8.ムロンの決戦5
停止した帝国騎士団の間から一人の派手な鎧を着た男が出て来る。
明かに質が良さそうな馬に見劣りしない長身を持った、見事な髭を蓄えた初老の男性だ。40~50だろうか、その髭が若干白くなってきているのわかる。鼻筋と目元が隠されるヘルムを被った彼は、他の特徴が読み取れない。
皇帝旗を掲げた帝国騎士団に守られる派手な鎧の、質の良い馬に乗る男……これで察せない程自分も愚かではない。
(あれが、巨大な領土を持つスプルース帝国の皇帝ヴェルデ・ヴァン・デ・スプルースなのか)
思わず視線を帝国皇帝の姿は確かに風格があった。
エメリヒ王にもある、人の上に立つ者が放つ空気がその姿から滲み出ている。
皆の視線が帝国皇帝に集まる中、彼は振り向き帝国騎士団の一人を呼ぶと、手に持ったポールアックスと腰に佩いた剣を預けて、我々の方にゆっくりと進み始める。
自分達が少し動揺している中、これに応えるかのようにエメリヒ王が自分に向かって振り向いた。そして腰の剣を投げるように自分に渡してくる。引き留める言葉を出す事も許さないという気迫のこもった目であったために、自分は何も言う事が出来なかった。
このベルディグリ大陸を東西に分けて支配する二つの国の二人の元首が、丸腰で戦場の真ん中に向かっている。
これは後世の歴史書に書かれるひと場面なのだという事は十分に分かる……だが、護衛をする自分としては気が気でない。帝国皇帝の動きに目を光らせながら、その奥でこちらを睨む帝国騎士団に対して、こちらも十分気迫の籠った目で睨み返さなければならないからだ。
(もし、怪しい動きを見せてみろ…一人残らず生きては返さん)
それぞれの兵士が視線で牽制をしあっている間に、エメリヒ王と帝国皇帝はお互いの丁度中間地点ほどで歩みを止めた。二人の間には馬が2頭ほどしか入る余地がない。普通の話し声でも十分聞き取れる距離だ。これまで王と皇帝がこの距離まで近づいたことがあったのだろうか。
自分達には二人の声は聞こえない。
ただ二人の身振りでエメリヒ王と皇帝が何かを話しているという事だけが伝わって来る。その会話の中身は落ち着いたもののようで、特に怒りや憤りを覚えたようなしぐさも、焦る様なものも伝わってこない。緊張感でさえだ。例えるなら…ただ街角で出会った知り合いの二人が立ち話しているような…。
二人の会話の時間は暫く続いた。
いや、正確には短かったのかも知れないが、その光景を見ている自分にとっては長い時間のように感じたのだ。そして二人の会話が終わったことが分かる。
ヴェルデ帝国皇帝が両手を両耳の辺りにゆったりとかざして、軽く会釈のようなものをする。これは”人間の誇り”教にとっての礼である。漏れなく「原初の人間である誇りと共に」という言葉が付属しているだろう。これが、人間の誇り教にとっての出会いと別れの挨拶であるとは、全く反吐が出る。
対して、エメリヒ王も頭を軽く下げながら、右手の平を右肩から左肩へとゆっくり動かし、軽く目を覆って相手に手の平を見せた。それに付属する言葉は「色彩の神々の加護があらんことを」だ。スプルース家も色に由来する名前なのだから、過去には”真実の色”教を信仰していた筈だ。
だが、ヴェルデ皇帝からは返礼は来ない。エメリヒ王も人間の誇り教の挨拶を返さない。お互い一方通行の挨拶であった。それについて双方が何か突っかかるわけでも無い……ただ、そこには互いの立場に基づいた誠意があった。
「近衛第一騎士団に頼みがある」
エメリヒ王が我々の元に帰り、自分から剣を受け取ると発した言葉は、厄介事の予感であった。
「帝国皇帝からの提案だ…前哨戦をしようと」
「はぁ…」
要領を得ない話に思わず間の抜けた声が出る。
「つまりは我々の一騎打ちの代わりに、威力偵察をしてくれと言う話だ」
「このまま、帝国騎士団と我々の騎士団が戦うということですね」
「そうだ」
なるほど面倒臭い……。これは、絶対に負けれられない前哨戦だ。
両軍の全兵士が注目する中で、互いの最精鋭たる騎士団がその中央で戦おうというのだ。一騎打ちの代わりに発展してきた威力偵察と言う名の、騎士団という規模での騎兵戦だ。これに勝った方が間違いなく戦の序盤において主導権を握ることが出来るだろうし、数に劣る我々が考えた作戦にとって有利に働くこともあるだろう。
「お任せください」
「頼む。一騎打ちをする勇気がない、臆病な王様と皇帝様の願いだ」
「何を仰いますか…帝国皇帝との対話は良い時間でございましたか?」
「……そこそこだな」
エメリヒ王は静かに笑った。
王と言う立場、皇帝と言う立場はそれはそれは孤独だろう。彼らは少しの間であるがその孤独を分かち合えたのかも知れない。
「互いが味方の陣に帰陣次第、反転せよ。それが前哨戦開始の合図だ」
「ならば、早く帰りませんといけませんね。待ち切れません」
「随分と勇ましい事を言う」
今度は大声で笑ったエメリヒ王と共に、我々は味方の陣地へとゆっくり戻り始めた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




