5.コルトン丘陵の戦い3
「両翼の罠の敷設が終わりました!」
この報告を受けるまでの時間、どれだけ焦りを顔に出さないために必死だっただろうか。
既に自分の目にヴィアネッロ侯の騎兵部隊が見えていた。帝国軍に布陣させたい丘の上に一度陣取ったヴィアネッロ侯は、自らを追いかけて来る帝国軍の動きを待っている。
ようやく作業を終えて戦闘の為の布陣を始めた王国軍だが、それに向かってヴィアネッロ侯が後退してくる。布陣場所は王国軍左翼側、我々5000の騎兵は右翼側だ。
ヴィアネッロ侯の騎兵達は見た目から分かるほど戦い抜き、疲弊していた。数自体はそこまで減ってはいないが、装備が血と土に汚れたものが多く、軍全体の雰囲気をみると少し暗いと言える。
ヴィアネッロ侯の騎兵が後退した後に丘の向こうから顔を出すのは帝国軍だ。
最初に騎兵が丘の上に顔を出すと徐々にその数は増え始め、丘の稜線を人間の影が埋めた後、丘の表面を埋め尽くすような大軍が丘の奥から押し出されるように下り始める。
「…少し多くないか?」
カールが口に出すのも分かる。
我々王国軍は本軍に中央の3つの丘、両翼のふたつの丘に騎兵が陣取り合わせて5つの丘を使う形で布陣しているのだが、帝国軍は大小の違いはあれど8つもの丘を兵士で埋め尽くさんとしている。
「5万…よりも多いか?6万まではいかなさそうだ」
「おいおい、それでも俺達の倍近いじゃねぇか」
自分もカールに向かって肩を竦める位しか出来ることが無い。ヴィアネッロ侯からの報告には兵数の話が全く無かったので頭から抜けていた。さっきの丘から下るヴィアネッロ侯麾下の軍の様子を見ていると、把握している余裕が無かったのかも知れない。
帝国軍も追撃の疲れと夕刻ということもあってか今日は戦闘を起こすつもりは無いようで、8つもの丘に布陣の準備をしている。お互いに完全に目視できる距離での眠れない野営になりそうだ。
その夜、カーマイン公の本陣にヴィアネッロ侯と自分を含む全ての諸侯が集まった。
カーマイン公はヴィアネッロ侯と自分に対して、労いの言葉を最初に口にするとすぐに本題に入る。
「帝国軍の数は?」
「見える限りでは5万4~6千程かと」
「ヴィアネッロ侯、間違いないか?」
「…恐らく」
詰問するような口調ではない。が、確かに何故報告が無いのだという責める言葉ではある。カーマイン公が言葉を返さないところを見ると、理由の説明を求めているのだろう。
「帝国軍の情報把握の為に出した騎兵は悉く狩られてしまいました…その後は次々に来る帝国軍の遅滞に努めた為に、状況を把握する余裕が無く……」
「よいよい、貴殿の貢献は我々が十分理解している」
カーマイン公の意図を汲み取るに、この件はこれで仕舞いということだろう。カーマイン公は次の話題に移っていく。
「さて、敵の動きがどうなるかだな」
「この圧倒的な数の利を生かさない手はないかと」
「向こうから仕掛けて来ると思うか?」
「兵数の有利に帝国軍兵士達が気付いていますから、消極的な指揮官と見られて士気が低下するのは避けたいでしょう」
「そうなった場合は騎兵達はどうする?」
自分とヴィアネッロ侯に話題が振られる。ここまで兵力差が付いていると思わなかったので、本来の策の目的である敵に攻撃させるという目標は何もしなくても達成されてしまいそうだ。それでもこの火計が成功したならば、敵に十分な恐怖と混乱を生み出せるだろう。
「両翼共に油樽の埋設作業が終わっています。撤退の後に適当な時機を見て作戦を決行できるかと」
「敵陣の真っ只中になるが大丈夫か?」
「罠の発動に必要なのは火魔導士のみなので、少数単位での行動となります。そこは王国の馬と我々の得意分野ですので」
カーマイン公は何度か頷いた。
こちらの言葉を疑う素振りのようなものは微塵も見せない。カーマイン公も自分の少人数での行動実績を知っているが故の信頼であろうか。自分も、その昔カーマイン公が辺境伯であった時代に、共に防衛戦を経験している身としては、カーマイン公はこの兵数でも守り勝つという事が目標になるのであれば、負けないだろうとも思える。共に同じ戦場を生き抜くという経験は非常に大きいのだ。
「では、明日は我々からは動かないようにしよう。帝国軍の動きを見る…敵が全力で仕掛けて来るのならば、リデル伯の策を使い我々が状況を有利に進めることも可能になるはずだ」
元々カーマイン公には守りに入った戦での圧倒的な巧さがある。ただ守るという点であれば王国内で辛うじて並ぶのは、カタラーニ侯くらいのものであろう。その特技が遺憾なく発揮できそうなのが今回の戦いだ。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




