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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第四十話 擬態

 パルテスは目の前で繰り広げられている光景に唖然としている。

「パルテスさん、ちょっと待っていてください。なぜ喋れるんですか。なぜ今までは黙っていたんですか……え?では、なぜ急に聞こえるようになったのですか……質問が多いと言われましても。会話ができる本と出会ったことはありませんから仕方ありません。中に誰か入っているんですか?」

 なにを馬鹿なことを言っているのか、この小娘は。

「あ、あの……マーブルちゃん?」

 パルテスはマーブルの一人芝居に見かねておそるおそる声をかけた。

「一人芝居ではありません」

「さっきから誰と喋ってるの?すごい怖いんだけど」

「だから本です。さっきからずっと喋っています」

「本……本が、マーブルちゃんに話しかけているの?」

「聞こえないんですか?」

 聞こえないもなにも、本が喋るはずがない。マーブルちゃんは本当にどうかしてしまったんじゃないか。本だけに。

「ほら。パルテスさんの口調を真似て、わけのわからないことを言いました」

 わけがわからないのは君の方だよ。ギャグの通じない奴だ。

「ほら!さっきからずっとこうです」

 ううーん、とパルテスは頭を悩ませている。目の前の人間が正気を失っているのだ、さぞ対応に苦慮することだろう。

「失っていません」

「本と話せる魔法……?ううん、だったらマーブルちゃんにしか聞こえてないのは変だし、幻覚の魔法をかけられるタイミングもなかったと思うけど……」

 パルテスは必死に考えている。暴力アホ女マーブルと違って好感が持てるので少しだけヒントを与えてやろう。

 パルテスの考えは正しい。マーブルに魔法はかかっていない。当然、私にも。そもそも魔法的な力は私には通用しない。

「魔法はかかっていないそうです」

「今のも本が喋ったの?」

 驚きタイムはその辺でいいだろう。そろそろ本題に戻ろう。本だけに。

「先ほどからなんですか。その、本だけにというのは」 

 そこは触れなくていいから。さっと流す部分だから、そこは。

 それよりも、あの小動物くんの後を追わなくていいのかな。

「小動物くん?」

「デンちゃんのこと?」

 パルテスの方が話が早いな。できれば生きている君と話がしたかった。

 素質もあったろうに残念だ。

 話を戻そう。

 そう、そのデンくん。

 死ぬ寸前だよ?助けなくていいの?

「あら。死神に捕まったんですか」

 リアクション薄っ。

 ひどいなぁ。マーブルにとって小動物くんの命なんてどうでもいいのかな。

「そんなこと言っていません」

「えー!?デンちゃんが!?」

 そうそう、そのリアクションが正解だよ。

 やっぱり君はいいなあ、パルテス。

「死ぬ寸前と言っています。あと、パルテスさんのことを気に入っているみたいです」

「大変!すぐ助けに行こう!」

「はい」

 どうやって?彼、カチンコチンに凍ってるよ。

「そのカチンコチンごと持ち去って、氷を溶かします」

 やめた方がいいねえ。彼は霊魂ごと死神の冷気で凍結させられているんだ。生身の君の腕が凍らされたのと同じに考えない方がいい。キッチンの火力じゃあ溶かしきれないだろう。

「カチンコチンって、凍らされてるってこと?」

「そのようです。どうしたらいいですか?それに、イッチさまは無事なのでしょうか」

「俺なら無事だ」

 その声の方向を二人とも振り返る。そこにはイッチこと犬房一志が立っていた。

「良かった。無事だったんですね」

 パルテスが歩み寄ろうとした時、マーブルがパルテスの腕を引いた。

「マーブルちゃん?」

「あなた、誰ですか」

 しん、と一瞬の沈黙が訪れた。その沈黙を打ち破ったのはイッチだ。

「だ、誰って。イッチだよ、犬房一志」

「違います」

「え、いや、違いませんよ。イッチです。ちょ、ちょっと、どうしちゃったの?」

 イッチは困惑しながらこちら側へ近付く。彼は困った時に手を頭の後ろにやる癖がある。その癖も話し方も、彼の仕草の真似としては完璧に近い。大した擬態だ。

「イッチさまはどこですか。デンさんは凍らされたと聞きましたが、まだ助かりますか」

 珍しくマーブルの声に怒気が含まれている。

 そう、この娘は感情がないわけではないのだ。感情表現がひどく乏しく、喜怒哀楽が表情に出ることはない。自身の心の機微に疎く、たとえば涙を流すようなことがあってもなぜ涙が流れるのか、説明ができないタイプだろう。なにが原因でそうなったのかは知らないが、このような性質は本を書く上では――

「ちょっと黙っててください」

 はい。

「ど、ど、どうしたの、マーブル。なな、なに、なにか、ヘンだよ、よ、よ」

 イッチの表情が人形のような無機質なものに急激に変わっていく。

「えっ?え?な、なに!?」

「パルテスさん、私の後ろに」 

 擬態が剥がれかかっている。もはや時間の問題か。

 マーブルがパルテスの腕を引いたので、そのまま逃走する気かと思ったら、違った。

 そうだ。この女がここであっさり引くようなら、私も苦労はせずに済んだろう。

 

 ばちん!


 マーブルはイッチ、いやイッチもどきに思い切り平手打ちを喰らわせた。

 ほれぼれするほど気持ちの良い平手打ちだ。全女性に参考にしてもらいたいほどだ。

「行きましょう、パルテスさん」

 マーブルはパルテスを連れて食堂車両を出た。

「い、ぎ……ぎぎ、ぎ。ぎぎぎぃぃいいい!!」

 車両から人外の悲鳴が響いた。先のマーブルの一撃で化けの皮が剥がれたのだろう。

 あいつはイッチに化けた死神。本物のイッチもまたデンと同じく氷漬けだ。

 しかし、マーブルが初見で看破するとは意外だった。先ほども述べた通り、死神の擬態は完璧に近い。死神は魂に触れた者の記憶を読み取り、再現することができる。つまり、さっきまでのイッチは我々が目にしてきたイッチそのものなのだ。見破る方法はいくつか存在するが、そのどれもがマーブルたちでは成し得ない手段だ。

「だからうるさいです」

 マーブルはぶすっとした声でそう言うと、本を開いたり閉じたりを高速で繰り返した。

 って、いてててて!思ったより痛い!そしてなんかすごい嫌な気持ちになる!

 やめて!私一応神の書物とか言われてるんだよ!

「それよりイッチさまやデンさんを助ける方法を教えてください。簡潔に」

 わかった、わかりましたよ。

 なんで私に対してはそんなに辛辣なんだ。

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