表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色のマーブルと運命の本 第一部  作者: 本堂モユク
第一部 空ろなる道連れ
13/151

第十三話 天からの強襲

 遙か西方の町の空に一頭の巨大な翼竜がいた。

 竜の翼は鋭く空を裂き、瞬く間に雲の上まで駆けてゆく。竜の鱗は炎熱を弾き返し、鉄剣さえ通さない。あらゆる妖魔の類が集まる幻想界において、竜族の実力は最強格といえる。

 人間に下ることなどない誇り高い翼竜の背には、一人の男が寝ていた。竜が人を背に乗せる理由は一つ。強者への敬意だ。 

 空を見上げる町の人々は、これまでに見たことがない竜という生物を恐れる者がほとんどだったが、腕に覚えのある者たちは面白がった。町でも有名なアーチャー(弓使い)とその仲間たちは、無謀にも矢を放ち、竜を撃ち落とそうとした。その背で寝ている男の姿は死角となって確認できなかった。

 竜族は個体差がかなり大きい。人間が弓矢で仕留められるような竜もいれば、一呼吸のうちに国を焼き尽くす力を持つ竜もいる。

 この翼竜は後者であった。彼にとっては地上の人間たちなど蟻に等しい存在だ。脆弱な矢を射られたところで傷一つ負うことはない。

 だから人間たちなど歯牙にもかけなかっただろう。彼が一人で空を飛んでいた場合は。

 しかし、彼の背で寝そべる男は違った。

 自分の昼寝を邪魔している。

 そう認識した。

 男は、人差し指と中指の二本を銃に見立てた。その指を地上に向け、小さく呟いた。

「バン」

 それが合図だった。

 翼竜は雄叫びを上げると、自身の口腔へエネルギーを集中させた。瞬く間に完成させた光球を、男の指示した位置へ投下する。

 太陽が落ちてきた。

 町の人々はそう思った。それが最期だった。

 この日、弓術によって栄えた西方の町・リカーブは、消失した。

 男は昼寝を続けようとしたが、やめた。

 かすかな龍気を感知し、目的地までそう遠くないことを悟ったからだ。


 強く握り締めていた拳から力を抜く。小さな木片が地面に落ち、指の隙間から木の燃えカスが風に舞い散っていく。その様子を眺めているうちに、その場にへたりこんでしまいそうになる。両膝を手で押さえ、深く長い息を吐いた。

 何が起こったのか、考える間もない。とにかくこの場を離れないと。あの男がもう一度立ち上がってきたら今度こそ終わりだ。武器もない、体力ゲージも真っ赤だ。

 空白の本に描いた絵を眺めているマーブルに声をかける。振り返ったマーブルは半目になっていた。とても眠そうだ。

「さとにむかうのですか」

 すごく眠そうな声だ。さっき眠らされたばかりなのに。

「ねむたいでふ」

 でふ?

 ぐらぐらと左右に揺れるマーブルをとっさに支える。

 危なかった。あとほんの少しタイミングが遅かったら、地面に吸い寄せられるように倒れているところだ。

 俺の両腕に支えられるマーブルは、くーっと寝息を立てている。いくらなんでも睡眠のサイクルが短すぎる。羅閃に嗅がされた薬のせいか、それとも。

 空白の本に視線を落とす。

 いや、考えるのは後回しだ。とにかく今はここを離れなくては。

 マーブルはおんぶするとして、問題はこのマーブルの所持品――空白の本と赤い筆だ。収納袋がない。鞄はヤオさんの館に置いてきてしまった。今は手ぶらだ。

 一旦マーブルをそっと寝かせ、あちこち焦げて穴の開いている制服を脱いだ。本と筆を制服に包み、風呂敷の要領で輪っか状の結び目を作り、自分の首にかける。が、本の重みですぐに結び目がほどけてしまう。ネクタイを外し、結び目が解けないように縛った。

 よし、これでなんとか出発できるか。ふーっと強めに息を吹き、気合いを入れる。

 本当はマーブルをそのまま寝かせてやりたいし、自分だって寝転んでしまいたい。1ミリも動きたくない。しかし、そうも言っていられない。他の追っ手が現れないとも限らない。

 そっと羅閃の方に目を向ける。相変わらず仰向けに倒れている状態だ。完全に意識を失っている。奴が倒れたのと同時に、周囲を燃やしていた炎はすっと消えていった。

 しばらくぶりの戦いにしてはハード過ぎる相手だった。本当に死ぬかと思った。

 急いで離れなきゃ。

 マーブルを抱えようと屈んだ時、疲労のせいかバランスを崩した。

「わわっ」

 片手を地面につく。危うくマーブルの上に覆いかぶさる……ところ、だった……。

 眼前にマーブルの顔があった。寝息が頬にかかるほどの、距離。

「~~~~!!」

 声にならない声を慌てて手で押さえ、自分でも驚くほどの速度で後退した。

 ななな、なにをやってんだ、俺は!

 そんなラブコメ漫画のお約束に興じている場合じゃないだろ!

 内心で激しくつっこんでいると、猛烈に嫌な予感がした。

 そ~っと振り返る……。

 ああ、もう最悪。いっつもだ。なんでいつもこう間が悪いんだ?

 羅閃が立ち上がっている。

「マジかよ……」

 奴は頭を左右に振り、頭から流れる血を腕で拭っている。このくらいの怪我は日常茶飯事だとでも言うような慣れた動作だ。

「勘弁してくれよ。なあ、頼むよ。もう寝ててくれ」

 俺の哀願など聞こえていないかのように、羅閃は上空を見上げている。

「それどころではなくなった」

 言葉の意味が分からず、俺は首を傾げた。

「お前らは邪魔だ。ここから消えろ」

「なんだ急に」

「死にたくなければ失せろ!今すぐだ!」

 羅閃が怒声を上げるとほぼ同時に、一瞬だけ辺りが影に包まれた。

 なにか巨大なものが俺たちの真上を通り過ぎた。

 なにか、とてつもなく大きなものが――!

 空を見上げた俺は言葉を失った。

 巨大な竜がいた。

 羅閃が放っていたオーラの竜ではなく、実体のある本物の竜だ。

 くそ、と羅閃が呟く。

「接近が速すぎる」

「ダメだ、逃げないと……」

 蚊が鳴くような声だ。情けない。完全に縮み上がってしまっている。

 この手の怪物はゲームでお馴染みのはずなのに。

 実物は迫力が違う。違いすぎる。

 空気が重い。

「遅かった。もう逃げても無駄だ」

 翼竜はものすごい突風を巻き起こしながら着地した。その場に立っていられないほどの風力に俺は尻餅をついた。羅閃は仁王立ちのまま竜を睨みつけているが、竜はまるで知らん顔をしている。一体どれほどの戦力を誇るのか。まるで見当もつかない。

 一日に二度も本物の竜を見るとは。黒い鎧を着ているような皮膚に、殺傷能力の高さが窺える爪や牙。向こう側の景色が見えなくなるほどの巨躯でも、瞬時に飛び上がる猫のような身軽さが感じられる。攻撃が当たる気はまるでしないし、当たったところでダメージになるかどうか。

 竜の眼は穏やかだった。敵意がまったく感じられない。敵として認識していないようでもあり、すべてを見透かしているようでもある。そんな、不思議な眼だ。

「降りて来い!天羅!!」

 羅閃が吼える。

 そこで俺はようやく気付いた。竜の背に誰かが立っている。明らかにただ者ではない、誰かが。

「五月蝿いね」

 ぼそっとした呟きが聞こえたと同時に、羅閃は木に激突していた。

「は……?」

 間抜けな声が出たのは俺だ。何が起きたか理解不能だった。

 羅閃は激しく咳き込んでいる。苦しそうな呻き声を上げている。

「なぜお前から口を開く?」

 カンフー映画に出てきそうな道着姿の男が立っていた。肩に届く長髪に、片方のもみあげはしっかり辮髪に結んでいる。

 こいつが竜の背に乗っていた奴か?いつの間に降りてきた?

 羅閃に攻撃したのか?

 嘘だ。

 まったく見えなかったぞ!

 竜だけでも手に負えなさそうなのに、更に厄介な奴が増えた。

 次から次へと、どうなってんだ?厄日か今日は!?

「話、始めるのはこちらからね。なぜ学習しない」

「な、ぜ……」

「あ?」

「なぜ里を襲った……理由を言え!」

 先程の羅閃の会話が蘇る。

 あいつが羅漢の里をめちゃくちゃにした犯人か?

 天羅と呼ばれた黒い道着の男は、上体をゆっくり反らした。もみあげの辮髪が、垂れ下がりぶらんと揺れる。

 そのまま、辮髪が地面と接しそうなほど上体を反らし続ける。ある地点でぴたりと止まったかと思うと、目にも止まらぬ速さで上体が戻り、同時に全身が弾け飛んだかのように羅閃の方へ突撃していった。

 そして天羅の手は羅閃の首を捕らえ、そのまま木へ打ちつける。

 なんて速さだ!

「お前が私に質問できる立場か?身の程を知れカス。お前は龍気を使用しておきながらそこのガキに負けたろう。大罪ね」

「だ、だまれ……」

 羅閃が俺に負けたって?

 今到着したばかりの男にどうしてそんなことがわかるのか。

 羅閃が問い質さないところを見るに、なにかしらの方法があるようだ。もし、離れている場所からでも相手の挙動を確認できるような魔法かなにかがあるなら、仮に逃げられたとしてもまたすぐ見つかってしまうのか?

「ぐ……ぐっ!」

 羅閃は天羅の手をなんとか引き剝がそうとしている。素人目でもわかる。羅閃は鬼のように強いけど、相手はその倍以上は強い。パワーもスピードも段違いだ。おまけに、この屈強すぎる竜もいる。どう転んでも勝ち目はない。

「ぐおおおお!」

 羅閃は強引に殴りかかろうとするが、天羅の身体が一回転したかと思うと、羅閃は勢いよく後方へ吹っ飛んだ。羅閃はよろめきながら立ち上がるが、その口からはぼたぼたと血が溢れているのが遠目でもわかった。

「なにが、大罪……ふざけるな!」

 羅閃は覚束ない足取りで天羅へ吼えた。

「大罪というなら貴様らの方だろう!貴様らが里になにをした?羅漢の民が……貴様らになにをした!」

 羅閃は怒気と悲痛に満ちた声で訴えるが、天羅は眉一つ動かさない。冷徹とは違う、人間の負の感情を理解できないような表情に、俺はぞっとした。

「四日も前の話ね。いい加減忘れろ」

「黙れえ!!俺は目の前で……っ、母を!姉を!友を殺された!貴様らにだ!!忘れるはずがないだろう!貴様らは一人残らず俺の手で殺してやる!!必ずだ!!」

 羅閃は魂を吐くような咆哮と共に天羅へ向かった。

「マーブル、ごめん!」 

 俺はマーブルの頬を軽く叩いた。

「マーブル、起きてくれ!頼む!このままじゃ本当にヤバいんだ!」

 なんとかしなくちゃ。なんとか。

 俺にできることなんてたかが知れている。俺にはたった一つの切り札しかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ