第二十五話 ネクストフェイズ
なんだか暑苦しい気配がして目が覚めた。
ふっ、ふっ、と荒い息遣いをしながら素早くスクワットを繰り返す男、いや、少年が側にいた。
「え……なにしてんの?」
「見てわからんのか。スクワットだ」
こともなげに言う羅閃少年の足元は汗で湿っていた。その単純な運動に一体何時間費やしていたのだろう。
「それは見りゃわかるよ。なんで寝ている怪我人の横で筋トレしてんのって意味」
「食前の軽い運動だ」
「いやだからなんで俺の真横でやってるんだよ」
「羅漢族にとって鍛錬は日常だ。己を鍛える場所は問わん」
「問うてくれよそこは」
俺の懇願など意にも介さず、羅閃は虚空に蹴りを放った。フットワークを駆使しながら、仮想の敵に何発もの蹴りを見舞う。……俺じゃないだろうな、その仮想敵。
身体を起こし、両腕を上に伸ばした。あちこちに包帯が巻かれているけど、どこにも痛みはない。疲れもすっかり取れた。
あれだけの大怪我が簡単に治るとは思えない。よっぽど効果の高い傷薬でもあるのか、あるいは魔法の力か。羅閃に確認してみると、案の定後者が正解のようだ。
「高速移動と俺たちの回復を同時に行っていた。まったく性質の異なる魔法を同時に使用することができるとはな。さすがに驚かされる」
「あの人すごいよな。初対面でカツアゲされたから全然信用できなかったけど……」
会話を広げようと試みたが、羅閃は鍛錬に集中したいのか、曖昧な返事しか返ってこなかった。黙れと言われないだけマシか。
大きな欠伸をしながらベッドから出る。
「あれだけ寝てまだ眠いのか」と、羅閃がこちらを見ずに言った。
「なんだよ。『貴様が惰眠を貪っている間にも俺は鍛えているのだ』とか言うつもり?」
「鼾」
「いびき?」
「実に耳障りだった。安眠を妨害されていたのはむしろ俺の方だ」
「……もしかしてお前、それを根に持ってスクワットを」
「くだらん」
言い終える前に一蹴された。
あんまりしつこくすると本当に蹴られそうなので、俺は部屋を出た。
「おお、イッチさん。お目覚めですね」
宿屋の主人だ。
「はい。あの、マーブルはどこに行ったのか知りませんか」
「お連れの方でしたら三時間ほど前に散歩に出かけられました。雨が降りそうだからやめた方がいいとお伝えしたのですが、雨が降っても散歩はできますと言い切られてしまいました」
「ははあ……」
うわ、すごい言いそう、そういうこと。
「イッチさん!」
エプロン姿の村長が両手を合わせながら近付いてきた。
「お身体の方はどうですか」
「おかげさまで、もうバッチリです」
力こぶを作って村長に見せると、にっこりと満面の笑みを返してくれた。しかし、それは一瞬のことで、村長の顔はすぐに曇った。
「それはなによりです。イッチさん、この度は本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げられ、俺は反射的にしゃがむ。
「ちょっと、急にどうしたんですか」
「もちろん、あの化け物のことです」
村長は窓際に立ち、外の景色に視線をやった。丘花壇があった方角だ。
「村の雰囲気を良くするため、ひいては観光客を増やすためと植えていたのは悪魔の根だった。そんなことも知らず、私は悪魔を育て続け、ぬけぬけと自慢さえしていた」
「そんな、知らなかったんだから仕方ないじゃないですか」
言った直後に後悔した。なんて浅はかな意見だ。
「雷獣はあの根が出している花を狙っていたんですね。私は見て見ぬふりをしていたんです。雷獣が現れたのは花が咲いた後のことですから、その時点で対処するべきでした。しかし、花がなくなれば観光客による収益は見込めなくなる。ずる賢い私はそう考え、なんの対処もしてこなかった。その結果がこれです」
違う、と否定したかった。
雷獣が現れた時、村長がいち早く注意報を流していた姿を思い出す。村の人々には家の中にいろと村長は言っていたけど、自分はずっと外にいた。村長は決して村の人々の安全を蔑ろにしているわけではない。
だからと言って、よそ者の俺が何を言っても、この人は頭を上げないだろう。村の人は誰も傷ついていないけど、こうやって一生自分を責め続ける。
「うわ。空気重っ…」
不謹慎な独り言が聞こえた。声の主は賢者サンドラだ。
「なにしに来たんですか」
「なんや、その冷ややかな反応は。お前らの窮地を救って怪我まで治してやったんはワシやで」
「はい。その節はどうもありがとうございました」
「えー棒読みやん……。まぁええ、それよりも村長、朗報や。外に出るで」
サンドラに促されるまま、俺と村長は花が咲き誇っていた丘へ移動した。
昨日まで花畑があった場所とはとても思えない。一面、ただの土が敷き詰められたかのような更地になっている。
「もう、ここにはなにも……」と、村長が呟いた。
「そやな。なんも植える必要はない。村長、ワシはこの花壇の跡地を買い取るで」
ええっ、と村長は驚きの声を上げた。
「そんな、お金なんかいただけませんよ!」
「まあまあ、悪いことは言わんから取っとき。ほれ、これだけあったら足りるやろ」
サンドラは村長の手を取り、何枚かの硬貨を握らせた。
「こ、これは……」
「それでいくらになるんですか」
村長の手にある白金の硬貨を除いた。硬貨というよりメダルみたいな大きさだ。全部で四枚ある。
「ひゃくまん、です」
村長は震える声でそう言った。
「ひゃく……えっ、百万?それで?」
「こっ、これは、貴族の間でしか流通していない硬貨です。一枚で二十五万ドローですから、四枚あるから、これ、ぜ、全部で百万ってことに……。なり、ますよね」
25×4=100。
小学生低学年レベルの単純な計算式を頭の中で反芻した。
「なりますね」
サンドラは両手で指パッチンを繰り返した。こちらに注目せよと言いたいらしい。
「ちと手伝ってほしいこともあってな、手数料も入っとるんや。村長、今からこの村の若いもんを集められるだけ集めてくれ。一時間ほど労力が欲しい」
俺と村長は顔を見合わせる。
「それは構いませんが、一体なにをなさるおつもりでしょうか。あの根の化け物は皆も目撃していますから、相応の理由がないとここには近付かないと思いますが」
「清めの儀式や。あの根の気配は完全に消えとるが、念のために清めておく。そうすれば二度とおかしなことにはならんやろ」
「わっ、わかりました。すぐにかき集めてきます!」
村長は瞬時に踵を返し、村の中心地へ向かっていった。
「俺も行った方がいいですかね。生き証人だし」
村長の後を追おうとしたが、待ったとサンドラに制された。
「お前はええ。それよりも一時間後にマーブルちゃんたちをここへ連れてきいや。お前たち全員に話しておくことがある」
サンドラの深刻そうな声のトーンに思わず息を飲んだ。
「あの、全員っていうと、俺とマーブルだけじゃなくて……」
「羅閃も、や。詳しいことは後で話したるが、もはやあいつも他人事ではおれんからな。お前たちは行動を共にするんや。全員揃ったら話してやる」
俺はもう一度息を飲んだ。とうとう聞けるのか、あの話を。
「わかりました。一時間後、二人を連れてここに集合ですね。ちなみに、その。話っていうのはなに関係でしょうか」
「なに言うてんねん。マーブルちゃんに聞いたわ、お前は神隠しの話を聞きたくて賢者を探してたんやろ?」
よし来た!と俺は心の中でガッツポーズをした。
「ただな、それ以上にでかい本題がある。マーブルちゃんの本のことや。あの本の力は目の当たりにしたやろ」
サンドラの問いかけに俺は頷いた。
「続きは一時間後や」
お願いだから、一時間後の話を聞く前に消えたりしないでくれよ、俺。
そして、一時間後。
俺とマーブル、羅閃。そしてなぜかマーブルについてきた雷獣デン。
神隠しとは。運命の本とは。そして、俺たち四人が辿るべき道とは。
それらの疑問の答えが賢者サンドラによって明かされることになる。
……そのはずだった。
2022年もお疲れさまでした。
次回、2023年1月5日(木)配信予定です。
新年もよろしくお願いいたします。




