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1.帝国皇帝の親征


「リデル伯、待つのだ」


 カーマイン公は昔彼の下で働いていた時のような、人を落ち着かせる声色で、弓を掴み天幕を出ようとした自分を引き留めた。


「国王陛下の危機です!近衛騎士総団長として向かわなければ!」

「今は、その国王陛下から預けられた近衛軍兵士達の指揮官であろう。ならば、一軍の将として我々と今後の方針を考えるべきだ」


 一つの反論も許さないカーマイン公の言葉に、自分はその手に持った弓をもとの場所に戻す事しかできない。


「これまで考えた作戦は、全て白紙に戻すとしよう」

「ならば、全軍で引き返し、国王陛下の救援を!」

「それも一つだな……帝国も皇帝の親征という事だから、その首を落とすことが出来たなら、この戦いは勝利となろう」


 自分の言葉に納得するように、カーマイン公が深く頷いた。

 だが、ヴィアネッロ侯が静かに手を挙げる。


「意見をよろしいですか?」

「構わん、是非とも聞かせて欲しい」

「我々がこの場を離れたならば、正面のアイビー城に籠る3万5千の兵士が自由に動けてしまいます。我々の後背面を追いかけ、親征軍と合流したならその戦力差はさらに開くでしょうし、我々の橋頭保となっているこの地を襲う事も可能です。若しくは我々の後を追い、挟み撃ちという事も」


 諸侯は納得するように首を縦に振っていた。冷静で、正しい意見であることは間違いないが、それでは国王を見捨てることになる。自分は必死に頭の中でヴィアネッロ侯の言葉に対する答えを探していた。


「……我々王国にとって、現状の敗北条件はひとつだけだと考えます。国王陛下が帝国に敗れる事です」


 ”エメリヒ王が死ぬこと”とは不敬に当たるので言わないが、この言葉で皆に伝わることは間違いないだろう。


「正直な所を申し上げるならば、この帝国に張り出した橋頭保を敵に奪われたとしても、南方で諸国家連合の軍に敗北したとしても、大きな打撃を受けますが、まだ立て直す事が出来るでしょう。ですが、今国王陛下が帝国に敗れるような事があったならば、王国が存在し続けられるかと言われたら……」

「うむ……」


 エメリヒ王には男児が生まれていているが、まだ幼い上に、諸侯をまとめる事の出来るような絶対的な権力を持つ忠臣もいない。正確にはモーラ公やカーマイン公が取り仕切ることになるだろうが、先代の時のように東西南北の4大公が王国の支柱となっていたような状況でないので、不安定化することが目に見えているのだ。

 エメリヒ王にはオロール王国の為に、せめて王太子殿下が成人するまでは生きて貰わなければ困る。これは皆の共通の認識であった。


「今の優先順位は、とにかく国王陛下の救援か……」


 カーマイン公の言葉に反対する者は居ない。


「それでもアイビー城の敵を抑えるための何らかの策は必要でしょう」

「それも間違いない」


 ふと、頭の中に浮かんだ言葉があった。


「国王陛下と近衛軍をこちらに呼び寄せてはダメなのでしょうか?」


 全員の注目が集まる。


「国王陛下と近衛軍に加えて、新規で徴兵している軍隊の援軍を受けたなら、5万近くの軍勢になります。それを以って帝国領に深く入り込み、帝都を目指すのはどうでしょうか」

「……国内に入った帝国皇帝の親征軍は如何する?」

「モーラ公、東方公と新規で徴兵した軍で抑え込みましょう」


 そこで諸侯が一度首を捻る。


「不可能に近いな……親征軍の精鋭に徴集兵が敵うとは思えない」

「国内は荒らされるだろうが、それを市民と諸侯の感情がそれを許さないぞ。国内が荒れるどころではない…帝国が対王国でまとまり、我らの内通工作が通じなかったのに比べて、我々は決して一枚岩とは言えない」


 ヴィアネッロ侯とカーマイン公が首を振る。それに同調する諸侯も多い。誰かが裏切るかもしれないという不安を抱えていたのだ。

 この場では自分を含めたこの3人が爵位上で上3人なので、他の諸侯は誰に同意するかを示すだけだった。


「では、バルグ候率いる海軍に出張って貰いましょう。そうしたなら、親征軍はレイトリバーを渡ることが出来なくなります」

「うーむ…だが、それでも帝国皇帝の親征軍が王国領内を暴れまわるのは変わらんだろう?王都オレンジに迫られては、余計に状況が悪化するだけだ」


 この後で散々意見を出し合っても、結果行きつくところは我々が撤退するしかないというところだった。どうしても帝国皇帝の親征軍を放置しておくわけにもいかず、エメリヒ王と率いる近衛軍に王国内を危険に晒す訳にはいかない。


「やはり撤退か……」

「国境線が20年以上前のものに戻ることになります……」

「背に腹は代えられないでしょう」


 一番攻めの姿勢を表明していたヴィアネッロ侯がついに折れた。となれば、自分はいち早くエメリヒ王の元へ走りたいところなのだが……


「アイビー城に籠る帝国軍を欺く細工をしよう」


 カーマイン公が当然のことであるが最も重要な事のひとつだ。その時に我慢していたと思われたヴィアネッロ侯が口を開く。


「私に近衛軍以外の騎兵をお預けくださいませんか?ここから帝国内で1年は存分に暴れて見せましょう」

「ふむ…分かった」


 貴重な騎兵戦力を置いて行くというのに、カーマイン公の決断は早かった。元よりそのつもりだったのかのように。


はじめまして。都津(トツ) 稜太郎(リョウタロウ)と申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。

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