報告と、買い込んだ備え
ザブィートゥイプネヴマが消えたあとの床に、三つの核石が転がっていた。
「これ、配信機に組み込むって話だったよね」
紫苑が拾い上げようとしたところで、私は手を挙げて止めた。レベル10まで育った鑑定なら、前よりずっと詳しく中身が読めるはずだ。
「先に鑑定してみる」
一つずつ手のひらに乗せ、スキルを発動させる。視界に文字が浮かび上がった。
『スコトゥスチミーの霊格、霊珠――冥闇の霊格と霊珠。とある職業の武器を解放し、昇華させる為に必要。売却・譲渡不可』
『フォトススヴェータの霊格、霊珠――煌聖の霊格と霊珠。とある職業の武器を解放し、昇華させる為に必要。売却・譲渡不可』
『ハオスハーアサの霊格、霊珠――混沌の霊格と霊珠。とある職業の武器を解放し、昇華させる為に必要。売却・譲渡不可』
「武器を、昇華……」
鏡花が小さく呟く。
「売れない上に、誰かに渡すこともできないってことは、私たちの誰かが使うために落ちたってことだよね」
「でも、『とある職業』って、どの職業のこと?」
紫苑の問いに、私たちは顔を見合わせた。答えは、まだ出ない。
「……とりあえず、全部私の亜空間庫にしまっておくね」
三つの霊珠を収納し終えたところで、ふと、足元から力が抜けていくのを感じた。膝が笑っている。ステータスの数字が四万を超えていようと、疲労だけは数字に従ってくれないらしい。
「正直、今の状態で三十三層に進んだら、全滅すると思う」
私は素直に口に出した。
「ポーションも相当減ったし、武器の刃こぼれもひどい。それに、あの戦いのあとじゃ、集中力が持たない」
「同感。一回、地上に戻ろう」
鏡花の言葉に、紫苑も頷いた。
それに、今回の探索で一つ、はっきり分かったことがある。外と連絡を取れる手段があるかないかで、いざという時の安心感がまるで違う。配信機の魔石は、今度こそ各属性しっかり揃えておこう――私はそう心に決めて、地上への帰路についた。
地上に戻ると、すでに外は夕暮れだった。
まっすぐ協会の受付へ向かう。流れは、頭の中で決めてあった。まず報告、次に物資補給、それから武器と防具の修理、最後に魔石の購入。順番を間違えると、きっと話がややこしくなる。
「三十二層で、エレメントの大氾濫が起きていました」
受付の職員さんに告げた瞬間、彼女の顔つきが変わった。
「大氾濫……つまり、スタンピードということですか」
「はい。エレメンティスが九体、その上位種にあたるエレメンタリニティーが三体確認できて――」
説明を続けながら、私は肝心のことを口にしようとした。三体を倒した先で知った、レベル上限解放のための素材のこと。
その単語を声に乗せようとした、その瞬間だった。
ゴォォォォン、と腹の底を揺らすような重低音のノイズが、頭の中に響き渡った。
「っ……!」
思わず額を押さえる。鏡花と紫苑も、同時に顔をしかめていた。
「凜、今の……」
「聞こえた。私たちだけ、みたい」
受付の職員さんは、きょとんとした顔でこちらを見ている。やはり、私たち三人にしか聞こえていないらしい。
あの皮羊紙に使われていた、伝授不可の魔法。ダンジョンが結んだ契約が、情報の漏洩を許さないのだと、直感的に理解した。
「……すみません。その件以外の情報は、全部お伝えします」
私は言葉を選び直し、素材のことには一切触れないまま、規模と発生した階層、討伐の状況を伝えていった。
話し終えるやいなや、奥の扉が勢いよく開いた。
「その話、詳しく聞かせてくれ」
現れたのは、見覚えのある大柄な男性だった。二十四層で会ったときの、あの穏やかな雰囲気はどこにもない。
「ダランさん」
「朝露くん、だったな。……もう一度、最初から聞かせてもらえるか。今度は、発生した階層と規模を、できるだけ正確に」
目つきが、まるで別人だった。私は呼吸を整え、順を追って話した。三十二層、エレメンティス九体、エレメンタリニティー三体、そして復活の仕組み――ダランさんは一言も遮らず、最後まで黙って聞いていた。
「……分かった」
話を聞き終えるなり、ダランさんは懐から端末を取り出し、どこかへ連絡を取り始めた。
「ああ、俺だ。鎌倉ダンジョンを、今すぐ完全封鎖しろ。……理由は後で説明する。ああ、一時的にだ。とにかく急げ」
短く指示を飛ばして通話を切ると、ダランさんはこちらへ向き直った。
「情報提供、感謝する。これが今回の情報料だ」
差し出された封筒の厚みに、私は目を疑った。
「2400万円だ」
「えっ」
「口止め料も含んでいる。それだけの価値のある情報だった、ということだ」
鏡花と紫苑が、後ろで息を呑む気配がした。口止め料込みという言葉の重みを、私は静かに受け止めて頭を下げた。
「ありがとうございます。……内容は、決して外には漏らしません」
「頼む」
それだけ言い残し、ダランさんは慌ただしく奥へと戻っていった。
封筒を鞄にしまい、私たちは次の用事へ移った。まずは魔石コーナーだ。
「各属性の魔石大を、12個ずつお願いします」
炎、水、風、土、光、闇――六つの属性それぞれで、三人分の四個ずつ。今度こそ、配信機をきちんと稼働させられる数だ。
会計をお願いして、私は思わず目を瞬かせた。
「あの、金額、桁を間違えてませんか。いつもの半額になってるんですけど」
「いえ、間違いありません」
職員さんは、にこりと笑った。
「上の方から、そのように、と」
――ダランさんだ。きっと、どこかで根回しをしてくれたのだろう。
続けてポーションの棚へ移る。今回はぎりぎり足りたけれど、もし相手がもう少し強かったらと考えると、背筋が冷えた。
「上級ポーションを1ダース、中級を3ダース、下級を12ダースください」
かなりの量になったけれど、これもまた半額だった。亜空間庫に収納してしまえば、持ち運ぶ苦労もない。
最後は、鍛冶場だ。
「エレメンティスの魔核と触媒を使って、新しい双剣と刀、それから斧を作っていただきたいんです」
受付の若い職人さんに素材を見せると、彼は目を丸くして、慌てて奥へと駆けていった。
しばらくして戻ってきたのは、見知らぬ老齢の男性だった。白髪混じりの太い腕に、鍛え抜かれた体つき。この工房の親方だと、あとから教えてもらった。
「……ほう」
親方は、私たちが並べた素材を一つずつ手に取り、無言で検分していく。それから、顔を上げて短く言った。
「三日後に来い」
それだけだった。何も聞かず、何も説明せず、親方はくるりと背を向けて、奥の工房へと戻っていく。
「根回し、ここまでされてるんだね」
紫苑が、感心したように小さく笑った。滅多に顔を出さないと聞いていた親方が、直々に出てきてくれたのも、きっとダランさんの手回しなのだろう。
用事をすべて終えて外に出ると、街の灯りがすっかり夜の色を帯びていた。
「鎌倉も封鎖されちゃったし、武器もできるまで三日あるし……今日は、ゆっくり休もうか」
「賛成。お腹空いたし、近くのレストランでご飯食べよう」
紫苑の提案に、鏡花が頷く。
「そのあとは、協会直属のホテルを取ろうか。今日は、ちゃんとしたベッドで寝たい」
テントでの野営も悪くなかったけれど、さすがに今夜ばかりは、柔らかいベッドが恋しかった。
三人で肩を並べて歩きながら、私はふと、ポケットの中の封筒の重みを思い出していた。
2400万円。五年前の私には、想像もつかなかった額だ。
けれど、その重みよりもずっと確かに、私の隣にいる二人の存在が、胸の奥を温かくしてくれていた。




