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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第三十七話 取材

 恐怖で背筋が凍りつく、なんてよく聞く表現だけど。

「うおおおぉぉぉ!!」

 俺は扉の開いている部屋に転がり込んだ。大慌てで扉を閉める。直後に、大砲を打ち込まれたと見紛うほどの烈風が列車を揺らす。扉も俺もガタガタと震えていた。

 扉を押さえている指が凍る。もし生身だったらと思うと恐ろしい。

 ヤオさんの言っていた通り、あれはとても戦える相手じゃない。次に向かい合った時には、全身の骨の髄まで凍りついてしまいそうだ。

 走るのに夢中で今自分が何号車にいるかもわからない。列車を止めるには先頭車両の機関室に行けばいいと聞いていたけど、先頭まであとどのくらいあるのか。

 死神は今、俺がいる車両よりも前の方に移動している。奴が折り返り、こちらの部屋を通り過ぎた後にこっそり移動するしかない。後方車両のマーブルたちも心配だけど、そろそろデンが到着したはず。あのかわいいモンスターの実力は定かではないけど、今の俺よりは役に立つだろう。

 本当は、羅閃が来てくれたら心強かったけれど。

「俺は行かんぞ」

 列車に乗り込むには、仮死状態となって霊体になる必要があるとヤオさんの説明があった時のことだ。羅閃は腕を組んだままそっぽを向いていた。

「用があるのは賢者サンドラの方だ。虹髪にそこまでしてやる義理はない」

 そんなあという気持ちと、仕方ないかと思う気持ちが半々だった。あいつは元々マーブルを捕まえるように派遣されてきた戦士だし、なによりも復讐のために生きている。ここで命を懸けている余裕はないのだろう。義理がないと言われれば、まあ、そうだ。

 ヤオさんもまた羅閃の意思を尊重した。

「そうかい。それならこうしよう。羅漢の小僧と私は、サンドラのバカを助けに行く。イッチ、マーブルの方はお前に任せるよ」

 俺は一人でも助けに行くと決めていた。それだけに、デンのセリフは嬉しかった。

「おい、待てよ。その列車にはおれも行くぞ」

「いいのか?死ぬかもしれないんだぞ」

「お前たちが大暴れしたあの日、おれは同胞を奪われたんだ。お前たちについていけと言ったオサの真意はわからないけど、今更自分の命が惜しいもんか。それに、あの女には文句が言い足りないからな」

 そして俺とデンは、この幽霊列車に乗り込むためにヤオさんの術を受け仮死状態となった。意識を持った霊体を肉体から引っこ抜くには繊細な力加減が求められるようで、さじ加減を誤ると普通に死なせてしまうというのだから俺もデンも気が気じゃなかった。

「霊術はあまり得意じゃないんだ。お前たち、死にたくなかったら黙ってなよ。私の精神集中を乱したら列車に乗ることもなく黄泉の国行きだと思いな」

 俺とデンは口を堅く真一文字に結んだ。自然と呼吸も止めていた。

 視界が暗転した次の瞬間には、列車と思しき空間にいた。先頭車両へ続く通路を移動していると、話に聞いていた死神らしき存在が、今まさに魂を吸おうとしている。周囲の人々はその人物を押さえつけているか、遠巻きに様子をぼんやり眺めているかのどちらかだった。その捕まっている人物がマーブルだと気づいた時には駆け出していた。

「くれぐれも死神と戦おうとするんじゃないよ。あれは熟練の魔法使いでも太刀打ちできない。ましてや物理攻撃なんか無意味だ」

 ヤオさんのセリフが鮮明に蘇る。なんとか死神をやり過ごして、先頭車両に行くしかない。

 車内にベルの音がけたたましく鳴り響く。どこか軽快な、それでいて不快な音。

 今はそのベルの意味に想像を巡らせる余裕もない。


 じゃら……じゃら…… 


 鎖の音が聞こえる。まだ周辺をうろついているのか。


 ……ぐああああ……


 なんだ?

 なにか、悲鳴のような声が聞こえたような……。

 いや、気のせいじゃない。確かに聞こえてくる。

 奥の車両の方からだ。鎖の音に対して悲鳴が遠いということは、死神にやられたわけじゃなさそうだ。

 鎖の音が聞こえなくなってから、慎重に扉を開けて奥の車両へ進んだ。

 それからも、鎖の音が聞こえてくるたびに部屋の中に入ってはやり過ごしを数回繰り返した。いくつかの部屋の中には乗客がいたけど、大人も子どもも関係なく全員が窓から外の景色を眺めていた。突然飛び込んですみません、と話しかけても反応がない。

 車両を進むごとに、時折聞こえてくる悲鳴が大きくなる。

 どういう事態が起きているのか、予測がつかない。列車を止める難関は死神としか聞いていない。

 ……まあ、予測がつかないのは今に始まった話ではないか。

 一旦はそう結論づけて機関室に向かうことだけに専念してみたけれど、それでも俺が目の当たりにした光景の衝撃度は大きかった。少なくとも、俺が言葉を失ってしまうほどには。

 ようやく第1号車に辿り着いた時だった。

「おや……」

 そう言ったのは俺ではなく、眼鏡をかけた長身の男だ。黒のスーツにローファーと、今までこの世界で出会った人物の中ではもっとも現実的なファッションに身を包んでいる。

 俺が驚いたのは、その男の対面にいる男だ。無精ひげを生やした五十代くらいの男が椅子に座らされている。そうわかるのは、両足を紐で椅子にくくりつけられているからだ。

 異様だったのは、その両腕だ。カードのようなものが何枚も腕に刺さっているように見える。男は苦しそうに呻き声を上げている。悲鳴の主はこの男か。

「こんなところをうろついていてよろしいのですか。すぐにまた死神が来ますよ」

 そう言った眼鏡の男は、人差し指と中指でカードを挟んでいる。

「列車を止めに来た。あんたこそ、なにやっているんだ」

「そうですか。列車は先ほど止めたのですが、また動き出してしまいましたね。先ほどのベルは間もなく終点、黄泉の国が近いことを知らせているのでしょう。どうも一定時間操作しないと運航を再開するようですね」

 男は他人事のように言うと、眼鏡を小指でくいっと上げた。

「私はこの男から話を聞きだすために列車に乗りました。そして肝心な話はまだ聞けていない。更に言えば、新たな取材対象者とも出会えました。この列車、なんとしても止めなければなりません。少なくとも私の仕事が終えるまでは」

「仕事って。こんな時にこんな場所でまで……」

 俺はこの眼鏡の男に死神とはまた別の得体の知れなさを感じた。

「申し遅れました。私の名前はタブレー・コミヤ。ワンダフルニュース社の一流記者にして一流ルポライター、あるいは一流ジャーナリストです。以後お見知りおきを」

 そう言うと、男は名刺を出してきた。

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