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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第六十三話 一枚の絵

<一志サイド>

 ダメだ。いくら力を込めても縄は解けそうにない。

 俺がここでまごついている間にも、パルテスに危険が迫っている。なんとかしないと、失った記憶への手がかりが消えてしまう。

 話の流れから、俺の神隠しにはパルテスの存在が重要なファクターになるらしいことはわかった。詳しいことは依然謎のままだが、母さんが俺の知らない事実を掴んでいることは間違いない。その点だけは疑いの余地がない。

 しかし、母さんはなぜこんなことをしたのか。俺が今もっとも頭を悩ませているのはこの状況だ。

 自分の母親は人間離れした頭脳の持ち主だとは思っていたけど、特殊能力の存在を本気で信じていたわけじゃない。霊能力があることには確かに面食らった。ただ、この状況はなんというか……母さんらしくない。あの人のことだ。俺に気付かれないようにパルテスと接触するくらいのことは簡単にやってのけるはずなんだ。

 俺に目隠しをして縛りつけて、事情説明する意味はどこにある?

 それに、俺を見張っているだろう、この男。

 三年前、十四の俺の内に潜む魔犬。

 あの時、魔犬は何を言いかけたのか、いくら問い質してもまともに答えやしないけど、文脈を考えると明らかだ。少年時代の俺は神隠しの発動条件を把握していて、その条件を得意気に魔犬へ説明していたらしい。

 こいつはなんのために母さんに従っているんだ?マザーって呼んでいたな。

 ダメもとで俺は魔犬に疑問をぶつけてみたが、帰ってきた答えは実に短かった。

「質問には答えねえよ。黙ってな」

「飼い主に“待て”とでも言われたのか。大した忠犬ぶりじゃないか」

「はん、てめえほどじゃねえさ」

 慣れない挑発をしてはみたものの、効果はいまいちだったようだ。

 くそ……無駄に時間だけが過ぎていく。

 何か、何か手はないのか?

 心が焦りに支配されていく。いくら考えを巡らせてもろくなアイデアが出てこない。

 パルテスの家まで神隠しで行けたらな、そんな考えがよぎった。ナンセンスだ。

 神隠しは、自分の行きたい場所にワープするような都合の良い移動手段じゃない。それに、俺の記憶ではこれまでの神隠しは、その行先は必ず向こう側の世界だった。

 七歳の俺は一体どうやって神隠しの法則を知ったのだろう。

 あの頃にもパルテスと会っていたのだろうか。それとも、他に別の……。

 別の誰か。そう。あの列車には、パルテスの他にも誰かがいた。記憶の中で黒く塗りつぶされた誰かが。その人物も重要な鍵だと思う。でも、いくら頭を捻っても思い出せそうにない。

「あの~、俺はいつまでこうしてりゃいいのかな」

「マザーが仕事を終えるまでだろ」

「そのさ、その、やめてくれない?人の母親をマザー呼びって、なんか例えが思いつかないくらいもやもやする」

 魔犬はふんと鼻を鳴らす。

「なあんにも知らねえで、まったくおめでたいヤローだぜ」

「えぇ……それにもなんか意味あるの?伏線ありすぎだよ、覚えられないって」

 こうやってこいつ相手に無駄話をすることにどれだけ意味があるのか。

 こんなの時間稼ぎでもなんでもない。こうしている間にも母さんの計画は進行しているのだ。

「あの、トイレ――」

「てめえが漏らそうがオレ様はなんにも困らねえよ。大か?小か?」

「……せめて最後まで言わせてくれよ」

 もうダメだ!こうなったら――

「おっと、待てや」

 思い切り床に叩きつけられる。鼻頭に激しい鈍痛が走り、生温かい液体が唇を濡らした。

「妖気が膨らんだ。てめえ今、解放する気だったろ」

「ば、バレたか……」

「バカめ。今のてめえじゃ魔犬の気は制御できねえよ。あっちゅう間に魔獣になるのがオチだ。そうやって周りの人間を皆殺しにするのも悪かねえ見世物だがよ」

 こめかみの辺りを床にこすりつけ、目隠しをずらした。

「おいおい……」

 顔に大きな衝撃を受け、全身ごと思い切り書棚へ激突した。

 目の前にいる男は片足が大きく上がっていた。その動作から、自分が蹴られたのだとわかった。

 俺の、本日最大の衝撃は、そこじゃなかった。

 目の前にいる男は十四歳の俺だ。いかに魔犬の心が表面に出てこようが、顔の骨格が変化するわけじゃない。でも、目の前にいる男は、どう見ても十四歳の俺じゃない。似ても似つかない別人だ。

「整形したわけじゃねえよ」

 魔犬は、知らない男の顔をぺちぺちと叩いた。

「神隠しができる犬房一志って人間は、他の次元には存在していないってことらしいぜ。なぁ~んか気に喰わねえなぁ。オレ様は現にてめえの中にもいるってのによ」

「違う」

 思わず声に出た。

 俺の、本日最大の衝撃は、そこじゃない。

 気付くと俺は、足元に落ちていた一枚の絵を拾い上げていた。

 書棚に激突した勢いで、どこかからひょっこり顔を出したのだろうか。懐かしい絵だ。

 どうして、今まで……。

 どうして忘れていたんだ。こんな大事なことを!

 一枚の白い画用紙には、二人の子どもが描かれていた。

 左側には帽子を被った少年。七歳の俺だ。

 その横には、少年と手を繋いでいる背の小さな女の子がいる。

 その子の名前は。

「マーブル!」

 何度も何度も、本当にごめん。

 今、会いに行く。

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