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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第六十五話 隠世

<犬房サイド>

 運命論者は語る。

 世界のすべての事柄は予め定められている。人間の意志では変えることのできない大いなる奔流こそが運命だと。

 私は懐疑的だ。人生は知恵と意志と行動によってある程度の制御が可能だ。自身の人生におけるあらゆる選択肢を自分で決定してきた。物事を成り行き任せにしたことなど一度もない。

 しかし、その制御さえも運命によって仕組まれていたのならば。

 息子がこの世ならざる能力を得たことは必然だったのだろうか。

 神隠し。魔犬。

 制御の余地のない試練を課された息子はどれほどの苦難を強いられたのだろう。

 化け物の力を借りなければ生き抜けない世界はどれほど過酷だったのだろう。

 人間の領域を超えてもなお私たちの元に帰って来てくれた一志を、二度と向こう側の世界に行かせはしない。それが未来から来た息子だろうと同じことだ。

 淡澤彩子――パルテスから、向こう側の世界で覚えている限りの話をしてもらった。

「これが私の覚えているすべてです」

「ありがとう。とても興味深い話だったわ」

 特に列車の件は貴重な情報だった。一志は死神と相対した時に魔犬の力を使った。だからこそ神隠しの時間軸がずれたのだ。

 予測はしていたが、外見に影響がほとんど見受けられない点が腑に落ちなかった。魔犬の力を無制約で使えば髪の色や爪、牙など身体的変化が現れるはずだ。それも、霊体の状態で魔犬の力を使ったとすれば納得がいく。むしろ肉体の影響がなかった理由はそれ以外に考えられない。

 冷静に考えれば推測できたことだ。私としたことが、二年後の息子を目の当たりにしたことで動揺していたようだ。

「あの、私の質問にも答えてくれますか」

「何かしら」

「まず、このワイヤーみたいな拘束を解いてくれませんか。私、逃げませんから」

「念のためよ。悪いけど、少しの辛抱だから我慢して」

「じゃあ別の質問です。イッチさんをずっとこの世界に留めておくつもりですか。イッチさんの帰る場所はここじゃないのに」

「言っている意味が分からないわね。私は母親よ。他に帰る場所が必要かしら」

「ここにはマーブルちゃんがいません」

「マーブル。列車の中で知り合った子ね」

「イッチさんはもともとマーブルちゃんを助けに来たんです。イッチさんはマーブルちゃんを守るためなら――」

「そうね、あの子は自分の命の危険を顧みず人を助ける。あなたは良かったでしょうけど、親からすればたまったものではないわ」

 一志は私とは違い心優しい人間だ。目の前に困っている者がいれば、赤の他人だろうと人外の存在だろうと簡単に手を差し伸べる。人の笑顔を見るためなら厄介事に介入することも厭わない。愚かしくも誇れる大切な息子。

「あなたこそ帰るべきでしょう。あなたがいるべき場所……死者の世界へ」

 数珠を取り出し、勾玉の部分を握りしめる。

「オン・コロコロ・センダリマトウギ・ソワカ。この者にとり憑きし魂よ、その姿を現したまえ」

 その時、二階から大きな物音がした。

 私は直感する。一志だ。

 なぜここに来れたのか。考えるまでもない。『ウツシヨ』という平面移動の神隠しだ。

 神隠しは少なくとも二種類存在する。同一の時間軸の中で世界中のあらゆる場所に移動するものと、時空を超越してあらゆる世界に到達するものだ。一志が7歳の頃に遭遇した神隠しは後者によるもの。この世ならざる世界に導かれてしまった、私にとって最初の別れ。

 このタイミングで『ウツシヨ』を使ってきたということは、記憶の一部を取り戻している何よりの証だ。思い出してしまったのだ。マーブルのことを。

 予測はできていたはず。それでも私の本音は口をついて出た。

「運命が憎い」


<イッチサイド>

 目の前の景色が開ける。見渡す限りの青。これは空だ。雲一つない青空。鳥に生まれ変わって初めて見えるような光景に、思わず我を忘れそうになる。

 それも一瞬のこと。ものすごい勢いで青空が遠くなっていく。

 そこでようやく、自分が空から落ちているのだと分かった。

 悲鳴を上げながら手足をばたつかせたのも一瞬。俺は民家の屋根に激突した。

「いって……」

 背中を強打した。落下の衝撃でうまく呼吸ができない。また記憶がすっ飛んだかと思ったが、今回はセーフ。そう何度も記憶喪失になっている場合じゃない。

「げ」

 屋根に激突どころか、突き抜けて室内まで入ってしまったようだ。屋根に大きな穴が開いてしまった。弁償のことは後で考えるとして――。

 視界に入るドアを手当たり次第開けていく。

 この家のどこかにパルテスがいる。だから俺はここに飛んできた。

 階段を降り、居間へと入っていくと。

「早かったわね」

 長い数珠を腕に巻く、別人のように見える母さんがそこにいた。

「イッチさん!」

 パルテスもどうやら無事だ。椅子に拘束されてはいるけど――って。

「パルテス。後ろ」

 彼女が振り返ったそこには、俺がよく知るパルテスと淡澤彩子の姿があった。青白く、揺らめく炎のように見える彼女たちの姿は妖精のように神秘的だった。

「混ざっている」

 そう言ったのは母さんだ。

「淡澤彩子本来の魂とパルテスの魂、二つの魂が混在しているのが今のあなた。二人分の記憶を有している理由がはっきりしたわ」

「そこまでだ、母さん。パルテスの魂は消させない」

「なぜ?」

「俺は向こう側の世界に行かなくちゃいけない。そのためにはパルテスが必要だ」

 私?とパルテスが目で聞いてきた。俺は無言のまま深く頷いた。

 一志、と母さんが声をかけてきた。

「次に向こう側の世界に行けば、あなたはもう戻って来れないわよ。それでも行くというの」

 今ならわかる。母さんは俺のことを心から心配してくれている。なにかと常人離れしてるけど、この人はちゃんと俺の母親をやってくれている。

「ごめん、母さん。俺、やるべきことをやったら、必ずまた戻ってくるから」

 目を閉じる。条件は整っているはず。

 時空を超えて向こう側へと到達する神隠しを、師匠はこう名付けた。

「カクリヨ」

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