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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第二十話 怪物花への対抗策

「なんだか嫌な感じがします」

 マーブルは虚空を見つめながら呟いた。

 不穏な気配の正体を知ったサンドラは大きく舌打ちした。

「そやね。めっちゃ嫌な魔力や。エライもん植えてくれたなあ、村長さん」

「どういうことですか。今お話しした通りウツボシアの花は貴族が好んで育てるという――」

「そりゃ品種改良されたやつの話や。原種とはまるで生態が異なる。あんたには悪いが、花壇は今日中に焼き払うで」 

「ちょっ、ちょっと待ってください」 

 モコモ村長が立ち上がった拍子に椅子が倒れた。そんなことはお構いなしといった様子で村長はサンドラに詰め寄った。

「困ります。あの花壇はこの平和な村の象徴なんです。貴重な収入源でもある。今あの花壇を手放すわけにはいかないんです」

「村がなくなるよりマシやろ」

「……え?」

「しゃーない。マーブルちゃん、これ」

 サンドラは懐から黒い筆を取り出した。

「お絵描きの時間になりそうやから渡しとく」

「はい。お任せください」

 マーブルは元気よく返事をした。


「植物ぅ!?あれが!?」

 俺は声を張り上げる。これが植物だって?どう見ても化け物だ!

「ここにはなんの花が咲いていた?ウツボシアじゃないのか」

「種類までは聞いてない。確か、旅の商人から買い取ったとか……」

 ちっ、と羅閃は舌打ちした。

「愚か者め。まんまと騙されやがったな」

 どういうことだと尋ねようとした時、蛇のようにうねる根が襲いかかってきた。

「なんだっ、こいつらっ!」

 いくらハンマーで迎撃しても、まったく攻撃の手が緩まない。根の数が多すぎる。

 俺は襲いくる根を必死に回避した。

 根は自在に伸縮し、方向を変えて雷獣たちへと向かっていく。

 雷獣たちは回避、攻撃、それぞれの方法で根の追撃を防ごうとするが、何匹かは足を絡め取られている。

「バリバリリリィィッ」

 ボス雷獣は一際大きな雄叫びを上げ、巨大な雷を口から吐き出し、根を焼き払っている。

 しかし、根は際限なく大穴から噴出してくる。

「ここまでか。撤退するぞ」

 羅閃は短く告げると、身を翻した。

「あっ、ちょっ、待ってくれ、俺も行く」

 俺は慌てて後を追う。

「焦るな!」

 羅閃は声を荒げた。その声に俺は身をすくめた。

「素早く動くほど絡め取られるぞ。こいつらからはゆっくり動いて遠ざかるしかない」

「いったいなんなんだ、こいつら」

 小声になる必要があるのかわからなかったが、声をひそめながらながら尋ねる。

「ウツボシアという雑食の怪物花だ。人間だろうと雷獣だろうと見境なく襲う」

「な、なんでそんなものをあの村長が……」

「商人から買ったと言っていたな。貴族の連中は品種改良された無害なウツボシアの花を買うが、かなりの高額と聞く。貴族にしか買えないようなものを旅の商人が扱うわけがない。大方、その村長とやらが商人の口車に乗ったのだろう」

 ふいに村長の屈託ない笑顔が浮かんだ。羅閃はゆっくり歩きながら冷静に言葉を紡ぐ。

「実物を見たのは初めてだ。忌々しいが、今の俺では勝てん」

「どうにかならないのか?」

「あいつらがどうにもできないなら無理だろう」

 羅閃は顎で雷獣の方を示した。

「こいつらは相当な再生能力を備えている。根を一度に完全焼却する以外に倒す方法はないだろう。しかし、そのための火力がない。仮に俺が力を取り戻したところで、果たして倒しきれるかどうか」

「村はどうなる?」

「あ?」

「このままあいつを放っておいたら」

「無論全滅だ。見てみろ」

 俺は羅閃の指が示す方向に視線をやる。

 無数の根が雷獣の身体を縛り、締め付けている。

「あれがあいつの食事シーンだ」

 縛られている雷獣は、みるみるうちに萎んでいく。血液を吸われているのか?

 根が出現していた大穴には、いつの間にか巨木が立っていた。数えきれないほどの根が、すっかり細くなった雷獣の身体を巨木の下へと運ぶと、巨木はそれを迎え入れるように中央が縦に割れた。雷獣の身体は完全に巨木に取り込まれた。

 他にも二体が次々と運ばれていく。三体の雷獣を取り込んだ巨木は、その無数の根からスパークが走った。

「なっ、なんであいつまで雷を操っているんだ?」

「取り込んだ者を自分のエネルギーとして変換できるらしいな。そう珍しい能力ではないが、思った以上に厄介な生物だ」

 羅閃は歩を進め、もう花壇の出口まで差しかかっていた。俺もその後を追う。

 さすがにこれはどうしようもない。こんなの、軍隊が出動するレベルだ。村長や村の人には悪い気もするけど戦うなんて選択肢はないぞ。せめてみんなを避難させてから村を出よう。

「な、な、なんですかこれは」

 覚えのある声が聞こえた。花壇の出口付近にモコモ村長が立っていた。

「なんなんですか!む、村の花、花が……えっ!?らっ、雷獣がやられているんですか?あんなに獰猛な雷獣が何匹も……」

 村長は両手で頭を抱えながら、わなわなと震えていた。

「あんな化け物、あ、あれがウツボシア……?」

 村長は膝をついた。その両目からは大粒の涙がこぼれていた。

「私はなんて愚かなんだ!私のせいで村が!」

「違う、あなたのせいじゃない」

 俺は村長の両肩を掴んだ。

「村にきれいな花が咲かせたから人が集まるようになったって言ってたでしょ。人が離れて、荒れ果てた地をここまで復興させたのはあなたの功績だ。あなたには何の悪意もない」

「うう……う、う……」

 泣きじゃくる村長を見ているうちに、胸に熱いものがせり上がってくるような感覚があった。

 なんとかしてやりたい。なにか方法はないのか。

 あの根っこから逃げることはできても、村は壊滅する。そんなのダメだ。逃げたところで、今度は別の土地で大暴れするだろう。あいつはここでやっつけなきゃダメなやつなんだ。

 羅閃の言う火力……。一斉に根を焼き払えるような、大きな火が必要だ。

 二人の顔が浮かんだ。

 俺は根っこたちと雷獣の争いを見つめた。

「どうするつもりだ」と羅閃が問いかける。

「やれるだけやってみる」

「雷獣どもと協力してウツボシアを討つ気か。あの根が雷獣を取り込んだ今、雷撃の類は一切効かなくなったはずだ。挑むのは貴様の勝手だが、ただの獣と組んで仕留められるとは思えんな」

「でかい火なら効くんだろ」

 羅閃は少しの沈黙の後、ふうと息をついて言った。

「生半可な火力では、それすらも取り込まれる可能性がある。火炎まで無効化されたら、どう考えても勝ち目はなかろう。第一、そんな火をどう用意するつもりだ」

「マーブルがいる」

「なに?」

「俺はもともと雷獣のヒゲを引っこ抜くために来たんだ。忘れるところだったけどな」

 賢者に頼まれたことを羅閃に説明した。

「あのうさんくさい賢者と虹髪の女が持っていた本に頼るのか。どちらも得体が知れんが、確かに現状では他に策はないか」

「マーブルの本の力なら火を起こせる。そのためには絵を描いてもらう必要がある。でも、その時の魔力が感知されたらマーブルは捕まってしまう。雷獣のヒゲを賢者に渡せば、魔力を感知させない道具を作ってもらえる……っていうこと。どのくらいの火力が出せるのかわからないし、運よくヒゲを賢者に渡せても道具はすぐに作れるのかもわからない。なにもかも未知数だらけだけど……」

「やむを得ん。協力してやろう」

 意外な台詞に思わず羅閃の方を振り返った。

「いいのか?」

「貴様のためではない。あの賢者とは取り引きをしている。俺の働きが悪ければ取り引きを反故にされかねんからな」

 無数の根っこたちと雷獣たちの激戦は終焉を迎えようとしていた。

 雷獣たちは雷を吐き出し、雷を纏った爪や牙の攻撃を繰り出している。最初こそ切断され、燃やされていた根っこたちは、雷獣たちがいかなる攻撃を繰り出しても、まるで影響がないように雷獣たちを絡め取る。羅閃の推測通り、雷は無効化されているようだ。

 ボス雷獣が一際大きな吠え声を上げると、雷獣たちは撤退し始めた。ただし、ボス雷獣だけはその場から動かず、根っこを薙ぎ払っている。

「群れのボスというだけはある」

 羅閃が呟いた。

「素の身体能力だけでウツボシアと渡り合っている。手下どもを逃がすための時間稼ぎには充分すぎる働きだ」

 気が引けそうだ。仲間を逃がすために孤軍奮闘している奴から、ヒゲを抜こうとしている。

 でもやるしかない。村の人たちが助かる可能性はこれに賭けるしかないんだ。

「俺が囮になる」

 ぎゅっとハンマーを持つ手に力を込めた。

「ふん、余計なことはせんでいい」

 俺の決意を鼻で笑うように、羅閃は駆け出して行った。

「速えっ」

 あっという間にボス雷獣との距離を詰めていく。ボス雷獣は羅閃の接近を察知し、尾を振り下ろすが羅閃は軽やかに躱す。150㎝もない背丈で、よくもああ忍者のように動き回れるものだ。あの姿でも俺よりはずっと強いんだろうな。今更ながら、よくあんな奴と渡り合ったもんだ。

 羅閃は雷獣と根の攻撃を同時に回避しながら、地面に突き刺さった根に登ったかと思うと、素早く雷獣の鼻先に飛びかかった。

「うぉっ!いったか?」

 バチッ! と一際大きな音が響く。瞬間、目の前に人影が飛んでくる。羅閃か?

「うおぉっ!」

 俺は咄嗟に受け止めようとしたが、勢いが強く、その人影ごと転倒してしまった。

「くそっ……」

 飛んできたのはやはり羅閃だった。雷獣の爪撃が羅閃に命中したらしい。

 羅閃は掌を見つめ、大きな舌打ちをした。

「一瞬掴んだが抜けきれなかった。予想以上に固いヒゲだ。相応の強い力で引き抜かなければ」

「すれ違い様は無理ってことか。じゃあ、あいつを一度ダウンさせよう」

「言われんでもそのつもりだ」

「じゃあ俺は根を……って、おい!」

 俺が言い終わらぬ内に、羅閃は再び駆け出した。

「あんにゃろ……!俺だってやりゃできるんだ、見てろっ」

 ハンマーを握る手にますます力を込め、羅閃の後に続いた。その直後、ボスの尾に電光が走る瞬間を俺は見逃さなかった。来る、と思うより一瞬早く、俺は横っ飛びに避難した。

 バリバリバリィッ!

 凄まじい轟音に鼓膜がどうにかなりそうになる。しかし、回避のタイミングが良かったおかけで助かった。

 あの尾だ。尾そのものが電気の塊になって、それが落雷のように振り下ろされた。

「グゴゥルオオオッ!」

 ボス雷獣は地の底から響くような唸り声を上げ、根を薙ぎ払う。羅閃は――いた。ボスの足元だ。

「ぬぅ、おおおおおっ!!」

 羅閃は渾身の力でボス雷獣の足を持ち上げ、バランスを崩した。

 俺はすぐにそこに駆け寄り、足元を狙ってハンマーを振るった。タイミングが良かったのか、一発でボス雷獣は仰向けに転がった。

「手こずらせやがって」

 羅閃は素早くヒゲを抜き取った。

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