12.コルトン丘陵の戦い10
崩壊を始めた帝国軍は、兵士が思い思いの方向に逃げていく。
カーマイン公の丘に攻め寄せていた帝国歩兵は、後背面の崩壊に気が付く間もなく王国軍に圧し潰されていった。仮に逃げ延びる事が出来ても、谷底は王国騎兵の狩場と化していて、小集団で帝国歩兵を狩っている。
王国軍左翼側の騎兵はと言えば、まだこの追撃に参加できていなかった。ヴィアネッロ侯率いる左翼側の騎兵は優秀な帝国騎兵指揮官により、まだ動きを抑えられていたのだ。攻撃において圧倒的な巧さを誇るヴィアネッロ侯が攻撃して苦戦しているのだから、相当優秀な指揮官であることに間違いないだろう。
谷底の敵歩兵の掃討を行っている間に、帝国本陣は後退を始めていた。と言っても、後方は我々が放火して塞いでいるために、彼らから見て左翼側…つまり自分達が一度占領したが、その後の突撃で空けた丘の側から退却を始めた。
これには勿論ビスキュイ子爵が対応する。ビスキュイ子爵は丘を一気に下ると、敵の備えが薄い場所を食い破ろうとした……が、その食い破られた腹の傷は帝国軍本陣に居た帝国騎士団が簡単に塞いでしまい、思うような効果が上げられなかった。更にはビスキュイ子爵は逆に敵騎兵の追撃を受けるような形となってしまい。一度退却を余儀なくされたのだ。
この間もヴィアネッロ侯は何とか帝国軍本陣の追撃を狙っていたのだが、帝国軍右翼指揮官に上手くいなされ、受け流され、守られて、距離を開けられていた。要するに彼らは騎兵を用いて殿軍としていたのだ。王国随一の攻撃力を誇るヴィアネッロ侯を止めたのなら、本陣に対する追撃も大人しくなるだろうという見事な予想とその実行だった。
自分達は谷底に溜まった敵歩兵の掃討と、カーマイン公率いる王国歩兵との挟撃に動いていた為に、この状況を知ったのは、戦場が落ち着き始めてからだった。
「リデル伯!!」
「なんだ?どうした」
名前は知らないがビスキュイ子爵の近くにいた騎兵の一人だった。その体と馬は血に濡れていて、明らかに疲れが見える表情である。つい先ほどまで追撃を行っていたのだろう。
「申し訳ありません!!帝国軍本隊に逃げられました」
「ん?それは仕方ないだろう?全滅させられるなどとは、流石にカーマイン公も思っていない筈だ」
「それが……ほぼ損害を与えられず」
という報告を受けて確認したのが、先述の内容だった。
「すぐさまヴィアネッロ侯に加勢せよ!ヴィアネッロ侯が敵の遅延から解放されたなら、すぐさま追撃に移ることが出来る!」
「はい、我々もそれに思い至り加勢致しましたが、帝国騎兵の一部が全滅まで頑強に抵抗いたしまして」
「本隊と距離を開けられたか……」
「その通りにございます。現在ビスキュイ子爵はヴィアネッロ侯と共に追撃に移っていますが、それについての事後承諾を頂きたく、こちらに参りました」
「それは一向に構わん。全力でヴィアネッロ侯を支援せよ」
この一連の報告を受けている間、苦い表情を隠せなかったように思う。
一応勝利は手にしたように思えたが、これだと先が読めなくなってしまった。
日は沈みかけていて、現在の主たる戦場となっている谷間は既に夜の暗さを感じ始める程だった。二つの丘が燃えているお陰で、明るい松明が2つあるような状態になっているが、ここから離れてしまえばその恩恵も受けることが出来ないだろう。
それに頼りとしている火災も、我々にいつ牙を剥いて来てもおかしくないのだ。それを避けるためにはある程度の段階で敵兵の掃討を諦めて、この場から離れなければならない。確かに裏崩れを起こした帝国軍の前線はあっという間に崩壊したが、それでも一部必死に抵抗する小部隊や、逃げた先で合流して何とか生き残ろうとする者達もいるのだ。この戦場も簡単に終わるものではない。
「カーマイン公に伝令を!」
自分がこの戦場を離れる進言を預けた伝令が出発した後、カーマイン伯から戦場から離脱し、追撃に移る命令が来た。おそらく途中で入れ違ったのだろうタイミングだった。
「リデル伯にあっては、機動力を生かし、帝国軍本隊の追撃をされたしとの事」
「承知した。とカーマイン公にお伝えください」
正式に命令を受け取った我々は速やかに戦場を離脱して、ヴィアネッロ侯を追いかけた。
掃討戦であった為にそこまでの損害と疲れはないが、それまでの過程で傷を負い疲労したのは間違いなく、我々の進軍速度はいつもより著しく落ちている。
それに加えて追撃を行おうとする経路には、先の戦いで逃亡した帝国兵が潜んでいた。彼らが隠れているだけならまだいいが、自分達を追撃していると勘違いした奴らが、偶に我々の前に立ち塞がったりするものだから、少しずつ時間を取られることになるのだ。
結果としてこの追撃の為の進軍で、ヴィアネッロ侯の背中に追いつくことは出来なかった。そして追撃を行っていたヴィアネッロ侯も、殿軍を引き受けた者達の激しい抵抗を受け、ついに帝国軍本隊の背中をコルトン丘陵内で捕らえることは出来なかった。
それでもこのコルトン丘陵の戦いは、我々王国側の勝利であった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




