第五十三話 賢者救出劇
<羅閃サイド>
あまりの歯ごたえの無さに強烈な違和感を覚えた。
看守か衛兵かは知らんが、よくこんな程度の実力で監獄棟に務められるな。ここには軟弱な囚人しか収監されていないのか?
確かに不意は突いた。なんの前触れもなく周囲が一瞬で闇と化したのだ、それなりの手練れでも不意打ちは有効だろうが、しかし対処がザルすぎる。
俺が闇に乗じて衛兵に当て身を食らわせている間にも、他の者たちは狼狽えて喚き散らすばかり。予備電源に切り替えろ、と誰かが声を上げると、フロアにいる全員が制御室へ向かう始末。侵入者の可能性など微塵も考えていないらしい。
罠としか思えないほど都合の良い展開だった。誰もいなくなったフロアで、サンドラのいる独房を探した。間もなく、予備電源とやらに切り替わったのか、明かりが点いた。フロアは無駄に広かったが、三十を超える独房はそのほとんどが開放されており、収監されている者はサンドラ以外に二人しかいなかった。どちらも戦闘能力のないただの民衆だ。これほどの騒ぎにも関わらず、一人は仰向けに寝そべり、一人はぼんやりと壁を眺めている。俺に気付いているのかも定かではない。二人とも思考力が抜け落ちているような空ろな目をしている。
ようやく見つけたサンドラも似たような目をしていた。
「見つけたぞ。おい、出ろ。貴様は俺に話すべきことがあるだろう」
看守から奪った鍵で檻を開け、サンドラの両手両足に繋がれた錠も別の鍵で開錠する。
物事が順調に進むにつれ、ますます違和感が強くなる。
おかしい。いくらなんでも簡単すぎる。
なぜ看守はこのフロアに戻ってこない。なぜ看守はこの鍵を持ち歩いていたのか。
これでは逃がせと言っているようなものだ。
自分自身の行動さえも何かにコントロールされているような気持ちの悪さ。
これは現実なのか?
そう思った瞬間、景色が歪んだ。
「――幻惑の魔法か?」
五感に異常をもたらす魔法だ。特に視覚と聴覚に対して作用するものが多く、一部の練達者は他者を意のままに操るという。まさしく外法だ。
つくづくこの身体が忌々しい。龍気を操れば、こんなまやかしなど吹き飛ばせるものを。
サンドラを担ぐが、足元の地面が波打つ。平衡感覚が破壊されたかのように足元が覚束ない。思わず壁に手をつくと、壁そのものが檻のように変化していく。
ダメだ、これでは俺まで捕らえられる!
「くそっ!」
監獄棟そのものが大きくゆっくりと左右に揺れる。左右の壁が黒い檻へと変化していく。檻の隙間から、監獄棟を覆い込むような巨大な手が見える。
「な……」
巨大な手の持ち主が、監獄棟を揺らしている。鳥かごのように。
「ぬっ!ぐっ……ぐぐっ……」
心臓が締め付けられるようなプレッシャーを感じる。なんだこの凄まじい圧は!
まずい――意識を保っていられない!
「カアーアーアーアーアー!!」
「ぬおおっ!」
ビリビリと鼓膜を劈く鳥の鳴き声!
これは――烏の鳴き声か?なぜ急に?
「バ~ハハ!待たせたね!捕まりなァ!」
突如現れた巨大な烏からヤオの声が聞こえた。とっさに烏の羽に掴まった。
烏は猛烈な勢いで空気の壁を破り、遙か上空へと飛び上がった。烏は風の流れに乗ったまま、緩やかに大地へと着陸した。
「無事かい?」
巨大な烏が瞬時に人の姿へと変化する。これが魔女の能力なのか。
「助かった。礼を言う」
「おやおや。ずいぶんと素直になったもんだねえ、バハハハハ!」
「奴は一体何者だ。正直生きた心地がしなかった」
「闇の王さ」
ヤオはこともなげに即答した。
「闇大帝、闇将軍、夜の支配者……呼び名は地域で異なるが、すべて一人の王を指す言葉だ。サンドラが魔力を奪われるほどの相手は限られているからねえ。城にいるのは予測はしていたが、幻惑魔法を覚えていたとはね。腐っても王か」
「腐っても、とはどういう意味だ」
「言葉通りさ。今のあいつは本来の力の半分もない。もし奴が全盛期の力を取り戻していたら、幻惑魔法を使うまでもない。私もお前も八つ裂きにされているさ」
「馬鹿な。あれで……あれほどの圧で半分以下の力だと」
「正確には三割五分ってとこかね」
天羅の憎い顔が浮かぶ。あいつらの力をも上回るというのか。
「さて、そろそろこいつには元気になってもらわなきゃね」
ヤオはそう言うとサンドラの額を小突いた。
「生気がまるで感じられん上に反応もない。これでは生ける屍同然だ」
「バハハ、言えてるね。魔力が枯渇してほとんど死にかけだからね。こいつにとって私たちは命の恩人だね」
ヤオは腰の装具から小刀を取り出し、自分の指とサンドラの腕に小さな切り傷をつけた。二つの切り傷をすり合わせる。
「こうして血管に直接魔力を送り込む。ものの数分もあれば会話くらいできるだろう」
やれやれだ。これで有益な情報でなければこいつを殴り倒しているかもしれん。
「――む」
ヤオが宙を睨みつける。数秒遅れて、俺もその気配に勘付く。
「おい、雲が……」
黒雲が凄まじい勢いで広がっていく。
「いや、ありゃあ雲じゃないねえ……獣だよ」
ヤオの言う通り雲は形を変えていく。あれは――狼か。
黒い狼が剣をくわえている。
「あいつは俺がやる。あんたはそいつを全快させてくれ」
「バハハ、わかったよ。だが気をつけな。あいつは闇の王の手下だ。しかもどうやらただの魔獣じゃないねえ。龍の力なしで勝てる相手かい?」
「ないものねだりをしても仕方ない。俺は羅漢の戦士だ。戦うと決めた相手からは逃げん」
身構えると、狼は宙で目まぐるしく動き回り、刀を振り下ろしてきた。




