10.コルトン丘陵の戦い8
「ん?あれは煙…?」
隣で呟くように喋ったのはビスキュイ子爵だ。
不安から気を逸らすために戦場を見つめていた自分と違って、ビスキュイ子爵は敵陣の後ろの方にしかと注意を向けていたらしい。
その声に反応して自分でも驚くほど素早く振り返り、煙のようなものを探す……確かにある。若干黒く地面から立ち昇る煙と思しきもの。
その煙が増える事を祈りながら、自分と周りの人間はその様子を見守った。
早朝から始まった戦いは既に昼を過ぎ、夕方に差し掛かろうとしていた。その夕日と白い雲、青い空の中でひと際目立つ黒い筋がある。それは徐々に濃く、そして範囲を広げていった。
「間違いない…煙だ」
表情では努めて冷静にしていたが、心の中で何度「よくやった!!サルキ!!」と叫んだだろうか。たった一つの丘の先に行くために半日近くも費やしているが、ついに火の手を上げることが出来たに違いない。これで途中で潜伏の為に送り出したフレディも行動に移せるだろう。
まだその火の手に気付いている者は少ない。特に乱戦模様の両軍は目の前に集中している為、全く帝国側には動揺が無かった。
それでも時間が経過すると、徐々に広がった火災の煙がこちらの戦場まで届き始めた。そこでようやく帝国の動きに混乱が見える。帝国の指揮官と思しき者達が周囲の者に慌てて指示を飛ばし、色々な方向へ数騎の騎兵が走っていく。
「只今戻りました」
その様子を眺めながら、自分もいつ頃行動を起こそうかと考えていると、外套が黒く焦げたサルキとその部下たちが帰ってきた。
「良くやってくれた!無事か!?」
「多少の傷は有りますが、王国産馬に感謝です。敵の哨戒兵であったり、追手が多かったので時間がかかりました。奴らがしつこいので、戦闘と回避を繰り返していたらこんな時間に…」
「構わん!成功しているのだからな!して、全て着火出来たか?」
「はい、問題なく。近場は着火したばかりなので、燃え広がるのに時間がかかるかもしれませんが、埋設した油樽は全て火魔導士の手によって着火できています。それに周囲の草木にも延焼している筈です」
順調だ。至って順調…帝国騎兵も乱戦を解きたがっている様子が上から見える。恐らく消火活動に向かう水魔導士を護衛したいのだろう。帝国軍本陣にいる兵士だけでは足りないのだ。
戦場に黒い煙が流れ始めた事で、カーマイン公を包囲していた帝国軍歩兵達も攻める動きを止めていた。両翼の丘の上で休憩している軍団も、指示を待っているといった状況か。
もうそろそろ、帝国軍の足元にある油樽に潜伏していたフレディが着火する時間だ。彼らには戦場に黒い煙が見え始めてから動くようにと伝えてある。
徐々に視界が目を突き刺すような黒煙に覆われ始める中、自分は丘の上に埋設した油樽の場所を見つめていた。
自分が視線を向けてから大した時間は経っていない…帝国兵の足元から赤く激しく燃え盛る火炎が噴き出した。そこに居た帝国歩兵はあっという間に炎の中に消えていく。
最初は丘の一か所であった炎の柱は、ふたつみっつと順番に増えていく。よくよく目を凝らすとその傍には疾走する騎馬の小集団が見える。フレディと火魔導士とその護衛だ。
彼らが通った場所を追うように順番に噴き出す火柱は、騎馬に対応するために近寄ってきた兵士達を巻き込みながら、丘の反対側に消えていく。爆発の後に残されているのは、未だに燃え続けて黒い煙を吐き出す油樽の場所と、周囲の草に延焼を始めて出て来た白い煙だ。
「乱戦を解け」
「動きますか?」
「あぁ、これからが本番だ」
次の動きに備えて各所に指示を飛ばす。
帝国騎兵達も乱戦を解きたがっているので丁度いい。
命令が伝わり、行動に移されている状況を見ながら、自分はフレディの行方を追っていた。丘の裏側を回った彼らは、今度は敵歩兵の間となる様な丘の間を通り抜けながら、油樽に着火を続けている。もうそろそろ丘の全周が炎に囲まれそうになっている事に気が付いた帝国歩兵達が、我先に脱出を図る頃だろう。
事実、丘を自分達の側(元の陣地方面)に降って来る人影が、まばらに出始めている。こうなれば、帆脳に囲まれる恐怖が伝染し、あっという間に崩壊を始める。あとは、フレディが全周に着火するという欲をかかずに、帰って来ることができるかどうかだ。
王国の馬であれば、歩兵相手なら敵の間を掻き分けて進むことが出来るだろうが、崩壊している敵に対して、そのようなリスクある行動をとる必要は無い。
丘から必死に逃げ出す帝国歩兵はその数を増していた。カーマイン公に対して攻め寄せていた兵士達にも動揺が広がっているのが遠くからでも分かる。自分達には炎の影響がなくとも、それが迫る光景を見るだけで人は恐慌状態に陥ってしまいそうになるだろう。
あと少しで全周の着火が済むというところで、炎が噴き出すのが終わった。あまりに流れ出て来る帝国兵の数が多く、フレディも諦めたのだろう。彼らが我々の元に全力で帰還しているのが遠くから見えた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




