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当日!


1

桜は唐津駅の待合室で、亜弓たちが到着するのを待っていた。

前日、亜弓から連絡があり、唐津に来ると言う事なのである。

なんでも、どきどきランドで開催される格闘ゲームのイベントに出場すると言う事で

そのイベント自体は午後の7時からと言う事だが、折角福岡から唐津に来るのだから、

早めに来て、桜に唐津を案内してもらいたいと云う事だった。

桜も何も予定は無かったから、亜弓の電話に二つ返事で了解したのである。

それに桜は少し嬉しかった。どうやら香湖がスパ2Xで闘いたいと云っているらしいからだ。

亜弓が云うには、桜に負けた後、香湖は相当練習したらしい。

それを聞いた桜は、背が高く、容姿端麗で、落ち着いた雰囲気の香湖が桜に勝つために必死に練習している姿を想像して微笑ましく思った。

「私も、サードを教えてもらおう」桜は決意するようにそう呟いた。

そんなことを考えながら、桜が携帯電話の時計に目をやると時間は10時30分になるところで、

そろそろ、亜弓たちの乗ってくる電車が到着する頃だ。

やがて暫くすると、電車の轟音が桜のいる待合室に響き、到着を知らせる。

桜は待合室を出て改札口の近くで待っていると、まばらに降りてくる人の中に亜弓と香湖の姿を見つけた。

亜弓の方も桜を見つけたらしく元気よく手を振って「おっはよう!」と大きな声で挨拶した。

亜弓の後ろからは香湖と、桜の知らないポニーテールの少女が付いて来ていた。

桜はそのポニーテールの少女が、前日電話で亜弓が言っていた大城百合夏であることを察した。

亜弓とポニーテールの少女は私服だったが、何故か香湖だけが犀星高校の制服なのを不思議に思いながら、3人に挨拶をした。

亜弓も挨拶を返すと、ポニーテールの少女の背中を軽くポンポンと叩きながら

「彼女が百合夏。一見優しそうだけど、サードでは超攻撃的だから注意してね」と冗談交じりに紹介する。

百合夏はニッコリと微笑み軽いお辞儀をすると「初めまして日野さん」と挨拶する。

桜も同じようにペコリとお辞儀をすると「初めまして、大城さん」と同じような挨拶を返した。

百合夏は「私の事は百合夏でいいよ。その代わり私もあなたの事は桜って呼ばせてもらうから」と云って屈託の無い満面の笑みを浮かべると

桜もその笑顔に釣られるように微笑み頷いた。

百合夏の側らに立っていた香湖は桜に「出向いてもらって申し訳なかった」と恐縮したように云った。

桜は首を横に振ると「いいんですよ。どうせ何にも予定はなかったんですから。それに、皆とは又逢いたいと思っていました」と微笑を浮かべ言う。

「そうか。実は私も会いたいと思っていたんだ」と、香湖は真顔で言って「スパ2を練習してきた」とそこはかとない自信ありげな表情を見せる。

亜弓は呆れるたように「カコ、こう見えて可也の負けず嫌いなんだよ」と桜に耳打ちするが、香湖にも聞こえたらしく、

眉根を寄せると亜弓を睨み「別にそういう訳じゃない。只、練習してきたから試したいだけだ」と不機嫌な声で言った。

「それを負けず嫌いって云うんだよ!」亜弓は切れよく突っ込むと桜に「ね?」と同意を求めた。

桜はなんと云って良いか戸惑ったが、微笑むと「嬉しいです。私も楽しみです」と嬉しそうに云うと

「所で、相馬さんは何で制服を着てるんですか?」と気になった事を尋ねた。

「いや、別に深い意味は無い。何着かあるから、休みの日も普段着に使っているだけだ」と香湖はさも当然みたく云った。

「まあ、有体に言ったらこーこは服装には無頓着とゆうこと」と百合夏は補足した。

「カコの私服姿なんて、私でさえ年に2.3回しか目に出来ないからね」と亜弓は自慢げに云った。

「まて。それじゃあ、まるで私が何時も制服を着ているような言い方じゃないか」

「着てるでしょ」

「寝巻きはジャージを着ている」

「知らないよ!」

桜が亜弓たちのそんなどうでもよい会話を聞いていると、遠くから二人組みの男が近づいてきた。

一人は桜と同じくらいの背丈の小柄な少年で、もう一人は175センチ程の身長の少し冷たい印象のする22.3歳の青年だった。

改札口か来たので、恐らくは、亜弓たちと同じ電車に乗り合わせてきたのだろう

少年は小走りで桜達の方に来ながら「聞きたいことがあるんだけど」と云った。

その後ろから青年の方は無言でゆっくりと歩いてきていた。

少年は4人の目の前に来ると桜たち4人を見廻しながら「ここら辺に、ティーガーってデパートがあると思うんだけど誰か知らないかなあ?」と尋ねる。

亜弓は小さく手を上げると元気な声で「私、知ってるよ。と言うか今から私達もそこにいくつもりだよ」と偶然に心をときめかせた様に云った。

少年は嬉しそうにニッコリと笑うと、後ろの青年を振り返り「凄い偶然だね。一緒に付いて行かせて貰おうよ刹那」と云った。

刹那と呼ばれた青年は無表情に頷くと桜達に向い小さな声で「済まないな」と云った。

その声は冷酷なまでに空虚な響きであった。




2



大谷は神経質な表情でカウンターで、来る客の一人一人を凝視していた。

どきどきランドには、疎らだが確実に人が集まってきていて、既に十数人のサードプレイヤーらしき者達が野試合をしている。

店内は僅かに殺伐としており、日高の書いた掲示板の煽りの効果は確実に効いている事が察せられた。

時計は11時を廻ったばっかりで、「KKSに挑戦」が始まるのはあと8時間後である。

その間中店番をする大谷は、内心恐々としており、今にも胃に穴が開きそうだった。

案山子は遅番で、2時にしか来ないし、店長の古賀は休みで、「朗報を期待しとる」と電話で一言くれただけであった。

来る客来る客全て、大谷を睨みつけるような錯覚さえ覚え、気が気ではない。

心の中で祈るように「余り、お客が来ませんように」と店員に有るまじき願掛けをしていたが、その願いとは裏腹に

殺気だった客が次々に来店している。

何処かのゲームセンターで腕を鳴らしたであろうサードプレイヤーが、どんどん増えてきていた。

大谷はこのまま何もかも投げ出して、帰ろうかと思ったが、流石にそういうわけにも行くまい。

しかも、まだ跳びっきりの懸念材料が手付かずのまま残っている。

「…案山子はまだ、この事を知らないんだよなあ…」大谷は絶望交じりに呟く。

「案山子にどう伝えればいいんだ…下手すりゃ殺されかねん…」大谷は頭を抱えた。

そこに自棄に小奇麗におめかしした日高が現れたが、その挙動はたどたどしく心もとなかった。

「大谷さん…どうしよう」開口一番脅えた口調で日高はそう云った。

恐らく思ったよりも人が集まってきているのを見て、恐ろしくなったのだろうが、今更後悔しても遅い。

「もう後には惹けない。ここは案山子に頑張ってもらうしかない」

大谷は決心したように日高に云ったが、日高は静かに首を横に振り

「や、八州さんが来たらどうしよう?俺、何て云ったらいい?」とどぎまぎと云った。全く別のことを考えていたらしい。

大谷は怒り呆れて「知るか!元々お前が呼びたいから、こんな事になったんだろ!それを今更!」

「一目で好きになりました!」日高は大谷に向って手を差し出して叫んだ。そして首を横に振り

「これだと少し唐突過ぎますよね…?」と確かめるように大谷に聞くが、大谷は無言だ。

「僕と一緒にサードをして下さい!」そう言って日高は再び大谷に手を差し出すが。大谷は無言だ。

「これじゃ、普通にサードで対戦する見たいな感じになりそうだな…」

日高は独り言のようにそう言って被りを振ると、ふと入り口付近を見ると、行き成り声をあげ大谷を揺り動かす。

「来た!来た!…どどどどどうしよう!」

「もう…帰れ…」大谷は日高の手を振り解くと冷たく言うと、入り口の方を見やる。

そこには香湖や桜、そして確かに亜弓の姿もあった。

「…誰ですか…あの人…」日高は、亜弓の側らにいる少年を震える手で指差しながら大谷にたずねた。

大谷は首を横に振って「さあ、恋人じゃないのか?」と無責任な憶測で答えた。

少年と楽しげに話している亜弓を横目で見ながら日高はそそくさとカウンターの裏に隠れると大谷を見上げ

「大谷さんお願いします、探りを、探りを入れてください!」と必死の形相で懇願した。

大谷は可也嫌だったが、日高の必死さとそこはかとない気の毒さに首を縦に振るしかなかった。




「驚いたよ。まさか私達と全く同じ目的地に同じ用件で来ただなんて」と亜弓は那由他に云った。

那由他は無邪気に笑って「ホントだね。俺達運命の出会いなのかもね」と愉快そうに言うと側らの刹那に

「そう思わない?刹那?」と聞くが、刹那は冷たく「そうだな」と云っただけだった。

「折角だから対戦する?」と那由他はどきどきランドにあるサードを指差しながら云った。

「うん、やろう。でもその前に挨拶しときたい人が居るから待ってて」と言うと、亜弓はカウンターの店員大谷を指差した。

那由他は「知り合いなの?」とそっけなく云うと

「じゃあ俺達ちょっと向こうに混ざってくるよ。結構人居るみたいだし」と言って刹那と共にサードの筐体の方へ向った。

サードは対戦の熱気が俄かに活発になっていた。那由他は嬉しそうに呟く「強い人いればいいけど」と。

亜弓たちは二人の後ろ姿を見送ると大谷のいるカウンターへ向った。


「大谷さん!お久しぶりだね!」と、亜弓は上機嫌に手を振って大谷に挨拶した。

「やあ、亜弓ちゃん。いらっしゃい。相変わらず元気そうだね」と言うと大谷は桜と香湖にも同じように挨拶をする。

そして再び亜弓に向って「桜ちゃんとも一緒だったの?」とたずねた。

亜弓は笑みを浮かべると「そうだよ。今日は桜に唐津を案内してもらおうと思ってね。大谷さん何かお勧めスポットある?」と好奇心いっぱいに聞く。

大谷はやや考えると「唐津バーガーくらいしか思いつかないなあ」と言うとカウンターのしたから小声で「それかよ…」と云う日高の呟きが聞こえた。

「それ知ってる。食べた事無いから食べて見たい」と亜弓の隣に居るポニーテールの少女が答える。

「お、結構有名だね。唐津にはイカと唐津バーガーと唐津くんちしか無いからね」と大谷は可也いい加減な唐津の諸評を述べた後で

「所で君は?亜弓ちゃんのお友達?」と聞く。

少女はニッコリと頷くと「大城百合夏と云います。ここの事は亜弓とこーこに聞いてて来てみたいと思っていたんですよ」と云った。

「でも来てみたらろくでもないでしょ?ゲームは格ゲーだけでしかも全部古いやつばっかり」と

大谷は筐体を指差しながら云った。百合夏は首を横に振ると

「そんな事ないです。と言うより何だか既視感が凄い。お寺とラインナップが殆ど同じ」と嬉しそうな声をあげると亜弓も相づちを打ち

「似てるよね。若御院の趣味と」と云った。

大谷はお寺や若御院と言う言葉に頭を傾げながら「へえ、じゃあ君達のホームのゲーセンの店長の趣味と案山子の趣味は似てるってことか」と云った。

どきどきランドの店長はスミレだが、スミレは店の筐体のラインナップは略アヤコに一任していた。

「かかし?」と亜弓が聞き返す。そう云えば前に少し聞いたような気がする。

「ああ、案山子というのはうちの店員だよ。この前亜弓ちゃんたちが来た時は居なかったけど」と大谷は説明する。

すると亜弓が小さく「あ」と声をあげる。

「もしかして「kks]てその案山子って人?」と聞いた。

「あ、やっぱりあの掲示板読んで来たの?」と少し困り顔で大谷は云った。

亜弓は怒ったように腰に手を当てると大谷に「もしかしてあの掲示板に書いたの大谷さんなの?!」と大きな瞳を吊り上げて云った。

大谷は圧倒されるように少し後じさりすると「い、いや。俺じゃないけど…どうしたの?何か気に入らなかった?」

「あの文章に『黒いヤン使いの方は特に歓迎しております(KKSはヤンに弱いのです)』て書いてあったでしょ?

これはどう見ても私に対する挑戦だよ!」亜弓は血気盛んに言った。

「ま、まあまあ…。それは穿った見方かも…もしかしたらそんな意味じゃないのかもしれないじゃない」

「他にどんな意味があるの?」

「もしかしたら亜弓ちゃんのファンかもしれない。

もう一度逢いたいがためにそんな一文を付けてくれと頼んだのかもしれない。

そんな臆病でどうしようもない奴が何処かに居るのかもしれない」

大谷は視線を下に向けながら云った。

亜弓は腰に当てた手を、腕組みしなおして「…どっちにしてもそんな事する人、

あんまり好きじゃないな私。もしかして書いたの案山子って人?」

それに対して大谷は首を横に振る。

「じゃあ他の店員の人?」亜弓は身を乗り出して大谷に迫る。大谷は再び首を横に振り「実は、じょうれん…いてえ!」

足元に激痛が走った。下を見てみると日高が思いっきり太ももを抓りながら、

涙目で大谷を見つめて、人差し指を口に当てて云うなと言うジェスチュアを必死に送っていた。

それを見ると流石に気の毒で亜弓に真実を言うのが躊躇われた。

口ごもる大谷に迫る亜弓の肩に百合夏は手を置くと嗜める様に優しく言った。

「亜弓。大谷さんが困ってる。もういいじゃない?

別に黒いヤンが亜弓って書いてあるわけじゃないでしょ。

それにあれが悪気があって書かれてる訳じゃないのは亜弓にだって分かるでしょ?」と言うと微笑を浮かべた。

亜弓はその言葉に「そうだね」と云って頷くと、

大谷に向って「私だってそんなに怒ってる訳じゃないんだよ。何かこう云った方が盛り上がりそうでしょ?プロレスみたいで」と笑顔で云った。

大谷は「なるほど、確かに盛り上がったよ。カウンターのこっち側では嫌と言うほど…」と唸るように云った。


「所で、あの人たちは知り合いなの?」と大谷はさも今思い出したかのように、サードをプレイしている少年を指差しながら亜弓にたずねる。

「私達もさっき駅で会ったんだよ。あの人たちも『KKSに挑戦』に参加するんだって。だから一緒にここまで来たんだよ」

亜弓は大谷に、二人と出合った経緯を説明した。

大谷は「ふうん。彼らも、案山子に挑戦しに来たのか…」と憂鬱そうに呟くと、

「僕はてっきり、亜弓ちゃんの彼氏と思ったよ。随分親しそうに話してたから」と何気なく探りを入れる。

大谷の足元で日高がピクリと動き、緊張が走るのが分かる。

亜弓は笑みを浮かべると「やだなあ!そんな訳無いよ」と首を横に振り、

側らの香湖に「私はカコ一筋だもん!ね?」と云って腕に纏わり付いた。

しかし香湖は不機嫌そうに亜弓の腕を振り解くと

「お前がどう思おうと勝手だが、そう云う事を公然と云うのは止せ。有らぬ誤解を受ける」と憮然と睨みつけたが

亜弓はそれには全く頓着していない様子で平然と「

桜は「え、八州さん、相馬さんの事が好きなの…?女の子なのに…」と少し引き気味に云った。

亜弓は心外と言うような口ぶりで桜の方に身を乗り出すと「それは誤解だよ!桜」と声をあげる。

「いい?カコはね。背が高くって、その割には胸は無くて、

抱きつくと結構筋肉質で、骨ばったくて、腕力あるし、声は低いし、胸が小さいし、胸板は厚い。

喋り方は男の子だし、誰とでも為口だし…」と握り拳を作り力強く延々と香湖について一家言をぶちまけている。

桜は亜弓のあまりの鼻息の荒い力説に圧倒されたように何も云えず呆然としていた。

更に何か云おうとした亜弓を側らの百合夏は「もうそれ以上云わない方がいいんじゃない?流石のこーこも泣いちゃうよ?」とニッコリと諭すように云う。

しかし香湖は憮然と「泣くものか。私だって自分がそれほど女らしいとは思ってはいない」と言ってむっつりと腕を組んだ。

「ほら。こーこすねちゃった」と百合夏は亜弓を咎めるように云ったが声は笑っている。

亜弓は「カコ、ごめんね」と謝ったが全く反省していない言い方だった。

それらの会話を聞きながら大谷はカウンターの下に居る日高に小声で「取り合えずお前にも脈はあるかも知れないな…」と自信なさげに云った。

日高はそれに力なく頷いただけだった。

暫くすると、店内が俄かにざわついた。

どきどきランドの入り口付近には4人の男たちが現れていて、他の客たちは口々にその男達の噂をしていた。

オセロットという言葉が口々から聞こえた。

大谷もその中の一人に見覚えがあった。

「…くそ、最悪だ。あいつ等もきやがった…」大谷は中条を睨みつけながら苦々しく呟いた。




中条は三人の見慣れぬ男達を引き連れて、桜達のいるカウンターの方に近づいてくる。

桜は身構えるように、男達を見据えた。やがて男達と対峙すると、

中条が桜を指差しながら、側らの眼鏡をかけた神経質そうな男に「緑川、この女が上代を負かした奴だ」と教えた。

緑川と呼ばれた眼鏡の男は値踏みするような目を桜に向けると、蔑んだ笑みを浮かべ「なるほど。君が上代君を倒したのか。ククク。有難う」と云った。

桜は眼鏡の男の云っている意味が分からなかったが、その言葉には不愉快な感情が込められている事だけは分かった。

「いやね。上代君は少し調子に乗っていたものだからね。君みたいな素人に負けたことは、良い薬になったと思ってね」

そう言うと緑川は心底愉快そうに笑った。それは明らかに侮蔑の笑いだった。

「ふうん。それで今日は敵討ちに来たって事?」亜弓は、ややご機嫌斜めに言った。

緑川は亜弓を馬鹿にするように肩を竦め「まさか。ただあいつが負けたままだと、僕達のホームに泥が塗られるんでね」と云った。

「僕はオセロットの力があの程度だと思って欲しくないんだ」と云うと嘲笑を込めて

桜の顔をまじまじと見つめ「まさか、こんな少しかじった程度の素人に負けるなんてね。上代君は本当に困った人だ」と云った。

「それで、どうしたいんですか?」と桜は少し感情的に尋ねた。

緑川はぐいと眼鏡を押し上げると口元を歪める。

「僕達と戦って欲しいんだ。桜さん?オセロットがこの程度と吹聴されたんじゃ僕達も心外なんでね」

それに対して大谷が口を挟む。

「桜ちゃんは、この前サードをやったばっかり何だぞ?お前達はオセロットのトッププレイヤーだろ?勝負にならないよ」

「そうだろうね。しかしそれでいいだろう?

僕達はあるべき結果を求めに再戦に来たんだから。要するにあれは只の紛れだった。と言う事を証明する為に」

緑川は見下すように大谷を睨む。大谷は居竦まる様に身を硬直させた。

桜は一歩前に出て緑川と対峙すると毅然して言った。

「再戦するまでもありませんよ。…あの戦いは私の負けでした」

上代は、ただ上代本人のプライドから、負けを認めただけに過ぎなかった。桜は本心からそう思っている。

「それに、大谷さんの言うとおり私はまだあんまりサードをやったことはありません。

闘わなくても結果は決まってますよ」

「そうかい。じゃあ認めるんだね?君が上代に勝ったのは偶然だったと」

緑川の言葉に桜は頷く。

「じゃあ、僕達との戦いは受けずに逃げると言う事だね?」

それを聞いた桜の顔は少し曇り、頷くのを躊躇った。

「では、ここで宣言してくれないか。幸い今ここには大勢のサードプレイヤーたちが居る」

と言って緑川は周りに聞こえるような大きな声で言った。

「私はオセロットに対して全面的に敗北を認めると!」緑川は侮蔑を込め云った。

側らの亜弓が、少し怒った様に「なんで桜がそんな事云わないといけないんだよ?」と食って掛かる。

「云っただろ?雪辱に来たと。負けを認めたら、謝るのが筋ってもんじゃないか?」そう言うと緑川が不愉快な笑みを浮かべた。

「そんなのおかしいよ。勝ったから偉いとか、負けたから謝れとか」

亜弓は、負けじと言い返すが、緑川は肩を竦め「じゃあ、それを闘って証明するんだね」と嘲るよう云った。

亜弓と緑川の言い合いの側らで、桜は俯くと自分の左ての薬指に結ばれている赤いリボンを見つめた。

(こんな所で、逃げるの?)

ふと声が聞こえた気がした。それはあの時アースガルドで出合った少女、サクヤの声に聞こえた。

桜は不安げにきょろきょろと周りを見廻したが、しかし少女の姿は何処にも見当たらなかった。

桜は何事かを思い、瞳を閉じると左手を胸の辺りで決意するように握り締めた。

「桜、気にすることないよ。こんな奴の云う事!」と憤りながら云ってくれた亜弓に桜は頷くと、

一歩前に出て緑川と向き合い、緑川の顔を毅然見据え「…私は逃げない」と厳然と言った。

緑川は気おされるように、少し後じさると「…何だその顔は?」と興奮気味に云った。

桜の顔は冷たく笑っていた。




亜弓は自信ありげな笑みを浮かべ緑川に「あーあ。こうなった桜はちょっと普通じゃないよ」と得意げに言う。

香湖は桜の肩に手を置くと「桜。そう気を張らなくていい」と宥めるように云うと緑川に向って

「なぜそんなに雪辱に拘る?」と問いかける。

動揺を抑え、襟を正し香湖をねめつける緑川に、側らの中条がなにやら耳打ちをしている。

それを聞き終わると、緑川は眼鏡を指で押し上げ、薄ら笑いを浮かべながら香湖を見つめ云った。

「君が下沢を倒した豪鬼使いか。上代君が欲しがったと言うからどんな人かと思ったがなるほど」

そう言うと緑川は香湖の体を嘗め回すように見た。

「腕よりは別のものが欲しかったんだろうね」と嫌らしい笑みを浮かべ云った。

嫌悪を込めた瞳で無言で睨みつける香湖に、緑川は「その顔、堪らないなあ。上代君も惜しいことをしたねえ」と奇矯な声を上げた。

その後ろにいた中条も薄笑いを浮かべ「俺も好みだ」と同意する。

香湖は「私はオセロットについて少し誤解をしていたようだ。

オセロットは福岡でも五指に入るほどのレベルのゲームセンターと聞いていたがどうやら違うらしい」と声を抑えて云った。

中条は色めき立ち「高が下沢を倒したくらいで調子に乗るなよ!あんな奴はオセロットの中でも下のほうだ」と興奮気味に云う。

それに反論しようとした桜を手で制して香湖は云った。

「誰が強いとか、弱いとか、お前達はそれ以外には何も無いのか?

オセロットの誇りと言うが、勝てば誇りが守れるのか?お前達にとって誇りとはそれだけのモノに過ぎないのか?」

亜弓と百合夏、大谷そして桜も香湖の言うことを黙って聞いている。

「私は覚えている。そのユリアン使いとの対戦を。上代と桜の対戦を。

語るべき技術も、劇的なドラマも無かったかもしれない。

確かに試合には私が勝ち、桜が勝った。

しかしそれがお前達の言う誇りを傷つけた事になるのか?私はそうは思わない」

「カコ…」亜弓は心配げに呟く。

「あの試合には恥ずべき事も、卑下する様なことも無かった。

寧ろ、負けたプレイヤーをあざ笑う事こそ最も拭いがたい恥辱では無いのか?」香湖は静かな怒りを込めて云った。

中条は反論しようと香湖の前に体を乗り出したが側らの巨漢の男がその肩を掴み、ぐいと後方に押しやった。

中条は数歩下がると「何だ白水!?」と驚き脅えた声をあげた。緑川も白水の突然の行為に面食らっている。

ただ一人高梨と呼ばれている男だけが、不愉快な笑みを浮かべたまま落ち着いて事の成り行きを人事みたいに傍観していた。

白水はそんな高梨を冷たく一瞥すると香湖に向って言った。

「その犀星の制服、思い出したぜ、お前。お前とは一度オリンポスで戦ったことがある。

最もサードじゃなくてスパ2Xでだったがな。覚えているか?俺の事を?」

香湖は暫く考え込むと「いや。覚えてない」ときっぱりと言った。



続く

白水は眉間に皺を寄せて「俺は覚えているぜ!逢いたかったぜ!まさかお前が、下沢を倒した豪鬼使いだったとはな」

と言うと白水は巨体を揺らして笑った。

緑川が怪訝な顔をして「白水君、君も彼女と逢っていたのか?」と聞くと、白水は笑いを抑えて

「ああ。まったくおもしれえじゃないか?運命と言う奴だな」と言うと香湖に向かって

「スパ2では、俺の負けだったが、サードではそうはいかねえ!」と鼻息を荒くすると

「女!お前は俺たちが何故、雪辱に拘るかと聞いたな?何故、勝つことだけに拘るかと聞いたな?

決まってるじゃねえか!負けたままだと自分のホームの実力が低く見られるんだ。舐められるんだよ!

勝った奴がどんな事を吹聴してもよええ奴は否定できねえんだ。

あそこの実力は大したことがない、なんて言われてみろ…そんなことが我慢できるはずがねえ!」と白水は声を荒げて言った。

「だれも、そんな事は言いはしない…」香湖は静かに云った。

「お前達が言わなくても、誰かが言うだろうよ!なあ!そんなもんなんだよ。俺には分かってるのさ。

この周りの奴らを見ろ!!ただお祭り騒ぎに乗じて集まった雑魚どもを!!」と白水は店内に集まっているサードプレイヤー達を指差しながら叫んだ。

店内のプレイヤー達は色めきだって白水たちの方を向いたが、白水は構わず言葉を続ける。

「この何の実力もない有象無象の屑共が、自分よりも数倍実力の上のプレイヤーが負けたのを見ると

嬉々として言うのさ!『あいつは意外と大したことがない』とな。弱い奴ほどそんなことを吹聴する!」

そう言ってどきどきらんどに集まっている周りの人間を見回しながら白水は吼えた。

辺りからは殺気立ったざわめきが湧き上がっており、白水はそのざわめき立つ方に睨みを利かせながら叫んだ。

「俺の言うことに文句があるのか!俺はオセロットの白水だ!

文句があるやつはいつでも相手をしてやるから掛かってきな!」

すると一転して水を打ったように辺りは静まり返った。

白水は不機嫌に舌打ちすると「け、どいつもこいつも腰抜けばっかりだぜ」と不機嫌そうに呟くと香湖に向って

「お前は腰抜けじゃないよな。豪鬼使い?さあ、席につきな。決着をつけようぜ!サードでな!!」

と言うと白水は後ろにあるサードの筐体を指さした。しかしサードは人々が取り巻いており席は空きそうに無い。

現在もユンとエレナが闘っており、白水はそれを見ると舌打ちをし「全く雑魚どもが、無駄な野試合しやがって!」

と言ってずかずかと筐体の方に歩いていき、香湖を振り返ると「向こうの1P側で待ってな!俺が今席を空けてやるから!」と叫んだ。

丁度その時、2p側のエレナが敗北し赤い胴着のユンは既に6連勝を刻んでいた。敗北したプレイヤーが席を立つと、

後ろで待っていた青年が席に着こうとしたが白水は強引に押しのけて割り込んだ。

文句を言ってきた青年に白水は睨みつけ、しり込みさせると我が物顔で席に腰を下ろすとコインを入れた。

白水はネクロを選んでユンに乱入する。スーパーアーツは超電磁ストームである。

それをカウンター付近で見ていた亜弓は黙って見ていた香湖に、

「マナー悪い人だね?オセロットってあんな人ばっかりなのかな」と、緑川たちの方に聞えよがしに云うと、

緑川はその亜弓の皮肉を肩を竦め聞き流し側らの中条に「豪鬼とネクロか。白水に分が悪いな」と分析するように云った。

緑川の目には既に目の前のユン対ネクロは眼中に無く、次の香湖の豪鬼とのキャラクター相性について話しているらしかった。

「問題ないだろう。あの女と下沢の対戦を見るかぎり、

あの女はメンタルが弱い所がある。少しダメージ負けすると動揺する。白水の敵じゃない」と中条は緑川に返答した。

緑川は頷くと「まあ、下沢如きのユリアンに紙一重でしか勝てないということはその程度なんだろうね」と聞えよがしに云ったが

香湖は別に気にする素振りも無くネクロとユンの試合に注目していた。

亜弓は香湖の耳元で「何かあの緑川って人、嫌味な人だね」と小声で言うと「きっとあの人オロ使いだよ。嫌味な人はよくオロ使うし」と

変な気目付けを云ったが、香湖は首を横に振り「お前の嫌味に返しただけだろう。それに嫌味じゃないオロ使いもいっぱい居る」と亜弓の言葉を否定した。

そして「お喋りよりも、あの試合をよく見ておけ亜弓」と視線で画面の方を促した。

既にユン対ネクロの試合が始まっていた。



「なんか、あのユン、動きが凄いんだけど…オセロットの人何もさせてもらってないよ」

亜弓は一方的になりつつある試合を見ながら香湖に云った。

画面上では、ネクロが何も出来ず、ユンに翻弄されている。

白水の顔には明らかな焦りと、怒りが見て取れたが、それは更なるミスを引き起こすだけだった。

力の差は明白であった。白水は相手の力量を測り損ねた。勝ちにだけ拘るのであれば、闘うべきではなかった。

圧倒的なユンに、緑川は慌てて「中条。あのユン使いが誰か見てくるんだ」と指示を出し、中条は頷くと急いで2P側に回り込んだ。

やがて試合は一方的な展開で終わった。

衆人の嘲笑の中、白水は画面を呆然と眺めていた。信じられないと言うような表情だった。

やや暫くすると、白水は再戦するためにコインを投入しようとしたが、

後ろで見ていた緑川は小さく舌打ちをすると「これ以上、泥を塗るなよ」と冷静を装った苦々しい口調でいった。

白水は慌てて席を立つと捲くし立てるように「緑川!油断したんだ!もう一回闘えば勝てる」と言い訳する。

緑川は呆れたような溜息をつくと首を横に振り「君には無理だな。あのユン使いは、上代を倒した関東の奴だ」と云った。

「だからなんだ!?好都合じゃねえか!俺が上代より弱いって云うのか!?」白水はいきり立って叫んだ。

「黙って引くんだ。僕の云う事が聞けないのか?」緑川がやや感情的に声を荒げた。

「今更引けるわけねえだろ!そんな事してみろ。俺は一生物笑いの種だ!」

確かに周りで取り巻いて見ていた他のプレイヤーたちは嘲笑の目で二人のやり取りを見ていた。

その人々の口々には嘲りの笑みが現れている。

白水に無理やり割り込まれた青年が叫んだ

「オセロットの白水さん。さぞお強いのかと思ったけど、まさかその程度じゃないだろうね?」

するとそれに追従する様に次々に叫び声が上がった。

「そりゃあ、弱いと噂も立てられるだろうよ。口だけの奴らの集まりみたいだからな」

「オセロット?レベルが高いと思っているのは自分達だけだろ?あそこは落ち目だよ実際」

「オセロットで強いのは楔だけ。これ常識な」

「楔だってどうかと思う。アースガルドの下っ端にまぐれ勝ちしただけだろ」

やがてその言葉は反感となり嘲笑となりやがて哄笑となって、一帯に響き渡った。

白水は周りを睨みつけるが、嘲笑はきえる事は無く、いや増すばかりだった。

その人々の嘲笑の中、緑川は中条に云う。

「君がやるか?あのユンと?オセロットの汚名を雪ぐかい?」

しかし中条は慌てて首を横に振ると「い、いや。白水が勝てない相手を俺が倒せるはずが無い…オロでは勝てないよ…」と脅えたように弁解した。

緑川は無言で一人納得するように何度と無く頷くと

「なるほど…なるほど…。これだけの嘲笑を浴びて、更に逃げようと言うのか…」と静かに呟くと

「結局、一人の男に、下沢が負け、上代が負け、白水が負け、オセロットが負けようとしているのか…」

そう言うと傍らの高梨を見やる。

「楔が去り、上代が去り、僕は喜んだよ。また、取り戻せるとね。僕がオセロットの中心に立てるとね。

でも、こんな事は予想外だ。オセロットがこうも愚弄されるなんてね。こんな所の中心に立つことなんて僕は望んでいない。

こんな嘲笑の中には相応しくない。僕も、オセロットも」そうして周りの人々を見回す。

高梨は緑川を冷淡に眺めていたが、口元に歪んだ笑みを浮かべると「俺が取り戻してやろうか?そのオセロットの名誉とやらを?」と云った。

緑川は蔑んだ笑みを高梨に向け「君に取り戻せるのか?アースガルドから堕ちた君に?」と侮蔑を込めて云った。

高梨の表情は微かに引き釣ったが緑川は気にする素振りも無く言葉を続ける。

「楔。僕は…」そこで言葉は途切れた。

そしてサードの筐体に静かに歩いていくと、モニターを見つめた。そこでは無邪気にCPUと戯れているユンの姿があった。

緑川はコインを投入すると、無言で席に着き、スターとボタンを押した。

衆人の嘲笑の渦巻く中、緑川は強者に戦いを挑んだ。恐らくは己自信の名誉のために。

かくして戦いは始まる。



緑川は、相手のプレイを見るだけで力量を推察する能力に長けている。

プレイスタイル、キャラクター対策の知識、反応、精神力、その他。

それらを綜合して導き出される自分と相手との差を瞬時に判断して、勝てない相手ならば引く。

それが緑川の一貫したスタイルだった。それがオセロット内の緑川の評価だった。

緑川は、「負ける戦いはしない臆病者」陰ではそう囁かれていた。

勝てない戦いを避けるからと言って僕を卑怯者呼ばわりできるのか?、卑怯とかいえるのか。

それを緑川は否定する。

僕は、勝てない相手から逃げるわけではない。ただ現時点の力関係を把握して、勝つ材料が揃うまで引くだけだ。

相手の分析、癖、キャラクタの対策、知識、相手に勝つための条件が揃ったとき僕は戦う。

これは逃げなのか?臆病なのか?

勝てない戦いに挑み、なすすべなく負けることこそ臆病だ。それこそ思考停止だ。

勝てないと思う相手に挑む非合理など、無能がすることだ。

彼我の力の差を分からないで戦うなど論外だ。

「僕は、勝てない相手をそのまま放置して、逃げたことはない。

必ず勝算を得て、勝てる算段が出来、時満ちたと思えば戦う。

そして今まで僕が勝てると思い挑んだ戦いに敗北はなかった」

そう呟くと、緑川は、レミーを選択した。saは「ヴィエルジュに安息を」を選ぶ。

「…僕は負けるような愚かな戦いはしない」そういうと緑川はユンを睨み付けた。


後ろで見ていた亜弓は、香湖に「あ、オロ使いじゃ無かったよ」と残念そうに言うと

「ヤンつかってて思うんだけど、レミーってなんか嫌いだよ。戦いにくい気がするもん」と続けた。

香湖は「まあ、レミー使いのほうはお前の数倍やり辛いと思っているだろうな」と呆れ気味に云った。

「ああ?その呆れ顔。レミーはスタン値短いから、ヤンはやり易いだろう。お前が下手なだけ。とか思ってるでしょ?

実際ヤンで対戦してみなよ?ほんとにやり難いんだから」

「分かっている。巧いレミー使いの堅牢さは豪鬼でも崩すのは容易じゃない」と香湖は同意する。

「特にあの小足(しゃがみ弱キック)あれは全キャラの中でも屈指の性能だろう」

レミーのしゃがみ弱キックは、攻撃発生4F、下段判定、リーチがそこそこ長い上に、キャンセル可能。

この技のおかげでレミーの近距離での守りは意外に堅く、ガードを崩すのは容易ならざるところがある。

「あのユンもけっこうやり難そう。やっぱりユンもヤンも立ち回りの性能はあんまり変わらないんだね」

「ああ…しかしユンはヤンとは決定的に違う決め手がある」

香湖は小さく呟いた。

側らで黙って二人の話を聞いていた桜は香湖に「決め手って何ですか?」と不思議そうに聞いた。

「幻影陣だ」と香湖はぶっきら棒に云う。

幻影陣

サードにおいて、最強と言われるスーパーアーツの一つ。

その理由は、短いゲージ、隙の無い発動、そして回避困難な連携の構築とそこからの威力の高さ。

このスーパーアーツがあるからこそ、ユンは最強のキャラの一角を担っていると言っても過言ではない。

「桜も、サードを続けていくうちに絶対に避けて通れない道になるよ。ユンの幻影陣対策」と百合夏は説明する。

亜弓も同意すると「同じ兄弟でありながら…身に付けた奥義の差が二人の差になったんだよ」と溜息をつくと

「でも、強いのはユンだけど、使って面白いのはヤンだよ!ね、カコ?」と聞いたが

香湖はそれに答える事はなく、不機嫌な表情がサードのモニターに向けられていた。

亜弓は険しい表情で対戦を見ている香湖に、何事かと聞いた。

「あのユン使い、幻影を使わない」と香湖は不機嫌に云った。

その言葉に亜弓は首をかしげながら「それがどうかしたの?」と素っ頓狂な声で云う。

「弱弱ターゲットコンボ(註ユンの弱パンチ→弱キック→中パンチターゲットコンボの事)から確定でも使わない。

無責任発動もしない。まだ互いに体力は7割近くもあるのにだ」

不機嫌な香湖に「なんで使わないの?」と亜弓は不思議そうに聞いた。

「…人のプレイスタイルに文句を言うつもりは無いが…」と苦々しく口を開いた香湖の次の言葉を、

「幻影陣は、回転率を多くすればするほど、有利になる。今の時点でゲージを持ち余す余地は無い」

一ラウンド目は、幻影陣を一度も使う事無くユンが先取した。

辺りからは俄かに嘲りの嘲笑が響いた。




第二ラウンドが始まって直ぐ、緑川の耳元には辺りの声が聞こえた。

舐められている、所詮この程度、オセロットでは楔だけ、弱いレミー使い

オセガミだけ、と言うか誰だよこいつ、弱すぎる、キャラ対が為っていない。

弱い、楔だけ、オセガミだけ、楔、楔、楔、クサビ…。

…ふざけるな。あいつがあいつ一人で、強くなったのか。

緑川の腕には力がこもった。

あの時だって、僕は勝てた筈なんだ。あのアースガルドの英雄狩りにも!

緑川の掌には汗がにじむ。

僕がオセロットの名誉を守ってきた。

緑川のボタンを押す指が微かに震える。

僕が、居たから、強くなったんだ。そうだろう?

感覚と馴れ合いだけのオセロットに知識と真剣勝負を持ち込んだのは僕だ。そうだろう?

それを、才能と感性に…阻まれたのは…僕だ。

緑川の瞳からは一筋の涙が流れた。

「努力では、どうにもならない事があるなら…僕はどうすればいいんだ…楔…」

緑川の手からは力が抜けた。

勝負は終わった。

ユンの勝利で。

どきどきランドは歓声と嘲笑の渦に包まれた。



嘲りの声の中、苦悩するように筐体のコンパネに肘をついて頭を抱える緑川を、桜は黙って見つめていた。

自分と戦いに来たと言う男が、なす術も無く敗れて、苦悩している様子を桜は黙って見つめた。

横柄で挑戦的だった緑川だが、その敗北した姿に桜は、優越感よりも憐憫を感じた。

「オセロットのレベルも落ちたもんだな」と緑川に罵声がとんだ。

桜の唇がきゅっと結ばれた。

「早くどけよ!後ろが支えてるんだよ!この雑魚!」緑川に対する罵倒は容赦が無かった。

白水は、緑川を気遣うように、肩に手を置き退席を促したが、緑川はそこを動こうとしなかった。

それを見つめながら、桜はどうして負けた人にそんな酷いことが言えるのだろうと思っていた。

止めなければ、そう思い桜が一歩前に進みかけた時、一人の男が静かに緑川の方に歩いていった。

嘲笑渦巻く中、悠然と、その男は進んで云った。

男が進んでいくと、嘲笑のざわめきが、囁きになり、やがて辺りは静まり返った。

白水が辺りが静かになったのに気が付いたのか、不審気に振り返ると男を見て驚きの声をあげる。

「…どうしてここに?」

しかし男は何も答えなかった。

緑川は白水の言葉に反応して振り返った。

静寂の中、緑川は無理やり笑みを造ると「やあ、見ていたのかい?」と無理に明るい口調で言った。

楔凶平は微笑を浮かべ頷いた。

そこで静寂は終わり、驚嘆ににたざわめきが起こった。

桜はそこに一つの名前を聞いた。

人々の口から挙がったその名前はオセガミと桜には聞こえた。

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