不穏な予兆
翌朝、まだ空が白み始めたばかりの時間に、私は物音で目を覚ました。
「……鏡花?」
テントの外を覗くと、鏡花がすでに調理を始めていた。
「おはよう。もうすぐできるから、待ってて」
炊きたてのご飯、焼き鮭、だし巻き卵、ほうれん草のおひたし、具だくさんの味噌汁、納豆と海苔。温かく、どこか懐かしい朝食が食卓に並んでいく。
「いただきます」
三人で手を合わせ、朝食を済ませる。体の芯から温まっていくような、優しい味だった。
食事を終えると、私たちは昨日目にした光景――異常発生したエレメントの群れへと向かった。
「とにかく、数を減らさないとね」
三人で連携しながら、ひたすらエレメントを討伐していく。紫苑のデバフ、鏡花のサポート、そして私の斬撃。この組み合わせは、もう完全に形になっていた。
お昼になる頃、昨日のカルボナーラの残りを亜空間庫から取り出す。
「……あったかい!」
「時間が経ってないからね」
出来立てそのままの温かさに、三人で顔を見合わせて笑った。満足のいく食事を終え、午後もひたすらエレメントを討伐し続ける。
気づけば、十時間が経過していた。
討伐数がおよそ百五十体に達した頃、視界の端で表示が立て続けに瞬いた。
「レベルアップ、止まらない……」
急激な成長と共に、三人同時に新たな選択肢が表示される。
――第三職業を選択してください。
「私は……魔法使い、かな」
「私は薙刀使いにしよう」
「私は陰陽師でいくよ」
それぞれが新たな職業を選択し、再び戦線へと戻る。
百八十体を討伐しても、まだエレメントの数は一向に減らなかった。
「……これ、キリがないね」
「一旦、戻ろう」
私たちは三十一層へと引き返し、三十二層前のセーフスペースで休息を取ることにした。
「夜ご飯、私が作るね」
紫苑がそう言って、食材を取り出し始める。ラグー・アッラ・ボロネーゼの仕込みは前日から済ませてあったらしく、牛ひき肉と豚ひき肉、丁寧に炒められたソフリット、赤ワインでデグラッセされた鍋の中身が、トマトと共にじっくりと煮詰められていく。
並行して、バターと薄力粉からベシャメルソースが作られていく。ダマにならないよう牛乳を少しずつ加えながら、滑らかな白いソースへと仕上がっていった。
ラザニアシート、ベシャメル、ラグー、チーズ――層を重ねて組み上げられたラザニアが、簡易オーブンでじっくりと焼き上げられる。
同時進行で、フランスパンの生地も発酵を進めていた。加水率の高い生地に、クープを入れて高温で焼き上げる。外はパリッと、中はもちもちとした食感のバゲットが三本、香ばしい匂いと共に焼き上がった。
その間、私と鏡花は武器の手入れに取り掛かっていた。双剣と斧、刃こぼれがないか一本ずつ確かめ、丁寧に研いでいく。
「今日覚えたスキル、整理しておこうか」
鏡花の提案で、私たちは各々、新しいスキルの効果を鑑定で確認し合った。第三職業で得たばかりの力は、まだどれも使いこなせていない。けれど、着実に手札は増えている。
焼き上がったラザニアとバゲットを前に、三人で遅い夜食を囲む。とろけるチーズと濃厚なラグーの味わいに、疲れた体が癒されていくようだった。
「今夜の見張り、どうする?」
「私→紫苑→鏡花の順でどう? 二時間交代で」
私の提案に、二人が頷いた。
食事を終え、各々が休息の準備を始める。焚き火の番をしながら、私は暗闇に沈む三十二層の方角を見つめた。
異常発生したエレメントの群れ。終わりの見えない討伐数。
――何かが、おかしい。
理由のない不安が、胸の奥でざわりと蠢くのを感じながら、私は静かに夜の帳が下りていく様子を見つめていた。




