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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第四十六話 囚われの賢者

 今のこの状況は誤算であると認めてはいけない。

 サンドラは両手両足にかけられた錠より強固な鎖で自身の心を制した。

 魔法は精神力が要となる。その効果や威力は使い手の精神力によって大きく左右し、数多の魔法を使いこなす賢者の精神力は一線を画す。風が吹けば消えるような炎を発生させる魔法でも、使い手が賢者であれば国を焼き尽くす炎の魔法となる。逆に言えば、いかに賢者といえども動揺や恐怖によって精神力が弱まると、並の魔法使いと同等のレベルまで魔法の精度は落ちる。

 サンドラがその気になれば、錠を破壊することは容易い。自らに残された魔力を集中、圧縮し、解き放つことで大爆発を引き起こすことが可能だ。しかしそれは、城内だけではなく城下町にいる罪なき市民をも巻き込み、一国を壊滅させることになるだろう。

 大きすぎる力は常にリスクが伴う。匙加減を誤ると敵だけではなく味方をも殺しかねない強力な魔法の使用は、常に緻密なコントロールが要求される。ヴィラ村で怪物花ウツボシアに氷の魔法を使用した際には、あの場にいたイッチや羅閃、雷獣たちを凍らせないように範囲を絞り、かつ根を確実に凍らせるだけの魔力をギリギリまで調整する必要があった。

 サンドラは、最大出力のうち約58%の魔力をわずか数秒で抽出し、緻密な範囲指定を行った上で魔力を放出した。マーブルに張ったシールドと氷のボードのコントロールをこなしたまま、自身は高威力の技を繊細に放つという神業をやってのけた結果、イッチたちを勝利へと導いたのだ。

額から血が滴り落ちる。ぴちょん、と音を立て、冷たい石の床にまた一つ赤い円を作った。

 ぱちん、とやたら軽快な音が聞こえた。指を鳴らした音だ。

 水滴は一定の間隔で聞こえてきて、それがどこか小気味良くさえ感じたが、指の音の方は大きさも間隔も変則的で、サンドラの鼓膜を不快に刺激した。

 椅子に座る長身の男は、ぱちんっ、と一際大きな音を立てる。

「ちっ、さっきからうるさいのう」

 サンドラは目の前にいる男の指をへし折りたい衝動に駆られた。両手両足の自由を奪われていなければそうしていただろう。

「さすがは賢者殿。一晩中魔力を抜き続けても意識を保てているとは。驚嘆に値する魔力。王直属の魔導士として採用したいほどである」

 感服しているように聞こえる台詞とは裏腹に、長身の男の目は冷めていた。

「へっ、なら今からでも遅ないで。こんな錠外して中途採用してくれや」

 長身の男はぱちん、と指を鳴らす。

「貴殿には放浪人秘匿の嫌疑がかけられている。疑いが晴れるまでは叶わぬ」

 サンドラは辟易した表情でため息をついた。

「またその話かいな。何度も知らん言うとろうが」

「ではなぜ海魔は貴殿を捕らえた。貴殿から放浪人の匂いがしたからではないか」

「カイマ?ああ、あのけったいな吸魔生物か。けっ、おかしいと思ったんや。王家に飼われているバケモンがあんな根っこのためにわざわざ出張ってくるなんてな。ワシだけやない。賢者全員のところに差し向けたんやな。いずれマーブルちゃんたちがワシらに接触してくると予測してたわけや。賢者以外の魔力を感知した途端、人型になって襲ってくるとは恐れ入ったで。あれが最新型の吸魔生物ってか、えらいハイスペックなやっちゃな」

 長身の男は少し目を細めたが、温度の感じられない双眸には変わりなかった。

 サンドラは、なぜかその目に覚えがあった。

 長身の男が指を鳴らす。

 ぱちん。ぱちん。ぱちん。

 明確な根拠が見つからないまま、疑問が口をついて出た。

「お前、闇の手の者か?」

 男は指を止めた。暗いガラス玉のような瞳がサンドラを覗き込む。

「つくづく大したものだ」

 そう呟いて親指と中指を合わせ、その二指に強い力を込めると、中指を弾いた。

 ばちんっ!とスパーク音に酷似した音が響いた。

「よく気付いたな。褒めて遣わすぞ、賢者サンドラ」

 そう言ったのは長身の男ではなく、その頭上に現れた、大きな赤い一つ目だ。

「はっ、出てきよったな、根暗野郎め」

 いかん――。

 強気な台詞とは裏腹に、サンドラは自身の平常心がぐらつくのを感じた。


 いくつかの山や森林を越え、ようやく目的地が見えてきた。

「どうだい、羅閃。街は見えるかい」

 崖下からヤオが声を張り上げる。それを合図に、羅閃は崖から飛び降りた。

「ああ、見えた。あと一時間もあれば着くだろう」

「バハハ、ようやく山道も終わりだねえ。ここまで三日もかかるとは私も衰えたもんさ」

 ちっ、と羅閃は舌打ちをした。

 子どもの肉体とはいえ、この魔女についていくのがやっとだった。なんて脚力と体力だ。とても女とは思えん。

「んん?お前今なにか失礼なことを考えなかったかい?」

「な、なんでもない!それよりも本当にサンドラはここにいるんだろうな」

「魔力の残滓や血の匂いを辿って来たんだ。ここまで連行されたのは間違いないさ。ただ予想通り相当弱ってるね。ここまで接近しても奴の生きた魔力を感じない」

「殺されているんじゃないだろうな」

「それはないねぇ。奴だって賢者の端くれだ、城の連中なんかに命を取られはしないさ。それに連中はあいつの命を奪うことが目的じゃない」

 その目的について、ヤオの推論は聞かされていた。

「虹髪や犬房の情報を聞き出すことか」

「そうさ。ボウズには魔力の欠片もないし、マーブルは雷獣のヒゲのおかげで探知されない。この二人の正確な居所を知るためには近くにいる奴に聞くのが手っ取り早い」

「奴に聞かなくてはならないことがあるのは俺もだ。順番は守ってもらう」

 それから羅閃とヤオは駆け足で移動を続け、一時間も経たない内に城門が間近に見える位置まで近付いた。

「手筈は説明した通りだが」とヤオが長い人差し指を立てる。

「ああ。あんたが監獄棟の主電源を落としたら俺は地下最深部の監獄へ行く。看守は見つけ次第片っ端から気絶させていくが、優先的に排除したいのは吸魔生物だな」

「そうさ。吸魔には魔法が効かないからねえ。肉弾戦で倒すしかない。それにだ」

 ヤオは城の方角に指を向け、数を数えだした。

「なにやら妙な気配がするねぇ。五体はいると思うが、それ以外にも面倒くさそうなのがいそうだ。やれやれ、放浪ボウスの手でも借りたい気分だよ」

 ヤオの言葉に羅閃は舌打ちした。

「要るか、そんなもの。第一、俺は虹髪の救出よりも自分の復讐を優先したんだ。今更力を貸せなどと言えるか」

「バハハ、それもそうだね。じゃあ、行こうか」 

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