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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第三十九話 覚醒の本

 電流が走ったような目覚め。

 ベッドから身体を起こすと、眼鏡をかける前にまず額に手を当てた。目を閉じ、深呼吸をしながら記憶を辿る。

 私はサギョウゴを追い詰めていた。それは間違いない。しかし、肝心の質問の答えは聞いていない。聞き出す前に現世へ戻ってきてしまった。それが意味することは一つしかない。

 懐から護符を取り出そうとしたが、燃えカスのような残骸しかない。

 やはりそうか。私はしくじったのだ。

 霊体の私は自身の意思で肉体へ戻り、生命活動を再開させることができる。万が一、肉体へ戻れなくなった場合――霊体が消滅するなど死を迎えるような事態が生じた場合、生涯で一度だけ発動する術がある。御霊奉還の護符――すなわち生き返りの能力だ。

 この護符を肌身離さず持っている限り、それは自動的に発動する。一度の死では私の魂が黄泉の国へ行くことはない。まさに二つ目の生命とも言える代物だ。

 その護符が燃え尽きたということは、一度きりの御霊奉還を使ってしまったということ。それだけのダメージを瞬時に負ってしまったということだ。肉体に戻っても一部の記憶が曖昧なのは、死の衝撃による副作用のようなものだろう。

 だんだんと記憶が鮮明になっていく。

 あの時……サギョウゴの肉体から死神が現れたのを目撃した時、瞬く間に身体が凍りついた。

 やられた、と思った。

 死神を瞬間移動させる魔法使いとサギョウゴはグルだ。

 サギョウゴはあらゆる物質を体内へ隠し持つことができる魔法を使うことができる。だからこそ名刺を何枚も突き刺した。霊木から作られた私の名刺はあらゆるエネルギーを探ることができる。人に渡せばその者の位置や状態を感知できるし、霊体に突き刺せば本人の口から聞く以上に意思を把握することができる。

 ましてや、死神ほどの異様な気を持つ者が潜んでいれば、それがいかなる魔法だろうと感知できないはずがない。

 サギョウゴ自身に死神を呼ぶ能力があるとすれば、もっと早くに呼んでいただろう。

『魔法使いは死んでいた』

 奴が勝ちを確信したのは、その事実が判明してからだ。

 魔法使いの死がサギョウゴに勝利をもたらす。魔法使いが自分の命を犠牲になにかを成したと仮定するならば、それは死神をサギョウゴの体内へ移したこと以外には考えられない。魔法使いはカラカラに干からびた死体と化していたと小さな雷獣は言っていた。死神に対して魔法を使った代償なのだろう。

 おそらく魔法使いの正体はサギョウゴの実兄であるアギョウサだ。二人とも元は王国の兵士だったが、ある旅人が王国へ立ち寄った日の夜に国を抜けた。

 旅人は宿屋で殺され、荷物を奪われていた。足跡や凶器などの痕跡から、王国の調査隊は二名の兵士を犯人と断定した。国外へ逃亡した二人の行方は、我らワンダフルニュ―ス社の有能な秘書によっていくつかの可能性が示された。もっとも大きかったのは、理由は定かではないが、兄弟二人で共謀して旅人を殺したということは国民の共通認識になっている。

 私が興味を持ち独自取材を続けていたのは、二人が奪ったとされる荷物の中身についてだ。

 殺された旅人は何者だったのか。どういった経緯で“それ”を手にしたのか。

 謎は多いが、確実なことがある。

 サギョウゴたちは旅人を殺して荷物を奪った。殺してでも奪い去りたいほどの秘宝が、その荷物の中にはあった。マーブルという少女が現れたことで、私はその秘宝の正体と存在を確信した。

運命の本に歴史を記すことができるという魔法の筆、その一本だ。

 神の所業の如き筆を二人は奪い、誰の手にも渡ることがないように二人にしか知らない場所へと隠した。

 そして、その秘密が永遠に守られるように、自ら命を絶ったのだ。

 ……いや、違う。

 誰一人、絶対に手に入れることができない方法がある。秘密を守る最適な手段。墓場まで持って行こうとした秘密。というよりも、黄泉の国まで収めに行こうとした秘密。

 二人は筆を持ったまま死んだのだ。

 私が名刺を持ち込んだように。死んでも持ち込める道具が現世にもある。

 私が探し求めていた神筆は、あの列車内にあったのだ。

 だからこそ運命の本を持つ者が現れた。本と筆は引かれ合う。

 ちっ、と大きな舌打ちが出た。

 なんとしてもあの少女から話を聞きたかったが、こうなっては仕方ない。

 もはや祈るしかない。

 マーブルさん。もしもあなたが真の本の使い手ならば、死んでいる暇などない。

 どうか、この世に蔓延るあらゆる悲劇を消してください――


 目に見える異状はなかった。

 匂いもない。音でもなければ、予感ですらない。

 それでも、マーブルの本能は異変を察知した。

「どう?腕、痛まない?動かせそう?」

 パルテスがお湯で濡らした布巾をマーブルの腕に押し当てながら訊ねるが、マーブルからの返事はない。ぼんやりと虚空を見つめ、少しずつ首が横に傾く。

 マーブルちゃん、とパルテスは声をかけた。

「パルテスさんは寒いですか」

「え、ううん。今は大丈夫だよ。鎖の音も聞こえないから、遠くにいるんじゃないかな」

 死神の存在を気にしての質問だろう。しかし、とパルテスは引っかかるものを感じた。死の恐怖を感じさせないような彼女が今更そんなことを気にするだろうか。

「変な感じがします」

 マーブルはぽつりと呟くと、きょろきょろと忙しなく辺りを見回した。まるで腕のことを気にしている様子がない。どうもおかしい。まるで災害が起こる予兆を感じ取っている小動物のような落ち着きのなさだ。

「さっきの……だよね。一体なにが起こっているんだろう」

 パルテスは、死体、という言葉を使うことを避けた。カラカラに乾いたそれは、死体と言えるほどの生気の残骸さえ感じられなかった。

 魔法の匂いを感知した雷獣デンは、どの部屋から魔法が使われたか、匂いを辿りながらその部屋へと辿り着いた。扉にある小さな窓から部屋の様子を確認したデンは、「おい、ウソだろ!?」と驚きの声を上げて部屋に突入した。そこには、死後何十年も経過したかのような遺体が横たわっていた。

 戸惑う面々にマーブルは呑気に呟いた。

「背中がかゆいです」

 パルテスは口を開けたままマーブルを見た。言葉の意味がわからないという表情だった。

「腕がうまくうごかせないので、背中をかけません。かゆいのに。パルテスさん、私の背中をかいてください」

 パルテスは言われた通りにした。

「はい。その辺りです。あ、いいえ、もう少し右でした。その少し下です。下すぎます。もう少し上です。あ、はい、そこです、はい……あ、はい。すっきりしました。ありがとうございます」

「……もう大丈夫?かゆいとこ、ない?」

 実に呑気な連中だった。

「どこまでもマイペースな奴だ」とデンが呆れるのも無理はない。

「おれはイッチのところに行って早く列車を止めさせてくるから、お前たちは食堂車両にいろ!パルテスとかいったな、頼むぞ、お前がしっかりこいつを見張っててくれ」

「う、うん!はい!頑張ります!」

「手を握るなよ!お前も変な奴だな」

 そんなやり取りを経て、現在に至る。

 デンはイッチとともに氷漬けになっていることを、二人はまだ知らない。

「大丈夫?痛む?」とパルテスは訊ねた。 

「いいえ。もう大丈夫です。ありがとうございます」

 マーブルはイッチから受け取ったペンを片手に本を開いた。

 ううん、と思案顔で首を捻ると、ぱたんと本を閉じた。

「顔がわからないです。もう一回ちゃんと見ないと書けないですね」

「ど、どこに行くの?もうデンちゃんのところに行くの?」

「はい。行くには行くんですが、その前に」

 マーブルはそう言うと、本を思い切り地面に叩きつけた!

 いやいや、急になんだよ。情緒不安定かよ。

「やっぱり喋れるんですね」

 …………。

「今更黙っていてもダメですよ。なぜ喋れることを黙っていたのですか」

 えー……だからって、いきなり本を叩きつけるかなあ。

 ものにも魂があるんだよ。痛いんだよ。

「マーブルちゃん……?」

 ほらほら、パルテスも引いてるよ。本と会話する危ない奴みたいに思われてるよ。

 自分の違和感を確かめるだけの目的で、なんの罪もない本を――

 バアン!と本を地面に叩きつけやがった!

 なな、なにしてんだよ!

「すみません。すごくうるさかったので、つい」

 いや、ついじゃねーよ!

 渾身の力だったじゃん!フルスイングで叩きつけたじゃん!

「パルテスさん。どうしましょう。本がすごいうるさい」

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