表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
21/151

第二十一話 全力の出し方

『バビュロニア旅行記』第六章より抜粋


『これまで本書ではさまざまな魔物を紹介してきた。前述したとおり、魔物は「我々の生活に害悪をもたらす危険な存在」と一様に決めつけてはいけない。敵か味方か、決めつけられないのは我々人間同士でも同様なのだ。

 出会った当初は常に私の命を狙っていた雷描も、今では頼もしい相棒だ。私は彼から魔物のことを学んだ。彼らには彼らなりの思想や価値観が存在する。それらを頭ごなしに否定せず、きちんと対話をすることで理解が生まれることもある。雷猫をはじめ、知性の高い魔物は我々の言語を操るばかりか、高度な科学文明や医療技術の領域で活躍する者がいると聞く。いつかはその者と語り明かしたいものだ。

 ただし、魔物の中でも対話が不可能な、とりわけ得体の知れないものは存在する。あらゆる物質を粉砕する暴力の化身。次元の間から現れる神出鬼没の魔手。地底深くから這い出る生命を吸い尽くす魔界の球根。地上の諍いをすべて洗い流す黒い雨。そのような数多くの怪異について、私が知り得た情報はのちに述べるとする。もしもあなたがそれらの怪異と存在と出会った時にすべきことは一つしかないので、先に結論を述べよう。

 逃げろ。一目散に逃げろ。ただひたすら逃げろ。』


 油断はなかった。

 雷獣とやり合っている間も、常に根の方へ意識を張り巡らせていた。

 根の動きは単調だった。数は多いが動きは読みやすい。仮に意識の隙間を突くような、予測できない動きをされたところで、見てから反応できるレベルの速度だ。絡め取られるはずはなかった。

 雷獣のヒゲを抜き取った直後、俺の視界は暗転した。とっさに舌を噛んだことで気絶は免れたが、それだけだ。それ以外は防げなかった。

 幾重にも束ねられた根が俺の手足と胴体を束縛している。動かせるのは首だけだ。今の身体ではどうやってもこの根を解けそうにない。

 今の身体では、か。違うな。たとえ万全の状態であったとしても自力では抜け出せないだろう。相当な拘束力だ。

 なぜこんな根ごときに俺が捕らえられたのか。

 理由の一つは毒ガスだ。

 大地から根が噴出した時、かすかな毒気を感じた。根がこちらに接近してきた時は呼吸を止めていたが、激しく動き回る過程で少しずつ毒を蓄積してしまったらしい。全身がやや気だるい。

 ウツボシアは生物を取り込み、生体エネルギーを吸うと聞いたことがある。俺が今やられているように獲物は生きたまま自分の中へ取り込むのだから毒で獲物を殺すようなことはしない。動きを封じるだけの弱い毒だ。

 毒だけなら問題なかった。もう一つの理由が致命的だ。

 この根は相当に悪知恵が働く。

 最初から全力を出していなかった。確実に俺を捕らえるために、序盤はあえてスローな動きで自分の実力をこちらに誤認させたのだ。スローな根の速度にさんざん慣らされた後、何倍もの速度で動く根を捉えるのは困難だ。……少なくとも、今の俺の実力では。

 さらには俺と雷獣の小競り合いを観察していた。おそらく俺の動きはそこでほぼ完璧に分析されたのだろう。反撃の余地を許さない一撃だった。

 己に腹が立つ。

 なんたる無様な。この俺が手も足も出ないとは。

 龍気さえあれば、こんな根ごとき焼却してやるものを。

「――ぐっ!」

 全身に巻きついた根がエネルギーを奪ってゆく。

 まずい。このままでは。

 全身の気を奪われれば勝機は皆無だ。

 この拘束を抜けなくては。

「ぐっ、ぬっ、ぐううぅおおおおおお!!」

 体内に残された気を爆発させ、根に抗う。

 この拘束を破らなくては。

 しかし力の吸収のスピードが速い。

 根を破壊するために集中させた力が緩んでいく。

 俺が奴を破壊するのが先か、奴が俺の気を奪い尽くすのが先か。

 当然、俺が先だがな。

 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 俺が死ぬのはあいつらを殺した後だ!

「おおおおおおお……!」

 雄叫び。

 俺のものではない。 

 ああ、そういえばそうだ。もう一人いたな。

「おああっ!!」

 背中に衝撃が伝わる。

 あの男の力を借りるのはまったく不本意だが背に腹は代えられん。

「もう一度だ。全力で叩け!犬房!」


 はっきり聞こえた。羅閃の偉そうな声だ!

「わかった!もういっぺん行くぞ!」

 羅閃の姿はまったく見えない。樹齢何千年もの巨木のように根が連なっている。

 ハンマーを全力でスイングする。大木を切り倒す斧のイメージで根に打ちつける。分厚いタイヤを叩いたような感触だ。効いているのかどうか、まったくわからない。

 もう一度攻撃を加えようとした時、四方八方から根が襲ってきた。

 ――って、なんだこのスピード!

 あまりの速さに、つい避けようとしたのがまずかった。結局避けきれず、腕や肩、脇腹などあちこちが抉られた。

 鋭い痛みが全身を駆け巡る。なおも根はしつこく俺を捕らえんと動き回る。その根を一掃してくれたのは、羅閃にヒゲを取られたボス雷獣だ。ヒゲ一本なくなった程度では、戦闘力に影響は生じないようだ。雷獣は唸り声を上げながら爪で根を切り裂く。

「貴様の全力はそんなものか!もっと渾身の力で叩け!」

 羅閃の檄が飛ぶ。

 俺は両手でハンマーの柄を握り締め直す。

「渾身の力……」

 言われて気付いた。俺は全力で振っていたつもりだけど、まだ手加減していた。羅閃にもダメージがいくんじゃないかと思って、無意識のうちに力を抑えていたんだ。

 と、そう思うことにする。

 俺は自分の全力なんて知らない。全力を出す機会なんてそうそうないんだ、現実には。

 でも、今はやるしかない。

「強振打法…」

 上半身を強くひねる。両の拳に万力をこめる。

 遠い昔の記憶。師匠に教えてもらった全力の一撃を見舞う『渾身撃』。

 そこにありったけの力をつぎ込む!

「全力渾身撃!」

 ドズン!と大地を揺るがすような大きな音が響いた。次に、メキメキメキと根の大木が折れる音を聞いた。

 大木が折れると、羅閃の頭が見えた。

「よお。これでいいんでしょ?」

 俺はその場に座り込んだ。もうハンマーを持つ気力もない。

「上出来だ」

 羅閃は自身の身体に巻き付いていた根を引き剝がす。

「もう一押しだな」

 そう言うと、懐から一本の毛を取り出した。雷獣のヒゲだ。

「さっさと届けに行くんだな。それで解決するんだろ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ