見えてしまった深淵
翌朝、私は三十層のボスに挑む前に、一つやっておきたいことがあった。
――双剣士を、ある程度育てておきたい。
取得したばかりの第二職は、まだレベル1。このまま三十層のボスに挑むのは、いささか心許なかった。
幸い、二十九層へ戻れば、まだ狩り切れていない群れがいくらでもいる。私は踵を返し、来た道を戻った。
オークの群れに斧と剣の両方で斬りかかる。右手の剣で牽制しつつ、左手の斧で大振りの一撃を叩き込む――最初はぎこちなかった連携も、数をこなすうちに次第に滑らかになっていった。
「……スキル、習得?」
繰り返す戦闘の中で、新しい感覚が体に馴染んでいくのを感じた。
『能動スキル【乱刀】を獲得しました』
二刀を同時に振るい、連続して斬撃を叩き込むスキルらしい。試しに使ってみると、目にも留まらぬ速さで数度の斬撃が敵を襲う。
『能動スキル【連続カウンター】を獲得しました』
こちらは、相手の攻撃を躱すたびに連続して反撃できるスキルのようだった。これまでの「カウンター」が一撃に特化していたのに対し、こちらは守りから攻めへの転換がより滑らかになる。
およそ四時間ほど、ひたすら戦闘を繰り返した。気づけば、第二職のレベルは二十近くまで伸びていた。
「……よし」
手応えを確かめ、私は改めて三十層へと足を向ける。
中心部を抜けたその先、階層の最奥に、これまでで最も巨大な影が待ち構えていた。
全長六メートルはあろうかという、鬼のような巨躯――ハイオーガ。
これまでのボスとは、明らかに威圧感が違う。振り下ろされる棍棒の一撃を、紙一重で躱す。かわし損ねれば、骨ごと砕かれかねない重さだった。
自傷ダメージと、新しく得た乱刀を織り交ぜながら、私は何度も斬撃を重ねていく。巨体は思いのほか頑強で、手数をかけてもなかなか体力が削れない。何度も膝をつきそうになりながら、継続回復の恩恵で踏みとどまる。
長い攻防の末、ついにハイオーガの巨体が崩れ落ちた。
「……今までで、一番苦戦した」
息を切らしながら、私はその場に座り込む。ドロップされた素材は、これまでで最も量が多かった。
三十層を踏破した達成感に浸りながら、私はふと、次の階層が気になった。
――少しだけ、覗いてみよう。
軽い好奇心から、私は三十一層へと続くゲートに足を踏み入れた。
その瞬間、言葉を失った。
見渡す限り、地平線まで続く広大な景色。中層とは比較にならない、おそらく百倍近い規模のフィールドが広がっている。遠くには噴煙を上げる火山、鬱蒼とした樹林、そして水平線まで続く海――これまで見たことのない、特殊な地形がいくつも視界に収まっていた。
そして、自分が立っている場所が、かなり高い山の中腹であることに気づいて、私は軽い眩暈を覚えた。
視線を落とすと、中層では単体や二体で行動していたオークやオーガが、三体から五体ほどの群れで悠然と歩いている。見たこともない、槍を携え何かの獣にまたがったゴブリンの姿もある。遠くの海岸線には、二十層のボスに匹敵するほどの巨大な蛇影が、ゆっくりと蠢いていた。
――ここは、次元が違う。
今の自分の力では、到底太刀打ちできない。そのことを、一瞬で理解してしまった。
背筋に冷たいものが走る。私は静かに踵を返し、三十層へと引き返した。
ゲートを抜け、安堵の息を吐く。視界の端に表示されたレベルを確認すると、第一職は変わらず百、第二職の双剣士は五十に達していた。
短い見学だったはずなのに、ひどく長い時間が経ったような気がした。




