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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第四十五話 分かつ道

 マーブルが消失してから約二時間後。

 風の流れが変化したことにヤオは気付いた。

「そろそろか」

 うろ覚えの経文を唱えながら地面に手を当てると、輪郭の歪んだ穴が開いた。人間一人分が出入りできるほどの大きさの穴の奥は地中ではなく、この世とあの世の境目の世界、霊界へと繋がる異次元空間だ。

 それから数分も経たない内に、マーブルがにゅっと顔を出した。よいしょ、と言いながら空間の穴から這い出てくる。

「バハハ、ようやく戻ってきたようだね」

 ヤオが声をかけると、マーブルは「あ」と大きめな一文字を発した。

「おばあちゃん。どうしてここに」

「お前の魔力が現世から消えたからさ。こういう時に発動する魔法があっただろう」

「なんですか?」

 マーブルは目をぱちくりさせたまま首を傾げた。

「まあ忘れたっていいさ。どうせこの魔法の効果は一度きりだ。人間は一回しか死ねないからねえ。ところでこいつらはどうした?」

 ヤオは親指を背後へ向けた。その方向には霊魂の抜け殻と化したイッチとデンが横たわっている。寝息一つ立てず死相を浮かべて横たわる様は遺体そのものだ。

「向こうで会わなかったのかい?」

「会いました。もうすぐ来ます」

「ぶはっ!」

 タイミング良くイッチとデンが空間から現れた。質量が無に等しい霊体の二人はふわふわと宙に浮いている。

「あら」

 マーブルが物珍しそうに二人を見上げる。

「お二人とも、どうしてそんなにスカスカなんですか?」

 半透明な姿のことを言いたいらしい。

「列車では普通に見えていただろうが、現世では霊体はこう見えるのさ」

「おい、マーブル!おれたちを置いて勝手にちょこまか動くなよ!」

 雷獣デンがマーブルに文句を言う。

「ヤオさん!ミッション成功です!」

 イッチが立てた親指をヤオに突き出した。「マーブルは無事です!」

「バハハハハ!見りゃわかるよ!お前たち、よくやった。今、肉体へ戻してやる」

 そう言うと、ヤオは二人の首根っこを捕まえて、それぞれの肉体へ押し当てるようにして霊魂を肉体に格納した。

 イッチは寝たままの姿勢でふうーっと長い溜息をつくと、ゆっくり起き上がった。

「やあっと戻れた……」

 次いで、デンも目を覚ました。獣の言葉で「ちくしょう、おれはなにをやっているんだ。なんの役にも立ってないじゃないか」とボヤいていたが、すぐに人間の言葉で「まったく、やれやれだ」とため息交じりに大声で言った。

「へあ?」

 頓狂な声が聞こえたかと思うと、イッチはその場に崩れ落ちた。

「あれ……」

「イッチさま、大丈夫ですか?」

 マーブルが駆け寄る。

「ち、力が…入らない…」

「おれも……なんだか身体が重いな」と、デン。

「バハハ、なんの訓練もしてない連中が幽体離脱ツアーを体験したんだ。疲労は当然。向こうは時間の流れも違うからね、肉体と精神のズレは数時間じゃ直らない。最低でも一日かけてじっくり休息をとる必要がある……にしてもだ」

 ヤオはイッチの下へ近付いた。

「お前の疲れ方は尋常でないね。向こうでなにがあったんだい」

「あぁ……これ……」 

 イッチは話すのも億劫そうだ。その様子を見たマーブルはイッチの代わりに口を開いた。

「イッチさまは魔犬となって死神と戦いました。そのおかげで仮面が割れて死神を倒すことができました」

「なに……死神を倒しただって?本当かい」

「絵を見せたら消えました」

「どういうことだい。それに仮面だの魔犬だの、知らない話ばかりだねえ」

「おれからも話すよ。おれは凍らされていたけどちゃんと見ていたんだ」

 デンはマーブルの話を補足しながら列車で起きた出来事についてヤオに説明した。

 ヤオは得心がいったかのように何度か頷いた。

「バハハハ!いやはや、こりゃ驚いたねえ。まさか死神を倒してくるとは」

「イッチさまのおかげです」

「魔犬、ねえ。どれ……」

 ヤオはイッチの腹に手を置き、目を閉じた。

「……む。今にも消え入りそうなほど小さいが、確かに魔力の痕跡があるね。それも人間のものではない魔力だ。魔獣降ろしとは珍しい技を使うじゃないか」

 マーブルがえっ、となにかに反応したように声を上げる。

「まんじゅう?」

 まったくどうでもいいところに勘違いして反応していた。

「ま・じゅ・う!おれみたいな雷獣のことだよ!」

「バハハ、いいツッコミ役のペットを見つけたじゃないか」

「誰がペットだ!」

 電光石火のツッコミにヤオは満足気に微笑みを浮かべた。

「失礼したねえ、雷獣。魔獣降ろしは憑獣神つきけものかみともいう、魔獣の力を一時的に使うことができる技だ」

「な、なんでそんなことが人間にできるんだ?」

「む、むかし……ししょーに、おそわった……」

 うう、とうめき声を上げながらイッチが答えた。

「教えられてできることじゃないだろ。師匠って魔女か?」

「いや、それはないな」

 イッチの代わりにヤオが答えた。

「これは魔法とは別の技術だ。私の専門外である霊術に近い。そもそも魔犬は魔女の使い魔の一種だからねえ、こんな技を使う必要がないのさ。まあ、こいつが元気になったら根掘り葉掘り聞いてみるといい。それよりもだ」

 ヤオが長い人差し指をマーブルに向けた。正確には、マーブルの持つ本、私にだ。

「やっぱり盗んだか。私の家から突然魔力が消えたから、もしやとは思ったが。ボウズの神隠しってやつか」

「す、すいません……」

「お前が謝ったって仕方ない。聖なる書架は特殊な不可侵領域だ。到達しようとする意志を拒絶する働きがある。それでも行けたってことはもはや運命と思うしかないね、バハハ!」

「怒らないのですか?あれだけ盗むなと言っていたのに」

 マーブルが警戒しながら訊ねた。

「怒る暇があったらこれからどうするかを考えた方が建設的さね。お前らは国宝を盗んだ大罪人だ。今更本を返したところで極刑は免れない。いいかい、世界を創ろうなんて大それたことを本気で考えているなら、必ず手に入れなくてはならないものがある」

 ヤオは長い人差し指をぴんと立てた。

「この歴史の筆のことですか?」

「そう、その歴史の筆で文字や絵を描くためには……!?」

 人差し指がかくんと折れ、マーブルの持つ筆を差した。その目は大きく見開かれている。

「どっ、どこで手に入れたんだい!?その筆!!」

 魔女の大きな手がマーブルの両手を掴む。

「死神が持っていました。その、さっきデンさんが言っていた死神の仮面は、この筆のせいだそうです」

「筆のせい?筆の魔力を自分の妖力に変換したってことかい?そんなこと、誰から聞いたんだい?」

「この本です」

 ずいっと私を前面に差し出す。大柄な魔女の眼前に……って、あの、いくらなんでも近くない?ちょっと。

「気付けばずっと喋ってます。うるさいです」

 ひどい言い様。

「最初はおかしくなっちまったのかと思ったよ」とデンが補足する。

「でも死神とやり合った時の様子を考えると。どうも本当みたいなんだ。誰かに入れ知恵でもされなきゃ、死神は顔の絵を見せれば倒せるなんて発想には至らないだろ」

「まったく、お前たち……」

 ヤオは白い髪をかき上げて苦笑した。

「よくもまあこの短時間で次から次へとネタを持ってきたもんだね。一日でこんなに驚かされちゃあ魔女の沽券に――」

 途中で言葉を切ったヤオの姿は、蜃気楼のように揺らめいた。

「おっと。もう切れるか」

「おばあちゃん、薄くなっていますよ。これはもしかして――」

「薄くっていうか、煙みたいに消えそうになっているぞ!」

「もう時間がないから手短に言うよ。まずここにいる私は分身体だ。お前たちを現世に戻すために一定程度の魔力を持たせておいたが、魔力が尽きかけて分身体を維持できなくなってきた。まもなく私は本体に戻る。マーブル、これを」

 ヤオは四つ折りにした紙をマーブルに手渡した。

「これから向かうべき場所を書いた。ボウズたちとよく話し合って決めるんだね」

「どうして分身なんてしたんですか?あれは疲れるからってあんなに嫌がっていたのに」

 マーブルの問いに、ヤオは苦々しく口を開いた。

「時間がない。その辺はボウズたちが知ってるから後で聞きな。私の本体は羅閃と一緒に行動しているよ、サンドラの馬鹿を助けるためにね。っと、これまでだ。お前たち、しっかりマーブルの手綱を握っておくんだよ。バハハ……」

 ヤオはそれだけ言うと、すうっと姿を消した。

「魔女ばあさん、言いたいことだけ言って消えたな……」

 ぽつりとデンが呟く。

「不思議だらけです」と、マーブルが首を傾げて言った。

「サンドラさんはどうしたのでしょうか。どうしておばあちゃんと羅閃さんが一緒なのでしょう。私たちも一緒に行った方がいいのでしょうか」

 ちらりとイッチを見る。

「いいんだ」

 イッチは両肘を地面に突きながら上半身を少し起こした。

「サンドラさんのことは……ヤオさんと羅閃に、任せよう。俺たちには、やらなきゃいけないことが……」

 イッチは、マーブルの持つ紙――ヤオのメモを指差した。

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