やっと頼ってもらえた
鍛冶場で受け取った双剣と二振りの斧をマジックバッグに収め、私は久しぶりに自宅へと戻った。
熱いシャワーを浴び、泥のように眠った翌朝――私は、二週間ぶりに制服に袖を通した。
「……行ってきます」
誰もいない玄関に向かって呟き、家を出る。通学路の景色が、やけに懐かしく感じられた。
教室の扉を開けた瞬間、視線が一斉にこちらへ集まる。
「凜、お帰り! ってか二週間とか長すぎでしょ!」
「ダンジョンで何かあったの? 怪我とかしてない?」
「今回どこまで潜ったの?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問の数々に、私は苦笑しながら片手を挙げた。
「ただいま。大丈夫、怪我はないよ。ただ……」
鞄から取り出したのは、協会で発行してもらった踏破証明書だった。
「中層、突破してきた」
教室が、一瞬静まり返る。そのあと、わっと歓声が上がった。
「嘘でしょ、中層突破って……!」
「すごいじゃん! これでうちのクラス、中層突破者が三人目だよ!」
誰かの声に、私は思わず目を瞬かせた。――三人目。つまり、私の他にも二人、同じ学年に中層を突破した人がいるということだ。それが誰なのか、なんとなく予想がついてしまって、胸の奥がくすぐったくなる。
周囲に囲まれながら、私は机に荷物を置いた。祝福の言葉を浴びているうちに、予鈴のチャイムが鳴る。
午前の授業を終え、昼休みが終わりかけた頃。次の授業の教室へ移動する廊下で、私は鏡花と紫苑を見つけた。
「鏡花、紫苑」
声をかけると、二人が揃って振り返る。
「放課後、屋上に来てくれない? ちょっと話したいことがあって」
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
――その足音の軽さに、少しだけ緊張が解ける。
放課後、屋上の扉を開けると、二人はすでに待っていた。夕暮れ前の風が、頬を撫でる。
「それで、話って?」
鏡花が、いつもより少しだけ早口で尋ねてくる。
私は、一度深呼吸をしてから口を開いた。
「私、一人で三十層まで潜ってきた。……正直、結構苦戦した。一人だと、どうしても限界があるって思い知らされた」
言葉を選びながら、続ける。
「だから……鏡花、紫苑。また一緒に、パーティーを組んでほしい」
沈黙は、一瞬だった。
「もちろん!」
「待ってた、こういう日を」
二人が、ほとんど同時に声を上げる。その勢いに、私は少し気圧されてしまった。
「やっと……やっと頼ってくれたね」
鏡花の声が、わずかに震えていた。その隣で、紫苑が嬉しそうに目を細める。
「私たちも、ずっとこの時を待ってたんだから」
屋上に差し込む夕陽が、二人の輪郭をオレンジ色に染めている。その光景を見ながら、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
――五年前、守られてばかりだった私が、ようやく誰かに頼ることを選べたのだ。
帰り道、三人で乗り込んだ電車の中。座席に並んで座りながら、私たちは他愛のない話をしていた。
「せっかくパーティー組めたし、これから下層、一緒に行こうね」
「うん。あ、そういえば私たち、もう高校行かなくてもよくなったんだよね」
鏡花の言葉に、紫苑が頷く。
「凜も卒業認定取ったんでしょ? 私たちも三十層行けば、同じ条件満たせるし」
「そうなったら、結構自由だよね。学校気にせず、好きなだけダンジョンに潜れる」
そんな会話を交わしていると、ふと車内の広告モニターに目が留まった。
流れていたのは、どこかのパーティーのダンジョン配信の告知だった。華やかな演出と共に、視聴者数やコメントの数が画面に表示されている。
「……配信、かぁ」
私がぽつりと呟くと、鏡花が興味深そうに身を乗り出した。
「凜、配信やりたいって前に言ってたよね」
「うん。スローライフのための資金、配信でも稼げたらって」
「じゃあさ」
紫苑が、いたずらっぽく笑う。
「三人揃ったことだし、始めちゃう?」
その提案に、私と鏡花は顔を見合わせた。
「……確かに、今ならちょうどいいタイミングかも」
「未成年だと顔出しは基本禁止だけど」
鏡花が、少し考えるように続ける。
「ダンジョン協会の許可を取れば、顔出しもできるはずだよ」
「じゃあ、今度協会に申請しに行こうか」
私がそう言うと、二人は揃って頷いた。
電車の窓から見える景色が、夕暮れの色からゆっくりと夜の色へと変わっていく。
――三人で、配信を始める。
その未来が、ほんの少し現実味を帯び始めていた。
思えば、その日の帰りに私は一人、職員室に立ち寄っていた。
「山田先生、踏破証明書の提出、ありがとうございました」
「いいのよ。それにしても、二週間も休むから心配したわ」
担任の山田カレン先生は、二十五歳という若さながら、かつては七十五層付近まで到達した元冒険者だと聞いている。去年結婚を機に探索を引退したらしいが、今でもその時の貫禄が時折顔を覗かせる。
「普段は四日くらいだったから、今回はさすがに驚いたわよ」
「すみません、色々ありまして……」
「ま、無事で何より」
先生は、机の上の書類を整理しながら、ふと顔を上げた。
「凜。ダンジョン関係で何か困ったことがあったら、いつでも頼っていいからね」
その言葉に、私は少し意外な気持ちになりながら頭を下げた。
「……ありがとうございます」
職員室を出て、夕焼けに染まる廊下を歩きながら、私は胸の中に小さな温かさが広がっていくのを感じていた。
頼れる人が、こんなにも近くにいたのだと、今さらながらに気づかされる。




