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虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
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第十七話 雷電花壇の採取タスク

 聞こえる。雨が降る音だ。

 なにもかもを洗い流すには雨だけでは足りない。俺には大勢の同胞の血が染みついてしまった。

 力を失ってしまったというのに、一層激しく燃え上がるんだ。憎悪の炎が。

 これは確信だ。

 俺は死なない。失った力は必ず取り戻す。そしてすべてを超えていく。

 俺の世界を破壊し尽くした奴らを地獄に落とすまで、俺は死なない。絶対に。

 

「うわっ、雨かよ」

 酒場から出るなり、暴風雨に見舞われた。あの落雷の直後から降り出していたらしい。

 モコモ村長に案内してもらった花壇へ向かう。

 途中、何人かの村民とすれ違った。簡素な服を着た老若男女のほか、屋台村で見かけたような獣人(と勝手に名付けてしまった)も何人かいた。誰も傘を差さずに大急ぎで我が家へと避難している。

『またかよ』

『今月二度目だな』

『また花壇が荒らされるぞ』

 などと、すれ違いざまに聞こえてきた会話の内容から察するに、村の皆も雷獣の襲撃には慣れているようだ。

 花壇まで順調に進んでいったつもりだったが、ある地点で俺の足は歩みを止めた。

 突然だった。

 細い矢が身体を貫通したかのような感覚に陥った。

 実際にはなにも刺さっていないとわかっていたのに、俺は胸元を手で押さえた。

 動悸が激しく、ひどく落ち着かない気持ちだ。ハンマーを持つ手が自然と強張る。

 一体なんだ、この感覚は。

「ふうー……ふうっ」

 息を強く吐き、一歩、踏み込んだ。

 はっきりとはわからないけど、たぶん俺は奴らのテリトリーに侵入したのだ。

 雷獣たちの警戒網に、俺は今足を踏み入れた。

 こちらからはまだ連中の姿は見えないけど、俺にはわかった。雷獣たちは俺の存在をはっきり認識しているし、俺がそのことに気付くように仕向けている。

 実際にメッセージを受信したわけじゃない。けど、わかるんだ。

『俺たちになにか用があるのか』

『失せろ人間め』

『これ以上踏み込んでくるのであれば引き裂いてやる』

 奴らはそう言っている。そういう意味の威圧だ、これは。

 こめかみの付近から、頬を伝って、あごの先端へ。汗が地面に落ちる音でさえ察知されるのではないかと気が気でなかった。

 俺は緊張を必死で抑えながら、一歩ずつ静かに、しかし確実に進んでいった。


 やがて、雷獣の姿がはっきり目視できる位置まで接近することができた。もう五十メートルもないだろう。ダッシュすれば十秒もかからずに相手に触れられる距離だ。もちろんそれは相手が動かなければの話だけど。

 癪だけど、あのろくでもない賢者の言った通りだ。

『奴らは人間を舐めくさっとる。接近したところで逃げやせんわ』

 そう、逃げるはずがない。奴らにとって俺は脅威でもなんでもない。敵として認識されていないのだ。だからああやって悠々と食事をしていられる。

 村長に見せてもらった花の丘は、無残にも食い荒らされていた。土まで掘り返され、根ごと食べられているものもある。まるで竜巻が通り過ぎたような惨状だ。

『戦おうとするなよ』

 賢者サンドラの言葉を反芻した。

『雑魚ならともかくボスには手を出すな。今のお前たちでは絶対に勝てん。繰り返すが、ひげを抜いて持ってくるだけでいいんや。簡単な採取タスクやと思え。それさえクリアできりゃ、後始末は全部こっちでやるわ。わかったな』

 今一度思います。絶対に簡単ではないだろ!

 ボスは一目でわかった。一番奥にいるあいつだ。

 他の連中とは明らかに雰囲気が違う。冷静な佇まいで、品性さえ感じるほどだ。

 あの雰囲気には覚えがある。あの竜だ。羅閃が作り出したオーラの龍ではなく、天羅が乗っていた本物の竜だ。

 ああいう、自身に誇りのあるタイプは、敵意むき出しの獣よりもずっと恐ろしい。実力も精神力も半端じゃない。勢いとかまぐれでは絶対に倒せないタイプの敵だ。

『ひげを引っこ抜けばいいだけや。簡単やろ』

 んなわけあるか!あの酔いどれ賢者!

 本気でちびりそうなんだけど!

 くそっ、やるしかないのか。俺は建物の陰から身を乗り出した。

 雷獣たちと俺は、ほぼ一直線に向かい合うような形になったけど、それでも雷獣たちはまるでこちらに興味を示さない。都会のカラスのようなふてぶてしさ。

 俺はハンマーを握る手に力を込めた。その瞬間。

「ガオオオオッ!!」

 ボスではない、一頭の雷獣が俺に向かって吼えた。

 それだけのはずなのに、俺は全身に電気が走ったかのような衝撃を覚えた。

 ……待って。これほんとに無理だ。

「あの……えっと、あ、とりあえず、これ……へへ」

 自分でもキモいと思う笑い方をしながら、ハンマーをそっと地面に置いた。

「何もしない……じゃなくて、するんだけど……攻撃はしないから……」

 俺は両手を上げた状態で、そろそろと雷獣に近付く。

 いやよく近付くな!

 自分でもびっくり。大したもんですよ。

「だいじょーぶ……だいじょーぶだから……」

 俺はぼそぼそ呟きながら、雷獣とは目を合わせないように、ゆーっくりとボスの方へ向かう。

「ゴオオオオオッ!!」

「バオオオオオッ!!」

 他の雷獣たちが俺に吠え声を浴びせる。貴様は一体何のつもりだ、と怒鳴られているようだ。

 襲われずに済んでいるのはボスの号令がかからないからか。

 じゃあボスが吠えた瞬間が俺の最期か。

 立ち止まったら動けなくなりそうだから、俺はとぼとぼと歩いた。

 恐ろしいほど足取りが重く、また、ガクガクと震えていた。

 やがて、手を伸ばせば鼻に触れられるほど、ボスに接近した。

「グルオオオオオオッ!!」

「ゴバアアアアアアッ!!」

 怖い怖い怖い!! 

 周囲の雷獣はもう今にもとびかかりそうな体勢だ!

 ボスは俺が眼前にいるのに微動だにしない。

 ……目を開けたまま寝ているわけじゃないよな。なんでこんなに大人しいんだ?

「あの……」

 動かない。

「た、大変、恐縮なんですが……ひっ、ひげを、一本、いただけないでしょうか……?」

 俺は右手をそっと伸ばした。ぶるぶるに震えながら。

 それは、まさに一瞬。

 確かに、触れたはずだった。

 俺の意識はブラックアウトした。

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