第五十八話 不可解な再会
<一志サイド>
俺が過去の世界に戻ってから一日が経った。
現代に戻るためにはどうすればいいのか、まるで見当がつかない俺はとりあえず実家を頼った。久しぶりに会った母親は相変わらず冷静だった。三年後の世界から息子が来たというのに、まったく動じないばかりか非現実的としか思えない話をすんなり受け入れた。
驚いたのはそれだけじゃない。どんな影響があるか分からないからと、現代の俺と三年前の俺が顔を会わせないように手を打った。母は俺が現れた時点で、その対策に思考が至ったのだ。その瞬発力には脱帽する。
本当に、何度でも思うけど、同じ血が流れているとは思えない。
母に言われた通り、父の書斎で息を潜めて夜を過ごした。多少の緊張はあったけど、窮屈とは思わなかった。実家の持つ魔力なのか、どこか居心地の良さがあった。
三年前、十四歳の俺――以降、十四と呼ぶ――は真逆の感想を持っていた。だからこそ高校進学時に一人暮らしを申し出たのだ。
そういえば俺が一人暮らしをしたいと言った時も、母は眉一つ動かさなかったな。
『そう。分かった。お父さんには私から話をしておくわ』
自分から報告するからいい、と俺が言うと、母親はじっと俺の目を見てきた。なんだよ、と聞いた。
『不思議に思っただけよ。お父さんに言えば反対されるに決まっている。それは自分でもわかっているはずなのに、なぜわざわざ面倒事を増やすのかしらって』
面倒ってなんだよ。息子の一人暮らしの話が、と俺が食って掛かると母は言葉を遮った。
『面倒に思うのは私たちじゃなくあなたでしょう。これまでに何度お父さんとの会話を打ち切ったか覚えていないの』
俺は言葉に詰まり、何を思ったか、母さんは反対しないのかと尋ねた。
母はそっぽを向き、ちょっと待っていて、と言うと、二階に上がった。すぐに戻ってきた母の手には、何枚かの冊子と大量のメモ紙があった。テーブルに並べられたそれらを手に取り、母の答えがわかった。
『あなたがそう言い出すのは分かっていたわ。母親なんだから当然でしょう』
そこには、進学先の近隣で一人暮らしができるマンションやアパート、その生活費用の概算が記してあった。
両親に対して、もやもやした気持ちをずっと抱いている。
あの一連のやり取り。これまでの母との思い出。
あれは、母親の愛情だったのだろうか。それとも、別の何かなのだろうか。
決して冷たい人とは思わないし、実際母には助けられている。感謝もしている。けれど、何か違和感がある。それが何なのか自分でもわからない。
父は、俺が神隠しで消えた一件以来、極度の心配性になった。四六時中俺の居場所を把握していないと落ち着かない。第三者からすれば異常と思える行動に出ることもあった。今は単身赴任で不在にしているようだが、十四が持っている携帯電話に仕込んだ発信機で位置を確認して安心していることだろう。
ひとしきり現状把握をした俺は、とりあえず自分が現れた場所へ向かうことにした。もちろん十四が学校で授業を受けている最中にだ。
十四が家を出た後、遅めの朝食を食べた俺は、母に行先を告げた。
「そう。分かっているとは思うけど、くれぐれも人には見つからないようにね。あなたはこの世界の人間ではないのだから」
「うん。過去の世界での行動が現代にどう影響を及ぼすか分からない」
「検証しようがない。あなた以外は」
母が用意してくれたスウェットとウインドブレーカーに着替える。父が買うだけ買って使わなかった代物らしい。新品同様の運動着は、妙に着心地が良かった。制服から着替えるのも久しぶりな気がする。
「この制服、傍目では目立たないけど泥や血が染みこんでいるわね。それに穴だらけ。神隠しの先でよほどひどい目に遭わされたようね」
そう言われても、神隠しの先で何が起こっていたのか、記憶は欠落したままだ。そうかもね、と俺は曖昧に返事をした。
心なしか、母にしては珍しく言葉に怒気が含まれているような……。気のせいかもしれない。
「とりあえずこのボロボロの制服は私が洗濯しておくわ」
「助かる」
「他にもしてほしいことがあったら言って。私にできることならなんでもするわ」
「うん。ありがとう」
できないことがあるなら教えてほしいくらいだ。人間に実現可能なことは、この人ならなんでもこなせる気がする。
こうして、俺は平日の日中に、こそこそとグラウンドの奥の森へと向かった。
結論から言おう。手がかりはゼロだった。
俺は誰にも見つからないように遠回りしながら森へ、自分が目を覚ました場所へと向かったが、そこに行っても何も見つからなかった。周辺を調べたり、寝そべってみたりしたけれど、事態が進展するような出来事は一切起こらなかった。
小一時間くらいはいただろうか。俺はとぼとぼと家に戻ろうとした。
その時だった。
「えっ、イッチさん!?」
突如、頭の上から声が聞こえた。
イッチとは俺の愛称だ。でも、それを知っているのは高校時代の友人のはずだ。
きょろきょろと辺りを見回すと、一つだけ二階の窓が開いている家があった。そこから顔を覗かせていたのは…………。
「あっ!!」
知っている。あの顔。どこかで会っている。
「きみは……」
頭の中のもやが次第に晴れていく。真っ白だったスクリーンに、ぼんやりと映像が浮かんでくる。
「あの時、そうだ、列車で会っている……?」
「はい、お久しぶりです。パルテスです」




