双斧、一閃
朝日が差し込む頃、私は簡易のマットから体を起こした。
昨夜受け取った斧を手に取り、その重みを確かめる。ダランの言葉が、まだ耳の奥に残っていた。
――絶対に、それは貴方の役に立つでしょう。
その意味を、今日確かめることになる。
二十四層の残りを進む。開けた草原には、これまで通りゴブリンやオークの群れが姿を見せた。気配を殺して間合いを詰め、首元に短剣を突き立ててから回転で斬り落とす。もう体に染みついた動きだ。数をこなすごとに、視界の端でレベルが着実に伸びていくのが分かる。
昼を過ぎた頃、私は二十四層を抜け、二十五層へと足を踏み入れた。
空気が、変わる。
草原の中央、開けた広場のような場所に、二つの巨大な影が並んで佇んでいた。
全長三メートルはあろうかという、筋骨隆々の魔物――ハイオーク。しかも、二体。
データ書籍には、こう記されていた。ペアモンスターに慣れさせるためか、ペアとしては最弱クラスの強さ、と。だが目の前の威容は、とてもそうは思えない。
「……両方、同時に相手をしろってことですか」
剣を握る手に、力が入る。だが今日は、それだけじゃない。
左手には、ダランから受け取った斧。
二体のハイオークが、ほぼ同時にこちらへと突進してきた。地響きにも似た足音が、腹の底まで響く。
――躱す。
紙一重で右のハイオークの拳を躱し、その勢いのまま体を回転させて、左のハイオークの死角へと滑り込む。
二体の巨躯が交差する、その一瞬。
私は自分の腕に剣を滑らせた。
――ズキリ。
消費したHPと与えるダメージ、その全てが乗った一撃を、左のハイオークの脇腹に叩き込む。咆哮が上がり、巨体がわずかによろめいた。
だが油断はできない。もう一体の拳が、背後から迫っていた。
――紙一重。
体を捻って躱すと同時に、右のハイオークの膝裏に斬撃を叩き込む。膝が崩れ、巨体が大きく傾いだ。
二体のバランスが同時に崩れた、その刹那。
私は左手の斧を握り直した。
――今しかない。
地を蹴り、二体の間へと飛び込む。左右にわずかに開いたその隙間へ、体を捻じ込むようにして滑り込む。
視界の端、二つの首が、ちょうど同じ高さに並んでいた。
息を止める。
斧を大きく振りかぶり――全体重を乗せた一撃を、横薙ぎに叩き込んだ。
鈍く、重い手応え。
一瞬の静寂のあと、二つの巨体が同時に地に沈んだ。
――やった。
膝から崩れ落ちそうになるのを堪えながら、私は肩で息をする。全身にじんわりと汗が滲み、腕の傷がじくじくと痛んだ。
視界の端で、レベル表示が跳ね上がっていく。
「……84、89」
二体同時討伐というボーナスもあったのだろう。一気に十を超える伸びだった。
同時に、頭の中に無機質な声が続けざまに響く。
「常在スキル【HP回復】を獲得しました」
「常在スキル【MP回復】を獲得しました」
「能動スキル【スラッシュ】を獲得しました」
「能動スキル【カウンター】を獲得しました」
「固有スキル【追撃ダメージ】を獲得しました」
立て続けに流れる無機質な報せに、思わず息を呑む。
これまで唯一スキルと固有スキルを中心に戦ってきた私にとって、常在スキルと能動スキルの本格的な獲得は初めてのことだった。
固有スキル【鑑定】を使い、一つずつ効果を確かめていく。
『常在スキル【HP回復】――一秒ごとにHPを1000回復する』
『常在スキル【MP回復】――一秒ごとにMPを1000回復する』
『能動スキル【スラッシュ】――任意発動、通常斬撃の威力を強化する(250%)』
『能動スキル【カウンター】――相手の攻撃を躱した後に発動、威力は攻撃力と技量で決まる』
『固有スキル【追撃ダメージ】――一定条件下で追加の攻撃(100%)を発生させる』
――固定値の回復は、現時点では割合回復の継続回復や固有スキルの【HP回復】や【MP回復】の回復量を上回っていた。これが序盤は常在スキルの方が優れている理由か…。と実感した。
手札が一気に増えたという実感が確かにあった。自傷ダメージ一本槍だった五年前の自分とは、もう別人と言ってもいいかもしれない。
ドロップされた素材をマジックバッグに収めながら、私は横たわる二体のハイオークを見下ろす。
――この斧がなければ、今の一撃は決められなかった。
ダランの言葉を思い出す。死んだ彼奴らに顔向けができん――あの言葉の意味を、いつか聞ける日が来るだろうか。
斧をそっと鞘に収め、私は二十六層へと続くゲートに視線を向けた。
レベル89。中層の折り返し地点は、もうすぐそこまで来ている。




