中層への足がかり
十層のボスを退けた私は、来た道を引き返し、ダンジョンの入り口――ハンター協会新宿支部へと戻った。
受付カウンターの向こうで、担当の女性職員が私のギルドカードを受け取り、端末に読み込ませる。
「十層踏破、確認できました。おめでとうございます」
「ありがとうございます。それで、実は聞きたいことがあるんですけど」
私は素材の買取を済ませたあと、思い切って切り出した。
「十一層から先……中層の情報が載ってる本、売ってますか」
「ございますよ。データ書籍ですね」
差し出されたのは、薄い端末のような形をした一冊。中層――十一層から三十層までの、地形や出現モンスターの傾向がまとめられているという。
「お値段は三千円になります」
迷わず財布を取り出す。ここから先は、これまでのような迷路型の階層ではなく、広大なフィールドが続くと聞いている。事前情報がどれだけ命綱になるか、この五年でいやというほど思い知らされていた。
「あの、これってギルドカードに登録できたりします?」
「はい、中層に到達された方は登録が可能です。……ただ」
職員は少し困ったような笑みを浮かべた。
「上層の地図は、正直あまりおすすめしていないんです。毎月一日の零時に迷路が変わってしまうので、せっかく登録しても意味がなくなってしまって」
「なるほど……道理で、この前と道順が違ってた気がしたんです」
納得しながら、私は中層のデータ書籍をギルドカードに登録してもらった。これで、あの草原のどこに何がいるのか、あらかじめ頭に入れておける。
続けて向かったのは、道具屋の一角にある魔法生成品のコーナーだ。
「マジックバッグ、ください。手頃なサイズのやつ」
これまで背負っていた普通のリュックでは、そろそろ限界だった。オークの牙や毛皮を持ち帰るたび、いつも肩が悲鳴を上げていたから。
小ぶりな鞄を受け取り、中に手持ちの荷物を移し替える。見た目以上に、驚くほどたくさん収まった。
――これでようやく、装備は整った。
協会を出て、私は再びダンジョンの入り口をくぐる。十層までの見慣れた迷路を一気に駆け抜け、ボス部屋の奥にある転移陣に足を踏み入れた。
視界が白く染まり、次の瞬間には――。
どこまでも続く草原が、目の前に広がっていた。
風が頬を撫でる。迷路の圧迫感から解放されたその開放感に、思わず息を呑む。
「……広い」
データ書籍によれば、この十一層には、入り口・中央・次の階層へのゲート前の三か所にセーフスペースがあるらしい。モンスターが入り込めない、唯一安心して休める場所だ。
まずはその入り口のセーフスペースで、荷物を整理することにした。
持ってきた干し肉と硬いパンを取り出し、近くを流れる小川のほとりに腰を下ろす。水音を聞きながら頬張る簡素な食事は、それでもどこか美味しく感じられた。
「さて……」
パンを飲み込みながら、私は草原の向こうへと目を向けた。
昼はウサギやウルフ、羊、そしてゴブリンやオークの群れ。夜になれば、死者系やスネーク、コウモリの魔物たちが姿を現すという。
これまでのような一対一の迷路戦とは、勝手が違うはずだ。
それでも――と、私は残りのパンを口に押し込んで立ち上がった。
彼女にとって未知である、十一層の攻略が、今始まる。




