したバインダーに手慣れた様子で二枚の紙を挟んだ。バインダーの持ち手にはボールペンが付いている。

「子鼠じゃなくて雷獣だ!二回目だぞ!」

「これは失敬」

「デン、お前字ィ書けないのか」

「おれが人間の字なんか書くかよ!」

「シブラさん、字が書けなくても試験は受けれるんですか?」

「問題ありません。本校が求めているのは芸術センスと創作活動を支える肉体・精神力です」

「そうですか。……ん、デンって何歳なの?」

「9歳だ。おい、そんなことも必要なのか」

「必要かどうかわからんことを聞いてくるんだよ、こういうのは」

 書き終わった志願票をシブラに渡すと、こちらへどうぞ、と館の裏側に位置する開けた場所に案内された。地面には七色の枠線が幾何学模様のように走っている。上空から見下ろすと、何らかのシンボルが浮かび上がりそうだ。

「それでは。早速ですが、一次試験では基礎体力を測ります」

 シブラがかしこまって頭を下げる。

「試験内容は至ってシンプル。十分間、私はこのプロムナード(散歩道)を自由に動き回ります。その私に一度でも触れることができれば合格です。もちろん、お二人同時で構いません。お二人のどちらかでも触れればお二人とも合格を差し上げます」

「なめやがって」

 ギリ、とデンは歯を鳴らした。俺も似たような感想を抱いた。

 軽く屈伸しながら、概ねデンに同意する。

「そうだな、ずいぶんハードル低い。それならすぐに合格しちゃうぜ」

「ほう。ほうほう。自信満々ですね。しかし、それは私も同様です。では、一次試験『フィジーク(体)』始めますよ」

 試験開始、と言った瞬間、シブラの姿が消えた。

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