4.ムロンの決戦
訓練に次ぐ訓練を春の間中行い続けた王国軍が進軍を始めたのは、晩春を迎えた頃だった。
夏の気配がする日が出て来た時、北に居た帝国軍が動き始めたという報告を受けたのだ。泥濘は春の中頃まで続いていて、彼らは全く動けていなかったが、ここ最近の夏の気配によってようやく土地が安定したのだ。
「は!?10万!?10万と言ったのか!?」
目を見開いたエメリヒ王が、軍議の天幕に駆け込んで来た伝令兵に言葉を投げかけていた。
「ほぼ、間違いなく……」
「冬の報告では7万という話だっただろう!?川面バルグ候率いる海軍が完全に封鎖している!どこから3万の兵士が沸いたのだ!?!?」
「不明です……」
とにかく手段は不明だが、自分達の間に居た軍がいつの間にか我々の2倍近くまで膨れ上がってしまったのだ。帝国領内で定期的に暴れている報告を受けるヴィアネッロ侯が引き付けられなかった3万もの援軍。それは自分達にとって非常に重い意味を持っていた。
「モーラ公との合流を急がなければならん!この兵力差ではかなり厳しい戦になるぞ」
「それが……」
同じ伝令兵がエメリヒ王の言葉の後に何かを続けようとしている。
「なんだ!?まだあるのか?」
「どうも2万近くの軍が、モーラ公が籠るタリヴェンド城を囲んでいるとの事で……」
「10万の内2万か?」
「いえ……」
「…まさか別なのか?」
「はい」
エメリヒ王は深く息を吸い込んで、静かに天を仰いだ。珍しくカーマイン公も頭を抱えている。
モーラ公との連携も取れない上に、敵軍の規模は2倍に膨れ上がった。厳しい状況に誰もが顔に心の内を出さざるを得なかった。
「せめて…せめて、こちらが戦場を選ばなければ…まともに戦えないぞ」
「運も必要かもしれません」
帝国が有利な状況の今は、王国側に主導権が無い。圧倒的に有利な兵力を以って王国領内を闊歩できるのだ。そこで我々が主導権を握り戦場を選ぶというのは至難の業である。何故なら帝国は自ら王国に有利な戦場を選ばずとも、それに止められない事を知っているからだ。
王国軍が帝国の兵力を聞いて動きを止めている間に、今度は帝国軍の方が動き始めた。
「行先は?どちらの方向に向かった?」
「真っ直ぐ東へ……おそらく王都かと」
「…止めなければならない」
今現在王都を守る兵士の数は800程度で、10万の軍になど到底太刀打ちできない。帝国軍が王都の包囲に入った後に後背面に陣取り、挟み撃ちも考えられたが、王都が先に落ちてしまう事は目に見えている。
中央平原の東にある王都に至るまでの道のりは多少の起伏があれど、文字通り平原で、帝国軍止めることが出来るような地形は無い。
「事ここに至っては、正面から当たるしかない…か」
報告を受けた日、エメリヒ王は静かに心の内の声を漏らした。
諸侯の賛同を受け、王国軍6万は帝国軍を追いかけるように急ぎ行軍を始めた。
だが、予想外な事に帝国軍が止まらない。帝国軍にもエメリヒ王がこの6万の軍に居る事は知られているから、反転して攻撃を仕掛けてくるものだと思っていたのだが、一向にその気配が無かった。
「王都を急襲し、落城させることで王陛下の名声の低下を狙っているのでは?」
確かに自ら軍を率いていたにも関わらず、帝国軍を止めることが出来ず、王都を落されたとなればエメリヒ王の威信は地の底へと真っ逆さまである。
「敵のケツに噛みつくぞ!全軍急げ!!必ず止めよ!!」
兵士達の疲労を無視して更に行軍を加速させたエメリヒ王は、王都まであと10日という場所で、ようやく帝国軍の姿を捉えることが出来た。
場所は大陸中央平原王国側の内、中央と東の境目とされているムロンと呼ばれる場所だった。ここらはオロール王家直轄領で、ムロンも王国近衛第六騎士団の団長が管理している土地だ。南に5日向かうと自分の領地であるルカロンもある。つまりここはもう王都の目と鼻の先ということである。
地形は南に小川が流れ、東に小高い丘が3つある。西側には2つの少しだけ高い山があるが、それも平原の中であって目立つというだけで、実際は4~500フィート程度だ。北側は見渡す限りの完全な平原が広がり、その中央付近に領都と言うにはおこがましいほどの町と、小さなムロン城がある。ここにも30ほどの守備兵が入っているが、この戦場に影響を及ぼすものではない。
帝国軍は王国軍が背中に迫ったことを知ると反転し、東側の3つの丘を中心として布陣した。
これに相対するように自分達王国軍も西側の2つの山を中心として布陣する。間に挟んだ平原の先にお互いの姿が見える状態だ。
お互いの姿が完全に見える状態になって分かることだが、帝国軍は見ただけで我々の倍近くの兵士が居る事が分かる。王国の防衛戦争となった現在でも、これに影響を受けないほど皆が皆、戦士であるわけがない。逃亡兵こそまだ出ていなかったが、明らかに王国軍の士気が下がっている事が分かった。
「問題が多いな」
エメリヒ王が発した言葉には苦悩が詰まっていた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




