第二十六話 暗室対談
どすどす、と音を立てながらラットウィッジ五世は広い廊下を進んだ。
戴冠式で与えられたマントは、歩く度に踏みつけてしまうほど彼の身長には長すぎた。そのため家来にマントの端を結ばせたが、今度はその結び目が歩く度に尻に当たり不快だった。しかし、位置を調整させる時間的余裕はなかった。
ラットウィッジ五世は時計に目をやった。時間には非常にうるさい来客だ。少しでも遅れたらまたどんな嫌味を言われることか。
「王よ、そちらは衣装部屋です。客人をお迎えするのは黒い食卓の間です」
家臣が頭を垂れながら、両方の手をそっと右へ向ける。
ラットウィッジ五世は舌打ちしながら右へ方向転換する。
「前から思っていたことだが、この城は部屋が多すぎるぞ」
「は。恐れながら申し上げます。先月も王の命で30の部屋を増設いたしましたので、迷われるのも無理からぬことかと」
王の足が止まった。
「30だと?余はそんな命令をした覚えはないぞ!」
「は。恐れながら申し上げます。王の命はこうです。『ヌッハハハハ!女どもよ、こんなかたっ苦しい部屋ばかりでは息が詰まるだろう?よかろう、お前たちが羽を伸ばせる部屋を用意させよう!ヌウ?部屋数だと?そんなもの20でも30でも構わん、好きなようにいたせ!ヌハハハハ!』」
「ヌ……ヌヌウ……」
家臣のものまねが似すぎていて王は微妙な恐怖を覚えた。
「とのことでしたので、城の構造上最も安定する部屋数を増設いたしました。城の増設工事の同意書にサインもいただいております」
「そ、そんなことはわかっておる!30の部屋を増設したのなら、その分他の使わない部屋を減らせと余は言いたかったのだ」
「は。大変失礼いたしました。それよりも王、あと二分ほどで約束の時間ですが」
「わ、わかっておる!」
再び足早に進み、目的の部屋の前まで辿り着いた。
部屋の前に立つ兵士が王の姿を見て敬礼した。
「部屋の明かりは消しておろうな」
「はっ!もちろんでございます!」
王の問いかけに、兵士は勢いよく答えた。
「よし、扉を開けよ」
ラットウィッジ五世は深く息を吐くと、暗い部屋の中に足を踏み入れた。兵士が扉を閉めると、辺りは一層深い闇に包まれた。カーテンの隙間から漏れるかすかな光を頼りに王は食卓の自席につく。
指定された時刻まであと一分もないはずだが……。
「久しいな。ラットウィッジ五世」
闇の中でかすれた声が響く。
「相変わらず血色の良いお顔をされておられる。私などは暗がりでしか活動ができないのでね、羨ましい限りだ」
ラットウィッジ五世は暗がりを見渡し、声の主を探した。あちこちを見回してから、正面に視線を戻した時。赤く光る一つ眼がこちらを見ていた。
心臓を鷲掴みにされたような衝撃をかろうじて抑え、王は声を絞り出した。
「ご……ご無沙汰しておりました。貴殿は、その、相変わらず急に現れますな。ヌハハ……」
王の愛想笑いには応えず、男は食卓に両肘をついた。
「今日は貴重な時間をいただき感謝する。早速、本題に入ろう。ラットウィッジ五世よ、何かお困りごとがないかね?」
「……というと?」
「城の警備体制、国境の封鎖。この二点だけでも何かが起きていることは明白。極めつけは、各地で起きている大きな魔力の発現。私にはわかるのだ。あれは一介の魔導士が出せる代物ではない。現に例の改造吸魔まで登場したそうではないか」
王は舌打ちを我慢した。この男がこのタイミングでやってきた時点で予感はあった。探りに来たのだ。あの本が盗まれたことが世に知れ渡れば国家の存亡が危ぶまれるほどの事態になる。
「私は大国のお偉いさん方と顔が利くのでね。話の次第では、そなたらに有益な情報を与えられるかもしれない」
家臣に用意させた原稿の内容を思い返しながら、王は動揺を悟られないように語り出した。
「ご心配をおかけしてすまない。今はまだ何も起きていないのだ。ただ、何かが起きてから動き出すようでは遅いと思ったのでな」
「ほう。どういう意味かな」
「近頃、我が城に不法侵入を繰り返す不届き者がおるのだ。衛兵はその者を捕らえはするが、詰めが甘く最後には取り逃がす。侮っているのだ、あんな子悪党を見逃したところで大事には至るまいと。衛兵がそんな調子では困るのだ。いつか取り返しのつかない失態を晒すだろう。ゆえに、警備体制を見直していただけのこと」
「なるほど。では、国境の封鎖は?」
しまった、その説明を忘れていた。
「今から説明しようと思っていたのだ。あれは、訓練だ」
十数分前の家臣とのやり取りを必死に思い返しながら王は続けた。
「ありえぬことだが、万が一にも罪人を国外へ逃がしてしまうことがないように、国境封鎖の訓練を行っておるのだ。もう何年もやっていないから、新人の衛兵はその手続きも知らぬ有様でな。良い勉強になるだろう」
「市民も動揺しているようだったが」
「国境封鎖の訓練が終了する本日、訓練に協力した市民には礼金を与えている。疑うのであれば、現地に赴いてみるが良いだろう」
「疑ってなどいないさ。しかし、あの魔力はどう説明する?」
「そんなものは知らん」
王がそう告げると、男の眼が少し見開かれた。
「生憎、余は魔導士ではないのだ。一連の訓練とは無関係。たまたまタイミングが重なっただけとしか言いようがない。城にいる魔導士の連中をここに呼んで意見でも聞いてみるかね?もっとも、余には何の報告も上がってきてはいないのだ。重要なことが聞けるとは思えぬがな」
「それでは改造吸魔の件はどうなるのかね。あれは貴国が有している兵器であろう。あれも訓練の一環だと主張するつもりかな?あるいは、王の承認もなく発動させているとでも?」
「む、無論、承認はした。吸魔のデータも確認済である。取るに足らん害獣の寄せ集めだったと報告を受けておる。それ以外の魔力については先ほども述べた通り関知していない」
そこまで言うと、王は席を立った。
「他に話がないのなら余はこれで失礼する。やらなくてはならないことが山積みなのだ。それに、ぶ、ぶ……」
非常に言いにくいが、次のセリフもきちんと練習したのだ。練習通りにやれば良い。練習通りに……。
「ぶ、不躾を承知で言わせてもらうが、いくら先代が世話になっていたからといって、このようなじっ、尋問まがいの面談は不愉快である」
言った!言ってやったぞ!
ヌハハ、聞いていたか、お前たち!
ラットウィッジ五世はその場でガッツポーズしたくなる衝動を抑えて退室しようとした。扉の方を見ると、男が立っていた。
「ラットウィッジ五世。確かに、そなたの言う通りだ。気分を害されたのなら謝ろう」
そう言うと、男は丁寧なお辞儀をした。
「ただ理解していただきたい。不安なのだ。もしも、あれが誰かの手に渡ったとすれば――戦争が始まる。それは確実に起こる」
「だ、だから言っておろう。なにも不安がることは――」
男は王に一歩近付いた。
「羅漢の刺客を差し向けたそうじゃないか」
「なっ、なぜそれを――!」
「不本意なことに色々聞こえてきてしまう体質でね。悪い噂は特に」
その指摘は完全に想定外だった。羅漢族の男――シバ・羅閃には極秘の任務と言い渡した。王と、一部の家臣しかそのことは知らない。この得体の知れない男は、羅漢族とも繋がっているのか。
「その不法侵入犯がとても大事なもの……いや、この際はっきり言ってしまうが、例の本を盗み出すことに成功したから、慌てて国境を封鎖し、羅漢を差し向けたのだとばかり勘繰ってしまった。すまないね、どうやら私の考えすぎだったようだ」
「ヌ、ヌハ、ヌハハ、気にするでない。あの本のことを思えば誰でも思考が鈍る」
と言いつつも、胸中は穏やかではなかった。
これは一体どういうことだ。全部バレているではないか!
なんとかこの場は余の名演技でごまかせたものの……このままではまずい!一刻も早くあの本を取り戻さなければ!
「そもそも、あの書架に王以外の人間が立ち入れるとは思えない。あの空間が不可侵領域であることに疑いの余地はない」
男の言葉に王の好奇心が刺激された。
「仮に……あくまでも仮の話だが、もしもあの書架に侵入できる者がいるとすれば、そいつはどのような術を持つと思う?」
男は少し考えて口を開いた。
「次元の異なる空間に到達する魔法は存在しない。仮にそのような魔法が開発されたとして、聖なる書架がある空間に到達したとしても侵入はできぬ。あの建物はあらゆる魔力を完全に遮断する。当然腕力でも論外だ。物理的かつ魔法的手段も通用しないとなると、外部からの侵入は不可能ということになる。それでも侵入できる者がいると仮定するならば、それは」
男は微笑を浮かべたが、ラットウィッジ王にはその表情を知る術がない。
「理外の者」
リガイ?
ラットウィッジ王は大きく首を傾げた。
「どういうことだ。人間じゃないという意味か?」
「生きる世界が違うという意味である。まあ、わからずとも良いだろう。そのような者が存在するはずがないのだから」
男は最後に非礼を詫びると、音もなく部屋から消え去った。
次回、1月8日(日)配信予定です。
※追記→すみません、日付が変わってしまいそうです…
2023年もよろしくお願いします。




