第二十三話 ちっぽけなる珍獣
雷獣が発生させた大規模な雷は根の軍勢を破壊し尽くした。ずっと漂っていた薄気味悪い魔力は霧散しつつある。
残す敵は雷獣だが、もうほとんど魔力が残っていない。先の一撃で力を使い果たしたようだ。根に捕らえられていた雷獣どももかなり力を吸われたらしい。ほとんど瀕死の状態だ。もっとも、それはこちらも同じことが言えるが。
犬房は気を失っている。当然と言えば当然だ。この出血量は命に関わる。あれだけ動き回れたのが不思議なほどだ。
「お疲れさん」
背後から声をかけられ、瞬時に振り返る。
「二人とも、ようやったな。だいぶ待たされたが、許す。ギリセーフや」
賢者サンドラが背後に立っていた。俺の気付かないうちに。先ほどの氷の魔法といい、伊達に賢者を名乗ってはいないな。
それはそれとして、気になることを尋ねた。
「あの空にはなにがいるんだ」
不自然に発達した黒雲は巨大な雷を落としたが、未だ晴れる気配はない。不穏な予感を覚えて雲に意識を向けていると、何かが雲の隙間を横切ったのを目撃した。生物的な不規則運動に見えたが気が感じられない。
「さすがに目が利くな。ありゃあ吸魔や。それも相当いじられとる」
吸魔とは他者から魔力を奪うことで生存・繁栄する妖魔の総称だ。魔法を扱う者にとっては天敵のような存在だが、魔力を持たない戦士に対しては滅法弱い。俺自身、未熟な魔法使いの護衛として吸魔を討伐した経験がある。
だからこそ俺は驚愕した。
「あれが吸魔だと。馬鹿な」
でかすぎる。吸魔としてはあまりにも規格外だ。
「でかくなってもやることは変わらんが、あれだけの規模や。魔力を感知されんよう防御壁を張っても壁ごと吸われて終いや。さて、逃げるで」
サンドラが呪文を唱えると、俺と犬房が光の泡に包まれた。この魔法は体験したことがある。複数人が同じ場所へ高速移動する際の魔法だ。
「どうせ動けんやろ。ワシのは速いで。舌ァ噛まんようにな」
この世の終わりみたいな光景だ。
オサの雷で粉々になった根は、破片同士が集まって再生し始めていた。そこへ、巨大な黒い手が空からぬっと現れ、根の化け物を次々と吸い込んでいく。
オレたちは自分の身体が持っていかれないようにするので精一杯だ。爪を地面に植えるように意識を集中させるけど、何匹かは耐え切れず、宙へと吸い上げられていく。そこへ、オサが雷電の網を張り、仲間たちが黒い手に持っていかれるのを防いでくれた。
けれどオレにはわかる。オサはもう限界だ。魔力なんて全然残っていない。あの根の化け物を倒すために、オレたちを守るために力を使い過ぎたんだ。
一度は根に吸収された奴らが一命を取り留めたのは、オサの雷の余波を受けているからだ。生半可な攻撃では通用しない、なんて理由だけじゃない。根に捕らえられた連中に力を分けるという狙いもあったから、あんなにでかい雷を落としたんだ。オサはそこまで計算していた。本当にすごい雷獣だ。
それなのに、オレたちは今なおオサに守ってもらっている。このままじゃダメだ。オサは生き続けなければ。オサより強い雷獣はまだ存在しないのだから。
オレはオサの足元へ並び立った。オサの指示を仰ぐが、返事がない。電気網なら自分も作れると訴えたが聞いてくれない。そうしている間にも、次々と仲間たちが上空へ吸い上げられていき、オサの電気網はますます拡大していく。網なら自分も作れると勢いで言ってしまったけど、自分がやってもこんな風に仲間を助けられる自信はない。
オレが呆然と見上げていると、オサは小さく呟いた。
デンよ。お前は里で一番の未熟者だ
雷獣のくせに雷をうまく扱えず、落とすことさえできやしない
現に、お前の魔力は小さすぎて、あの吸魔の手にも認識されていないではないか
だから今、無事に立っていられるのだ
わかっていることだった。
自分は未熟。足手まといの役立たずだ。
だからと言って、このまま何もせずオサたちを見殺しにはできない。
オレがそう伝えると、オサはようやくこちらの方へ顔を向けた。
お前がすべきことは一つ
私のヒゲを取った人間たちの後を追うのだ
あの者たちには悪意がない
お前はあの者たちに同行し、力の使い方を学ぶがいい
私たちのことはその後で良い
なにを言っているのかわからない。
オサ。あなたはなにを言いたいのか。
しばしの別れだ
ちっぽけな同胞よ
そう告げると、オサは雄叫びを上げた。同時に、電気網が解消されたかと思うと、オサや仲間たちは黒い手の中へと吸い込まれ、消えた。
いつしか、空は晴れていた。
オレ一匹だけを取り残して。




