過去
1
「ゲームセンターがあるお寺があるらしい」
香湖が犀星高校に入学してから暫くしてそんな噂を聞いた。
当時、香湖はその噂を鵜呑みにする事はしなかったが、なんとなく気になって、
学校が終わると暫くはその噂のお寺を探すことが日課になっていた。
そのとき香湖が思った事は二つ。
そのお寺にはサードがあるだろうか、と言う事とそのお寺には強い人がいるだろうか、と言う事だ。
毎日毎日探したがそのお寺は見つからず、いつの日か香湖はそれはただの噂だろうと諦めかけていた。
ある日の放課後、下校中に同じクラスのそれまで一度も話した事のない一人のクラスメイトが
まるでスケートで滑るように廊下を滑走して香湖の横を過ぎて行った。
ショートカットに猫のように丸い目をした元気な少女で、名前を八州亜弓と自己紹介で言っていたのを思い出した。
亜弓は香湖の横をまるでホバーキックの様に滑るように抜いて行くと目の前に立ちふさがった。
「相馬香湖さん!あなたは同じクラスの相馬香湖さんだね?」と亜弓はわざとらしく大仰に言った。
香湖は静かに頷く。
「いつも一人で帰っているけど寂しくない?」亜弓はわざとらしく大仰に言った。
香湖は首を横に振る。
「寂しい。寂しいんだよ。私が寂しい」
香湖は訝しく眉根を寄せて首をかしげた。
「自己紹介のとき香湖さん、ゲームが好きって言ったよね?それで私ずっと気になってたんだけど
貴方ってほら、その目つきが怖くて近寄りにくいじゃない?だから今日まで何だかんだと
遠巻きに見てただけだったけど今日は勇気を振り絞って声をかけたというわけだよ」
香湖は戸惑うように「そ、そうか」と呟く。
目つきが怖いというのが少し気になったが何も言わなかった。
「私もゲーム好きなんだよ。テトリスとかもじぴったんとか」
そう言うと亜弓は香湖と並んで歩き出した。
「香湖さんはどんなゲームが好きなの?」
その質問に香湖は戸惑うことなく答える。
「私の好きなのは格闘ゲームだ」
「格闘ゲーム?スト2とかギルティーギア見たいなの?」
香湖は無言で頷く。
「カッコイイ!」亜弓は屈託のない笑顔で言った。
「強いの?香湖強いの?スト2?」亜弓は無邪気に聞いた。
「いや、スト2はあまりやった事がない」
「じゃあどんな格ゲーをしてるの?」
香湖は暫く考えてから力強くこう言った。
「ストⅢサードストライクだ」
「ストⅢ?たしかそれお寺にあったよ!」
「お寺?」
香湖は少し驚き、亜弓に聞き返す。
「阿野寺ってお寺。此処の若御院がゲーム好きでいっぱい持ってるの。
しかもゲーセンにあるようなおっきな筐体をだよ?」
香湖は勤めて落ち着きを装って言う。
「…連れて行ってくれ」
「やっぱりそう言うと思ったよ!私ね一目見たときから香湖とはお友達になれると思ってたよ!
そしてお友達になったらこういうニックネームで呼ぼうと決めてたんだ。」
そう言うと亜弓は嬉しそうに笑った
「カコってね。良いでしょカコ。こっちの方が呼びやすいし!」
香湖はまんざらでもない様に頷いた。
ゲームセンターのあるお寺は実在し、それが香湖と亜弓を結びつけたのだった。
2
香湖は亜弓と一緒に、阿野寺に至る石段を上っていた。
亜弓が云うにはお寺に至るには4444段登らなければいけないらしい。
そんなところにあるお寺など幾ら探しても分かるはずが無かったと額に汗を流しながら香湖は思った。
隣の亜弓は涼しげな表情で汗一つかかず飄々と上っている。
流石に中学生の頃からの常連は違うなと香湖は感心していた。
「カコだって中々の物だよ。初めて上る人は大体途中で根を上げるからね。
こんなに苦労するくらいなら普通のゲーセンに云ったほうが良い!て云ってね」
亜弓は息一つ切らさず楽しげに云ったが、香湖は返事する気力が無かった。
亜弓はここに来るまでに色々な質問を香湖に浴びせかけた。まるで香湖の全てを知りたいと言う風に。
中学校は何処だったか。何処に住んでいるのか。血液型は何か。
香湖も最初は一つ一つ答えていたが、石段を登るにつれて段々と口数は減っていく。
亜弓はそんな香湖の事にはお構い無しに相変わらず喋り続けた。
「へえ、犀星高校に来る為に、親戚の人の家にお世話になってるの?
確かに犀星は進学校だけどカコだったら寮とかある、もっと良い私立とか行けたんじゃないの?」
「…まあ、何となく…」香湖は息を切らしながら云った。
「いや私は嬉しいけどさ。カコと出会えて」
と言うと亜弓は照れくさそうにえへへと笑った。
やがて辺りを見回すと「もう3500段位だからもう直ぐだよ」という亜弓の言葉に香湖はうんざりした様に無言で頷く。
「若御院はきっと大喜びするよ。何時も『サード面白いのに誰も本気でやらない』って悲しんでいたもん」
「そうか。それは楽しみだ…」香湖はサードの対戦が出来ると考えただけで、この疲れも吹き飛ぶ様な気がした。
「それに他にもサードが出来る人が来始めたんだよ。
同じ学校の人だったけどすっごく小さくってお人形さんみたいに可愛いらしい子だった。
若御院は結構コテンパンに負けてたから、結構強い人だよ。今日も来てたら良いのにね」
と亜弓は心底楽しげに云うと「カコがやるんなら私もやろうかな。その時は教えてね」と笑顔で云った。
香湖は頷くと、石段の先に漸く見え始めた山門を見上げた。
ちょうどその時涼しい春風が吹き、香湖の火照った赤ら顔を冷やした。
真剣勝負が出来る場所だったらこんな苦労は喜んで甘んじよう。
そしてこんな所には来ないはずだ…英雄狩りは。
香湖はそう思いながら一歩一歩力強く石段を上った。
『阿野寺院』と書かれた山門を潜り、亜弓に境内の奥の小さな仏殿に案内された香湖はそこに
「気持だけでもありがたや」と言う張り紙と共に賽銭箱が置かれていたのを見つけた。
亜弓が「ここに少しでもお金を入れるのが暗黙の了解になってるんだよ」
と言うと亜弓は財布から10円を取り出し、賽銭箱に投げ入れた。
「中のゲームは皆フリープレイになってるから、まあ入場料みたいな物だね。
お賽銭にしてるのは大人の事情だね。きっと」と云うと亜弓は笑った。
香湖は亜弓に習って財布から100円を取り出すと賽銭箱に投げ入れる。
それを見た亜弓は「そんなに入れないで良いのに。私なんて10円以上いれた事無いよ」
と存外にせこい事を臆面も無く云った。
それから亜弓は仏殿の扉を勢い良く開けた。
香湖の耳にはゲームセンター独特の喧騒が飛び込んできた。
何台かのゲームでは学生や少年達がプレイしており、楽しげな声が響いていた。
そこには3対6台の対戦台と、数台のシングル台が置いてあり
「もじぴったん」や「テトリス」などのパズルゲームもあった。
「あーもじぴったん誰かやってる…」と残念そうに云う亜弓を余所に香湖は一台のアストロ筐体を見つめた。
そこに「サード」がある。香湖の胸が高鳴る。
それと共に「いらっしゃい」と言う野太い声が香湖の耳に聞こえた。
その声の主は半袈裟を着た阿野寺院の若御院、厳しい坊主頭の叢雲道元であった。
叢雲は、じろりと香湖を見ると、暫くまじまじと見つめ、隣の亜弓に向って
「ほう、この子が亜弓ちゃんの云っていたゲーム好きのカッコいい同級生か。
確かに亜弓ちゃんの言っていたようにカッコいい!」と真面目な顔でと云った。
亜弓も頷くと「でしょう?しかもだよ。サードが好きなんだって!」と神妙な顔で云う。
「何だって!」と叢雲は大げさに驚くと香湖に向って「本当かい?」と真剣な表情で聞いた。
香湖は無言で頷く。
叢雲は両手を高らかと上げ気合の雄叫びを上げると、
どかどかとサードの筐体に歩いていきスタートボタンを押した。
フリープレイに設定されていたサードはキャラクター選択画面を示した。
叢雲は筐体を手で示して香湖に向って云った。「さあ、やるぞ!僕は対戦に飢えている餓狼だ!」
香湖は躍るように高鳴る心を抑え静かに頷くと、筐体の2P側に腰を下ろしスタートボタンを押す。
亜弓は香湖の後ろで興味深げに「誰を使うの?」と香湖に聞く。
叢雲は迷うことなくヒューゴーを選択するとにSAにギガスブリーカーを選択した。
香湖は豪鬼を選択し、滅殺豪波動を選択する。
「やっつけちゃえー」と云う楽しげな亜弓の声が香湖の後ろで聞こえた。
白い豪鬼と強Pカラーの灰色のヒューゴーは対峙した。
かくして闘いは始まる。
3
サードのキャラクターの中で最大の体力を誇るヒューゴー。
一方の豪鬼は体力が全キャラクター中最低である。
しかしその機動力や攻撃力、またチャンスを作る能力は圧倒的に豪鬼のほうが優れている。
ヒューゴーは、所謂投げキャラと呼ばれる。
鈍重な動きと圧倒的な攻撃力を誇るコマンド投げが特徴である。
必然的に豪鬼は、その体力を温存しながら相手の体力を奪い
ヒューゴーは少ないワンチャンスを狙う戦法になる。
攻める能力があるが攻められない豪鬼、相手の攻めを受けるヒューゴー。
これは互いの精神の強靭さが試される闘いである。
ラウンドが始まると豪鬼は垂直ジャンプから打ち下ろすように豪斬空を繰り出す。
ヒューゴーはそれをBLすると、様子を見るように中間距離の間合いを保つ。
香湖の豪鬼も同じ距離を保ち豪波動拳で牽制する。ヒューゴーは落ち着いてBLで処理する。
叢雲と香湖、互いに慎重だった。
香湖のプレイスタイルは感性と言うよりはどちらかと言うと理論を重んじる。
そして理論を重んじるものの多くは対応型のスタイルを好む。
知識に裏打ちされた理論。そしてそれを一身にやり遂げる強い意思。
それらの行き着く先が香湖の理想。
対応型の豪鬼、その完成形。
豪鬼の対応能力は極論すれば全キャラ中、最強である。
それを端的に示すのは完全対空の存在である。
強昇竜スーパーキャンセル滅殺豪波動。
空中BLが存在するサードにおいて完全対空の所持は唯一にして無二。
ゲージに依存する事を差し引いても余りある最強の武器の一つ。
対応型の豪鬼その完成形。
叢雲は香湖の強さを立ち合った瞬間に直感した。
弱い豪鬼使いほど、闇雲に攻めたがるものだ。
しかし目の前の豪鬼は慎重に間合いを計り、牽制を多用し、おいそれとは攻めて来なかった。
豪鬼の攻める能力はサードでも随一である。にも拘らず香湖は慎重である。
攻める手段は事欠かない。ましてや相手は機動力の低いヒューゴーだ。
幾らでも攻める手段はある。攻めたいと思うはずである。にも拘らず香湖は飽くまでも慎重であった。
それは臆病から来る慎重さではない。勝利のための慎重さである。
と叢雲は直感し、そして唇が笑みを形作る。
「強いな。これは苦労しそうだ。ヒューゴーにとって、攻めてこない豪鬼ほど怖い物はない」
崩しの能力が高い者が待つ。それの不気味さと怖さは立ち会ったものにしか分からない。
叢雲は心底楽しげに呟く。
「ならば僕は待とう!お前が攻めてくるまでひたすらに!」
そして攻めに来た時、その時が君の最後だ!
叢雲は、チャンスを待った。只ひたすらに…。
「ギガスブリーカーを決めれば…僕の勝ちだ…」
叢雲のレバーを持つ手には自然と力がこもった。
4
レバー二回転のコマンドで繰り出されるスーパーアーツ「ギガスブリーカー」はサード最強の性能と威力を持った投げである。
発生0フレーム、そしてその威力は相手の体力の半分以上を奪う超強力なヒューゴーの最終兵器である。
とうぜん相手にする者は、ギガスブリーカーを食らわないように警戒する。
ギガスを警戒する。当然ながらそこに一定の偏りが現れるようになる。
即ち、ヒューゴーの投げ間合いに留まる事が出来ない。
必然的に相手の攻めも警戒勝ちにならざるをえない。ギガスのゲージが溜まるだけで抑止力になるのだ。
叢雲は中間距離の間合いでジャイアントパームボンバーを繰り出しながらゲージを溜める。
待つヒューゴーに対し、豪鬼は牽制の豪波動拳を撃つ。
ヒューゴーはそれをブロッキングする。するとゲージが少し溜まる。
じりじりとした緊張感のある展開が数秒続く。
香湖は、中間距離で相手の様子を伺いながら僅かばかりの精神の緊張と高揚を感じていた。
それはサードプレイヤーのみならず格闘ゲームプレイヤーの誰しもが感じる高揚である。
「初めて対戦する相手との初手」と言う事ほど怖くて楽しい事は無い。
自分より強いのか?弱いのか?次にどんな行動をしてくるのか。
そんなことを思うと心臓の高鳴りは増してゆき、手には力が入る。
この緊張感を味わうごとに、香湖は思うのだ、サードプレイヤーとしての無二の喜びとえもいわれぬ妙味を。
「そろそろ行く!」香湖は静かに呟くと、レバーを素早く左右に二三度入れ込む。
豪鬼はそれに呼応して小刻みに二三度小さく前後すると、そこから前にジャンプする。
さきに攻めに廻ったのは豪鬼の方であった。
それは叢雲の思いどうりの展開であった。
まって、耐えて、チャンスを得る。と言う叢雲の意思は概ね正しい。
しかしそれは飽くまでも、叢雲が今まで戦ってきた常識の中でのみ正しかった。
つまり叢雲の意思には一つだけ誤算があった…。
サードと言うものは残酷であるということだ。
自分の中の長年にわたり培われた磐石と思えていた常識は、
ある日忽然と現れた兵の前で砂上の楼閣似すぎない事を悟る。
そして目の前にいる豪鬼は、兵であった。
叢雲の培ってきた常識を翻すほどの…。
5
豪鬼使いは、慎重を旨とするべきである。と香湖は思っている。
攻める能力が高い反面、防御力は低い。
この相反する能力を理解して立ち回ることこそ豪鬼使いの本懐である。
紙一重。豪鬼使いにとって勝つも負けるも常に紙一重である。
しかしその一重の紙は立ち回り方しだいでは厚くもなり薄くもなる。
豪鬼の能力を過信して攻めに廻った挙句、迂闊な攻めを読まれて手痛い反撃を受け、そのまま負ける事は少なくは無い。
しかし慎重に立ち回った結果、むざむざとチャンスを失い、後手に廻る場合もある。
攻めるべきか守るべきか。慎重か大胆か。
香湖は戦うたびにその揺蕩う様なか細い真理に翻弄される。
攻めるべきか、守るべきか。その迷いの奥にこそ到達できない一つの真理があった。
「だからこそ、闘う。迷いがあるからこそ、戦う意味がある」
香湖は戦いの中、何時もそう思う。常勝という真理への到達など不可能と思いながら
しかし求めてしまう。常勝という「真理」の行き着く先を。
そして常勝という真理に対する「迷い」と、「欲求」は誰もが持っている。
サードをプレイする者たち全ては迷いの中闘っている。
「…行く」香湖は呟く。
香湖の豪鬼は攻めに転じた。
香湖は、慎重から大胆に転じた。
技術ではない。
理論ではない。
知識ではない。
迷う事は在っても惑わされる事は無い一つのもの、己の精神。
香湖は精神に己を委ねた。
それが香湖の何時もと変わらぬ闘い方である。
香湖の豪鬼は叢雲のヒューゴーを終始圧倒した。
待ちに徹していたヒューゴーを切り裂くように豪鬼は翻弄した。
叢雲は待ちから、攻めに転じた。
豪鬼に飛び込むヒューゴー。
しかし、それは迂闊だった。
豪鬼は冷静に豪昇竜拳から滅殺豪波動を繰り出し対空した。
「ゲージさえ溜まれば…」叢雲は苦々しく呟いた。
しかしそれは果たせなかった。
ヒューゴーのギガスブリーカーのゲージがマックスになる前に試合は終わった。
後ろで見ていた亜弓が香湖の勝利に嬉しそうにはしゃいでいた。
御堂に居るものすべての者たちもいつの間にか
自分たちのやっていたゲームを中断して二人の闘いを興味深げに観戦していたようで
叢雲と香湖の闘いに惜しみない賞賛を送った。
香湖はそんな中、小さく息を吐くと、無表情にモニターを見つめると微かに笑みを浮かべ小さく呟いた。
「…この雰囲気…懐かしいな…」
そこに冷たく透明な声が響いた。
「腕は衰えていないようね。相馬」
香湖は不思議と聞いたことのあるその声に振り返る。
そこには人形のように小さい一人の少女が腕を組んで立っていた。
それは香湖が良く知る人物、氷室氷河。であった。
6
香湖は多少驚きの表情を浮かべて立ち上がる。
その脇で亜弓は、戸惑う香湖と、不適な表情の氷河の顔を交互に見比べながら多少驚いた声で
「え?カコ、この子と知り合いなの?来る時に云ってたサードの強い子だよ?」と尋ねた。
香湖は無言で頷くと氷河の前に進んだ。
氷河は腕を組んだまま無表情で香湖を見つめたが、
やがて組んだ腕を解き、腰に手を当ててから口を開く。
「何よその顔。折角の2年ぶりの再会というのにつれないわね?」
その声はしかし穏やかだった。
香湖は驚くように頷くと「いや、少し驚いた…如何してこんな所に…」と戸惑う口調で言う。
「私も犀星に入ったのよ」氷河は再開を懐かしむような穏やかな声で言った。
「そうか、それなら云ってくれれば良かったんだ。私はそんなこと少しも知らなかった」
それを聞いた氷河は少し眉を吊り上げて
「私もあなたが私と同じ学校に入学したなんて知らなかったのよ!」と少し怒気混じりに云った。
「何を怒ってる?」
「怒ってなんかいないわ。大体なんで私から尋ねないといけないのよ」
と、やはり多少怒った様にいうと続けて
そんな事したらまるで私があなたを追いかけて犀星に来たみたいじゃない」
とぼそぼそと小声で呟いた。
香湖は氷河が何と云ったか聞き取れず、聞き返したが氷河は益々眉を吊り上げて答えなかった。
香湖は氷河が相変わらず訳の分からない事でへそを曲げるものだと、呆れると共に安心した。
「変わらないな。あの時と」香湖は笑みを浮かべ云うと、
氷河は気の強そうに釣り上がった瞳で香湖をねめつけながら
「それはどういう意味?相変わらず背が小さいと言いたい訳ね?失礼だわ。
こう見えてもあれから2cmと7ミリ伸びたんだから」肩を怒らせながら云った。
「いや、背の事じゃない。何というかお前そのものと言うか、何というか」
香湖は生真面目に答えたが、氷河はその生真面目さに益々怒ったようだったが
呆れたように溜息をつくと「貴方も相変わらず、朴念仁みたいね。安心したわ」と微笑を浮かべ皮肉を言うと
手を差し出し「こんな所で再開するなんて私達らしいわ」と霊妙な面持ちで云った。
香湖は差し出された氷河の小さい手を掴み握手をすると「そうだな」と神妙に言った。
「しかしよく一人でこの場所が分かったな氷河?私は散々探し回ったが、今日亜弓に教えてもらってやっと分かったのに」
それに対して氷河は呆れるように溜息をつくと
「携帯で(ゲームセンター お寺)と検索を掛けると一番上にここの和尚さんのブログがでるわ」
「…そうか、
「…ここは、いい場所になりそうね」と氷河が云うと香湖は静かに頷く。
氷河は何かを思い出すように瞳を閉じると
「ヴァナヘイムの二の舞だけにはする訳には行かない」と一人ごちる。
その言葉だけは、恐ろしいほどに冷たく、香湖の耳に響いた。
7
氷河は自分の云った言葉に皮肉な微苦笑を浮かべながら「昔の事ね」と自嘲気味に言うと、
腕を組くみ顎を上げて香湖を見上げすまし顔で
「でも、あんまり褒められた戦い方じゃなかったわね」と話を逸らすように云った。
香湖は不機嫌そうに眉を吊り上げると無言で氷河の次の言葉を待つ。
氷河は続ける。
「相手は待っていた。そんな場合は、攻めなくても勝てた筈。
ああいう戦いで一番怖いのは連携が偏って、一点読みのカウンターを取られる事よ。
特に豪鬼は防御力が低いから、それこそムーン(サルトプレス)を一回食らうだけで致命傷になりかねないわ」
香湖は氷河の言葉を黙って聞いたが、我慢しきれず言い返す。
「氷河、誰に向って言っているんだ?豪鬼の防御力の無さなんて、使っている私が一番良く知っている。
それにムーンサルトプレスは食らわない様に近距離はバックジャンプして斬空(波動拳)を撃っていた。
事実、相手は最後には投げは入れてこなかったじゃないか。そこで私は初めて地上戦に移った」
それを聞いた呆れるように氷河は首を横に振り
「何故、それで相手が投げをしないと言い切れるの?プレイヤーは常に気まぐれな物よ。
投げを出さないと思い地上戦を仕掛けた瞬間、相手が投げを入れないと誰が言い切れるの?」
「そんなものの根拠は無い。只その時の私はそう思えただけだ」
「相変わらず曖昧ね、感性に頼りすぎてる」
「お前は昔から理論に拘りすぎる」
「最後に由るべきは、感性じゃなくて理論だわ」
「私は必ずしもそうとは思わない」
二人の口調は激しさを増し今にも殴り合いの喧嘩を始めそうな勢いがあった。
亜弓が二人を止めに入ろうとした時、叢雲の巨体が筐体の向こうから現れ
「僕の事で喧嘩をするのは止めてくれないかい?」と二人の言い合いの仲裁をした。
氷河と香湖は叢雲の方を見ると同時に「いや、(貴方の事では)別に喧嘩はしていない(わ)」と口を揃え云った。
(カッコ内は氷河の言葉)
叢雲は二人に対し苦笑いを浮かべると
「まあまあ、さっきから聞こえてる限り二人とも知り合いなんだってね?
そんな懐かしの再開で行き成り口論しなくてもいいじゃないか」
香湖と氷河はお互いに見つめあうと、香湖は微笑を浮かべ「相変わらず、変わらないな」と懐かしむように云った。
氷河も微笑み返すと「そうね、貴方もサードの事になると相変わらず饒舌ね」
と云い、続けて「でも私の理論の正しさはおいおい分からせてあげるわ」と不適に云った。
叢雲は二人が険悪な雰囲気から打って変わって和やかになったのをやおら理解できないような不思議そうな顔をすると
「まあ、諍いも収まったところで自己紹介でもしようか。ねえ亜弓ちゃん。
全く恐ろしい偶然じゃないか。この阿野寺に集まった女の子が知り合い同士でしかも強いと来てる」
亜弓も頷くと「ホントだよ。これは運命だよ。カコと…えーと氷河?」と言うと亜弓は氷河の顔を見て口ごもった。
氷河は頷くと改めて姿勢を但し自己紹介する
「氷室氷河よ。氷の河と書いて氷河。相馬とは中学の頃からの付き合いになるけど
二年の時に私が転校して以来、2年ぶりの再会ということになるわ。
まあそんなことはどうでもいいわね。それより貴方の事も聞かせてほしいわ」
氷河は亜弓の方を向いて云った。
亜弓はニッコリと笑って
「私は八州亜弓。カコの親友でお寺の常連。もじぴったんとテトリスが好きだったけど
さっきの若御院とカコの試合を見て何か凄いって思った。それに氷河とカコの言い合いを聞いていて
何だか凄く寂しい気がした。だって何も分からなかったからね。
だから私もそんな話をカコや氷河としたいなって思ったよ」と言うと氷河と香湖の顔を見ながら
「私にも出来るかな?」と照れくさそうに聞いた。
香湖は頷く。氷河も同様に頷くと「出来るわ。八州さんが本気でやろうと思えば直ぐにでも」
と言うと微かに眉を吊り上げて「但し、勝つための敷居は低くは無い」と冷然な口調で言った。
亜弓は緊張の表情で氷河を見つめると「が、がんばるよ」と度盛りながら答えた。
香湖はその亜弓の言葉に無言で頷くと、自分の事について話し始めた。
主に香湖の事を知らない叢雲に向ってのものだ。
「名前は相馬香湖。香るにみずうみ(湖)と書く。自分では割と気に入っている名前で親には感謝している。
氷河が云ったとおり、彼女とは中学校からの知り合いだ。亜弓とは今日友達になったばかりだが
正直驚いている。話しかけられて数十秒であだ名を付けられたのは初めてのことだから。
誰とでも直ぐに打ち溶け合える性格は正直うらやましい。そしてこの場所を教えてくれた事に感謝する」
香湖の喋りは何時にもまして堅苦しい上に明らかに年上の叢雲に対してタメ口も同然の話し方だった。
亜弓は少し困った顔をして「…嫌だった?カコって呼ばれるの?」と悲しげに聞いた。
香湖は静かに首を横に振ると「悪い気はしない」とぶっきら棒に云った。
亜弓は「よかったー」と云うとはにかんだ。
最後に叢雲が自己紹介をした。
「僕はこのお寺、通称「超時空寺院阿野寺」の跡取り候補の一人叢雲道元だ。
年は20で君らの5歳くらい上だね。ここが何故ゲーセンになっているのか。
それは聞かないで貰いたい。しかしこれだけは保障しよう。お賽銭さえ入れれば
最高度にメンテナンスされた筐体と古今の最高に熱いゲームと、類まれなるイケメンの対戦者と
果てしない投げキャラ使い(ヒューゴー、ホーク、きらさま、グリフォンマスク、直衛示源、ハイデルン、リリス)
との戦いは保障しよう」
それに対して氷河は「リリスは投げキャラじゃ無いと思うけど」と突っ込んだが叢雲は平然と
「まあ投げられたいキャラだね。僕が」と答えた。
「そんな事より、自己紹介も終わったところで対戦をしようじゃないか!
香湖ちゃん次は負けないよ!そして何気に氷河ちゃんにも負けてたんだっけな僕は」
と云って叢雲は筐体に向かおうとした時、後ろから別の声が上がった。
「私も仲間に入れてほしいです」
そう云って手を上げたその少女は、香湖と亜弓がここに来た時にもじぴったんをプレイしていた高校生だった。
優しそうな笑顔にポニーテール、犀星高校のブレザーを来たその少女は名前を大城百合夏と云った。
8
百合夏も香湖や亜弓と同じ犀星高校の一年生であった。
百合夏は真夏のような暖かな笑みを浮かべると、「今日初めてここに来たんだけど、凄く楽しいモノが見られて嬉しい」
と言うと、亜弓や香湖や氷河を見回して「初めまして、私は大城百合夏って云います。
私今まで格闘ゲームなんか全然知らなかったけど、間近で見たらこんなに面白いなんておもわなかった。
えーと、相馬さんに八州さんに氷室さんに若御院さん。私もやってみたいです。サード」と云った。
それに真っ先に答えたのは亜弓であった。
「大歓迎だよ、私もやった事無いから、一緒に頑張ろうね。百合夏!」
そう言うと亜弓は嬉しそうに猫のように大きな瞳を細めた。
柔和な笑顔で頷く百合夏。
叢雲は溌剌とした声で「ようし!なら僕が何でも教えてやる!!」と声を張り上げて云った。
亜弓はそんな叢雲に猜疑の目を向けながら「…でも、若御院弱いし…」と疑りのこもった声で云った。
叢雲は心外そうに「失敬な!僕は只、お客さんである香湖ちゃんや氷河ちゃんに花を持たせる為に負けたに過ぎない。
云わば接待プレイというやつだ。もし僕が本気を出して勝ち捲くれば、もう来ん。と言うかもしれないじゃないか。
大体僕の使うヒューゴーは常に厳しい戦いを強いられる不利なキャラクターでもある。
それこそ仏道を目指す僕にピッタリの苦行キャラと云っても差し支えない。
僕が何故そんなキャラに心を引かれたかと言うとだね。前述した通り、僕は元来投げキャラが好きで、
殊に二回転投げが致命的なほど好きで好きでたまらないんだよ。
お経を上げる時も、座禅を組んでいる時も、常に頭の中ではレバーを二回回している位だ。
これは多分僕の中のDNAのなかに組み込まれた本能みたいなものだろうな。
ギガスブリーカーを決めたときの快感は、断食開けの銀シャリに匹敵するほどの爽快感がある。
だから亜弓ちゃんも百合夏ちゃんもヒューゴーを使いなさい…そもそも」
とクドクドと負けた言い訳をし始めたが、亜弓も百合夏も既に聞いては折らず、二人でサードを始めていた。
亜弓はキャラクターの選択画面で何を使うか迷うようにカーソルを動かしていたが、
「じゃあ私もカコが使っていた鬼見たいな人を使おう」と言うと豪鬼を選択した。
百合夏も同様に迷っていたが、「このかっこいい人を使おうかな」と云ってQを選んだ。
そして二人の生まれてはじめての闘いが始まった。
氷河は亜弓と百合夏のたどたどしい動きの対戦を見つめながら、側らの香湖に呟くような声で言う。
「…私は運命なんて信じないけど、これは偶然にしては出来すぎている。
今日、私達のこの出会いに私は運命と言うものを感じずにはいられない」
それに対し香湖は無言で頷く。
「取り戻せるかもしれない…私達の居場所を…」
氷河は厳しくも懐かしむような響きを湛えた声で呟く。
そうして香湖の方を見て屹然と云った。
「…私達の居場所を奪ったアースガルドを倒せるかもしれない…」
香湖はそれには何も答えず、只二人のぎこちない闘いを見つめていた。
氷河も元より返事は期待していないらしく同様に二人の闘いを見つめている。
やがて闘いが終わった。
画面ではQが倒れた豪鬼を踏ん付けていた。
勝ったのはQを使った百合夏だった。
9
百合夏は、氷河と香湖のに向ってニッコリと喜びの笑みを見せると、
モニターの向こうの亜弓に「私の勝ち見たいね!」と嬉しそうに云った。
たどたどしい対戦で、まだ読み合いも、駆け引きも無く、
どちらが勝ってもおかしくないような指運任せの試合であったがそれでも百合夏は嬉しかった。
しかも生まれて初めての格闘ゲームでの勝利である。その嬉しさは格別であった。
百合夏はニコニコしながらCPU戦を続けた。
反対に生まれて初めての格闘ゲームが敗北で始まった亜弓はやや消沈気味に「負けちゃった」と残念そうに云った。
気落ちする亜弓に香湖は「まあ、最初はそんなものだ。取りあえずは自分に合ったキャラクターを探す為に触っていればいい」
と云いながら亜弓の座る筐体に近づいた。
亜弓は香湖を振り返りながら「そうだね。こんな鬼みたいな人じゃなくて、もっとかっこいい人を使うよ」
と言うと再びスタートボタンを押し何やら迷うようにカーソルを動かす。
香湖はそれを見ながら、不機嫌に眉根を寄せると隣に居る氷河に小声で
「…豪鬼より格好良いキャラがいるのか?」と心底不思議そうに聞いた。
氷河は呆れた様に溜息をつくと「どう考えてもケンの方が格好いいわ」と云った。
香湖は同意しかねると言う風に腕を組んで首をかしげた。
「あとはヒューゴーとかヒューゴとかヒューゴー」何時の間にか後ろにいた叢雲は氷河の言葉に付け加える。
「ヒューゴーはカッコ悪い」氷河は昂然と云った。
「まあ氷河ちゃんにはまだ分かるまいね。投げキャラの格好よさというものは」
氷河は頷くと「確かに分からないわ。でも、投げキャラ好きな人は何処にでもいるわね。
私達の昔のホームのゲームセンターにも本宮って云うヒューゴー使いの人が居たけど、
その人もスパ2ではザンギエフ、ストゼロでもザンギエフ、
鉄拳ではキング、バーチャではウルフを使っていたわ」
それを聞いた叢雲は感心するように腕を組みしみじみと頷くと
「親近感を覚えるラインナップだ。…一度手合わせ願いたいものだけど、その人とは何処で対戦できるんだい?」
氷河は微かに陰りのある表情を浮かべると「…もう闘えないわ。その人はサードをやめたから」
「そうか。残念だな」叢雲はそんな氷河の表情には気付いた素振りも無く心底残念そうに云う。
「本宮さんも、鳴場さんも、皆止めて行った。ヴァナヘイムの人は皆…」
そう言うと氷河の瞳は冷たく曇った。
キャラクター選択を迷っていた亜弓は、漸く決まったようで、ヤンにカーソルを合わせると
「この変な髪形の人にしようかな。カコ、どう思う?」亜弓は後ろで見ていた香湖を振り返り訪ねた。
「ヤンか。扱いは難しいが、極めると強い。しかし体力が少ないから繊細な立ち回りが必要で
大雑把なお前には向かないかもしれない」と香湖はばっさりと云った。
「なるほど。繊細な私にピッタリと言うことだね」と香湖のアドバイスを完全に無視するとそのままヤンを選択した。
亜弓は画面の向こうの百合夏に「ちょっと練習するから何もしないでね!」と云うと、
インストカードを見ながら必殺技を練習するが中々出す事が出来ない。
「蟷螂斬…下、右下、右、P…」しかし出たのは大パンチ。
「穿弓腿…下、右下、右、K…」しかし出たのは旋風脚(→中k)
「前方転身…右。右下、下、左下、左、K…うわッ見ただけでも無理だよ!」案の定出たのは只のキック。
「快跑…右、下、左下、K」出たのは何故か穿弓腿。それが偶々、練習していた百合夏のQにヒットした。
亜弓は嬉しそうに「見た見た!?出たよ快跑!うん、私センスある!」と喜んでいる側らで
香湖は無表情で「それは穿弓腿だ」と冷たく言った。
「細かい事は気にしない。様は何か出たら嬉しいものなんだよ!初心者は!」
と亜弓は元気よく言うと、百合夏に向って「大体分かったから勝負だよ!」と叫ぶと不意打ちとばかりに飛び込んだ。
モニターの向こうからは「あっ!ズルイ!」と言う叫び声が聞こえた。
しかし結局亜弓のヤンは返り討ちにあった。
取りあえず現時点での格闘ゲームのセンスは僅かばかり百合夏の方に分がある様だった。
亜弓はしょんぼりと席を立つと、
香湖に「なんか百合夏強すぎだよ!あのコートの人何だか怖いし!」
と百合夏の扱う謎の男Qを批判した。
そんな亜弓に香湖は「まあ、今の時点では何とも云えないな。
じっくりとCPU戦でヤンの動かし方を覚える事だ。
そうすればおのずと闘い方も分かるし必殺技も出せるようになる」と諭すように云う。
「そんなに待てないよ!私、今すぐ勝ちたいよ。負けてばっかりじゃ悔しいもん!」
と亜弓は駄々を捏ねたが、香湖は「悔しいなら尚更、努力が必要だ。誰も最初から強い人なんている訳が無い」
亜弓は消沈したように表情を曇らせると「…でも・・・」と云い口ごもった。
香湖はそんな亜弓の肩に手を置くと「悔しいと言う気持は大事だ。亜弓、そう悲しい顔をするな。
その気持があればお前は強くなれる。勝つ事を急ぐ必要は無い。
私はサードで初めて勝ちを得るために148敗した。あんまり悔しかったんで今でも覚えている」
と云って隣の氷河の顔を見た。氷河は無表情に「昔の話よ。私が少し先に始めてただけよ」
と云ったが微かに得意そうな顔であった。
それを聞いた亜弓の表情は見る見る明るい表情になり「そんなにかかったの?カコが勝つのに?」
香湖は頷くと「ああ、だから1敗や2敗気にするな」と優しく云った。
亜弓は元気に頷くと何時もの明るい笑顔を見せて「カコも最初は弱かったんだ!」と繰り返し嬉しそうに云った。
氷河は亜弓に「相馬は負けが続くと段々大技しか振らなくなるからやり易かったわ。
クールに見えて割りと頭に血が上るタイプなのよね」と愉快そうに云った。
香湖は不機嫌そうに腕を組むと「そう云うのはお前の嫌いな人読みじゃないのか?」と憮然と云ったが
氷河は平然と「貴方は特別読みやすいから」と悪戯っぽく微笑んだ。
そんな中CPU戦を終えた百合夏が3人の会話に混じる。
「何か、手の伸びる人に負けちゃった」と百合夏はニッコリと云った。
サードのモニターにはネクロのクローズアップでコンテニューのカウントダウンが始まっている。
亜弓は百合夏に「百合夏、覚悟しといてね!今日は負けたけどこれからどんどん強くなって倒してやるんだから!」
と鼻息を荒くして云うと、百合夏は微笑んで「うん、楽しかったね」と心底嬉しそうに云った。
そんな百合夏の笑い顔に調子を狂わされたのか亜弓は頭を掻きながら
「こんな優しそうな顔をする人がサードではホントに攻撃的になるんだよ!キット百合夏は二重人格だ!」
と真顔で言った。
百合夏は意外そうに「え?そんなこと無いよ」と言うと微笑みながら「私はいつも攻撃的だから」と怖い笑みを見せた。
亜弓は「その笑顔やめて」と身震いさせて云った。
香湖はそんな二人のやり取りを微笑みながら見ていたが、そこに氷河が不意に声をかけた。
「相馬、久しぶりに闘いましょう。貴方が弱くなっていないか確かめてあげるわ」と言うと微笑を浮かべた。
香湖も微笑で返すと「望むところだ」と心底嬉しそうに云うと、「1p2pはじゃんけんでいいな」と尋ねる。
氷河は「私はどっちでもいいわ。貴方に選ばせてあげる」と不適に云うと香湖は頷き、2p側に座った。
氷河は1p側に座ると、スタートボタンを押した。
そして感慨深げに瞳を閉じると深く息を吸い、息を吐く。
瞳を開けキャラクター選択画面を見つめると「…あの時の続き…出来る事嬉しく思うわ…相馬」と静かに呟いた。
お互いにキャラクターを選ぶ。氷河はケン。SAは勿論疾風迅雷脚。そして香湖は豪鬼、SAは滅殺豪波動。
青い胴着のケンと、白い胴着の豪鬼は2年の歳月を超えて向き合った。
亜弓、百合夏、叢雲、そして多くの阿野寺のプレイヤー達は二人の闘いを固唾を呑んで見守った。
やがて闘いが始まる。再開を喜び二人の闘いが。
11
長くサードを続けていれば、時々口では説明できないような不思議な感覚に陥る事がある。
例えば今の氷河がそうだった。
最初の立ち合い。刹那、それは数フレームにも満たない数刻で、相手の実力の全てが分かる。
そこに根拠は無かった。それは理論家の氷河が唯一説明できない感性。
格闘技の達人が一瞬で相手の力量を察するあの感性。
この不思議な感覚を新鮮に感じながら氷河は香湖の豪鬼と立ち合った。
「…弱くなるどころか…相馬、どれだけ研磨を重ねてきた…」
氷河は嬉しそうに微笑んだ。
豪鬼とケンは互いの力量を称えるように拳を交じ合わせる。
香湖と氷河、二人の空白の2年間は今この瞬間千の言葉を用いるよりも雄弁に物語っていた。
やがて戦いは終わった。
僅かの差で香湖の豪鬼が勝利した。
香湖と氷河は同時に席を立つ。そして二人は無言で向き合った。
氷河は小さい体で香湖を見上げる。
「…」そうして無言で小さな拳を突き出す。香湖はその小さな拳に自分の拳を重ねた。
氷河は詰めたい目元に煌くような笑みを湛え云う。
「…逢いたかったわ」それに香湖は無言で頷いた。
亜弓が香湖に抱きつく、百合夏が氷河に肩を寄せ合う。
皆口々に二人の闘いを称えた。
阿野寺に射す曙光、その始まりであった。




