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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第四十二話 芸術爆発

 マーブルとパルテスは先頭車両へと向かっていた。転送の魔法使いが死んだ今、死神が瞬間移動することはない。これで先回りされる心配はなくなった。

 マーブル、死神の顔はイメージできたかい。

「はい。後は描くだけです」

 それはなにより。これからの手順はこうだ。

 まずは先頭車両でパルテスと一緒に列車を停止する。終着点までは残り三分を切ったけど、数十秒あれば列車は止められるだろう。

 次に死神の顔を描く。たぶん列車が止まってから一分もしないうちに死神が来るだろう。死神の顔がちゃんと描けていれば、死神は死ぬ。少なくとも機能停止するはずだ。そうしたら後は簡単。列車のドアを開けて出ればいい。

「イッチさまたちは無事でしょうか」

 今は無事。凍らされてはいるけど魂は吸われていない。でも、死神の冷気で固められているから、いくら霊体でも放っておけば死ぬよ。特にあの珍獣はまさに瀬戸際だ。みんなより先に黄泉の国へと旅立とうとしている。

 そんな会話をしているうちに、マーブルは先頭車両に到着した。死神の冷気によって巨大な冷凍庫と化した車両に、氷の柱が二つ。一つはイッチ、もう一つ背の低い柱はデンだ。

「イッチさま。デンさん」

 はい、ストップ。二人の身を案じている暇はない。

 残り時間は二分。急いでもらわなきゃ困る。

 停車レバーの位置をマーブルに教えていると、パルテスが遅れて到着した。霊体のパルテスには疲労がないため一分近く全力疾走をしても息一つ切らしていない。幽霊としては正しい反応だが、同時に珍しくもある。人間とは肉体への執着をなかなか捨てられないものだ。生前の記憶が枷になって、霊体には存在しないはずの疲労や空腹をあるものと思い込んでしまう。

 このパルテスという人間は、よほど現世に未練がないのだろう。他の乗客たちは未練たらたらで不必要なはずの食事を欲する有様だ。

「パルテスさん、そちらのレバーを掴んでください。私と同じタイミングで動かしましょう」

「う、うん」

 マーブルに言われた通り、レバーの位置につく。

 せーの、で二人は同時にレバーを操作した。激しい金属音が鳴り響き列車が減速する。

 よし、これで列車は止まる。あとは死神との勝負だ。

「止まっていません」

 え。

「ほんとだ。緩やかだけど動いている。止まってないよ!」

 え。え。

「あ。片方のレバーが少しずつ戻っていきます」

 え。え。え。ちょっと待って。噓でしょ。列車、止まらないの?

「それはこちらのセリフです」

「あっ!このレバー、停止位置の部分が凍ってる!」

 パルテスがレバーを掴んで、全体重をかけて停止位置の部分へ下ろそうとする。

「――やっぱりダメ、一番下の停止位置までレバーが下りない!氷が邪魔で……」

 そういう話か。まずいな。スピードはだいぶ落ちたが、緩やかに黄泉の国へ向かっていることに変わりはない。

「わかりました」

 マーブルはそう言うと私――運命の本を開いた。

「私はとりあえず死神を描きます。空白の本、死神を殺せば氷は解けますか?」

 えー……どうだろう。私は『死神大全』ではないから断言はできないけど、たぶん解けると思う。

「パルテスさん、そのままレバーを押さえていてください」

「う、うん!頑張る!」

 真っ白なページにマーブルがペン先を落とす。そのペンの動きは鋭く、数々の迷いない線が生み出されていく。

 さて、ここが一番の難所だ。今回は一体どんな迷作が誕生することやら……。

「できました」

 早いな。――っていうか、ちょっと待って。なにこれ。

「死神の顔です」

 いやいやいや……。噓でしょ。確かに死神といえばそれらしいけど!

 そう。このマーブルという女、超絶に絵が下手糞なのだ。

 退屈極まりない書架にて眠ること千年、ようやく私を外の世界に連れ出す者が現れたと思ったら、よりにもよってとんでもない落書き娘の手に渡ってしまったのだ。

 最初にあの炎の絵を描いた時も、吃驚仰天だったからね、こっちは。よくあんなはちゃめちゃな絵が顕現したものだ。幼児でももう少しまともな絵を描くぞ。

「死神を描いて、その顔を見せれば死神を倒せるって言ってたよね。あたしにも見せて」

 いや、パルテス。やめた方がいい。

 あの、マーブルさん。見せないで。こんな私をパルテスに見せないで。

「はい。こちらです」

 ああ……。マーブルがパルテスへ絵を見せた。見せないでほしい、こんなとんでもない絵。

「…………」

 ほら。パルテスも凍りついちゃったよ、別の意味で。

「マーブルちゃん」

「はい」

「めちゃくちゃいいね!この絵!!」

 は??なんて??

「し、死神ってこういう顔だったんだ……。うん。すごく腑に落ちる。これぞ死せる神って感じ。この曖昧な輪郭は生と死の境界線、つまり臨死の世界を表しているんだね。歪んだ口からはこれまでに色んな人の魂を吸ってきた業の深さが読み取れるよ。そしてなんといっても目元の迫力がすごすぎる。死神って、鼻から上はただのガイコツなんだね。一見綺麗に整っている鼻筋と一点の光をも宿さない双眸とのアンバランスさが奇妙に成立しているよ。あああ、なんか見ているだけで背筋がぞくぞくしてきたよ!」

 急にすごい喋るな、パルテス。っていうか、その背筋のやつ、それ悪寒ですよね。もう絵が気持ち悪すぎて体調不良になっているじゃないか。

「わかりますか、パルテスさん。本当はイッチさまの顔を横に添える形で描きたかったのですが」

 いやそんなところに顔を描いたら阿修羅になるでしょ。死神じゃない別の妖魔になりますよ。

「す、すごい発想!それはつまり生者と死神が一体となって、今の混沌とした状況をも――あっ、それならデンちゃんも加えてみたら?生と死の間で揺れる人間と獣の姿まで捉えられるかも」

 この女たちのセンスが前衛的すぎる。

 ――む。

 レディーたち、盛り上がっているところ悪いけどね。

 もう絵を描き足している時間はなさそうだ。死神が来る。

「わかりました。パルテスさん、死神が来るそうです」

「――うん。それも、今まで一番ヤバい感じが……」

 陽炎のように姿を現れた死神は、冷気も、鎖の音もなかった。その代わりに、これまでとは違う明らかな変化。黒い仮面を被っていた。

 先ほどまでとは異質な妖気。私は確信した。

 こいつだ。

 私はこいつに会うためにこの列車に乗り込んだのだ。

 こいつの持つ、歴史を記すための筆を奪ってもらうために――。

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