12.悪天9
帝国軍陣内の抵抗は行きがけよりも激しい。
それも当然で、周囲の靄はほぼ晴れかけていて、雨は強いと言えど300フィート程度であれば十分視界が通る。帝国軍から見たら我々は堂々と自陣の中を突破する目立つ鎧を着たオロール王国軍兵士なのだ。知っている者が見たら、近衛騎士団所属というところまで分かるだろう。
ほぼ剣を振るわなかった先程とは違い、随分と戦闘をしなければならない行程だった。自分も背中の矢筒に手を回して、何度も近づいて来る槍兵を撃ち抜いていた。
「おい!あれ見ろ!」
カールが指さす先には相手の騎兵が居た…見覚えがある騎兵。
帝国軍と最初に戦ったあの時以来の鎧と旗…帝国軍の騎士団だった。彼らは自分達の姿を探していたのか、こちらの姿を見た瞬間に一直線に向かってくる。数は…20で、標準的な1個帝国騎士団の騎兵数だ。近場に居た彼らは報告を受けて、急いで騎兵のみで急行してきたといったところか。
「団長!!帝国騎士団が来ます!!!」
「下手に足を止められたら終わる!振り切るぞ!!」
ここは帝国軍の陣中で、一度速度を緩めたのなら全方位から帝国兵があっという間に殺到し、身動きが取れなくなることは目に見えている。そのような状態にならないためには、交戦しない事、我々に触れさせない事が一番大事だ。
ここはオロール王国産馬の見せ場である。
我々が使う騎馬は、重馬種と軽馬種を掛け合わせて改良され、スピードと馬格とパワーを兼ね備えたベルディグリ大陸最強の馬種だ。勿論、今相対している帝国騎士団が使用している馬種よりも速い。この種は、それはそれは非常に厳重に管理された馬で、敵地に残していくくらいなら必ず殺すようにと厳格に規定されている程だ。
帝国騎兵は必ず振り切れる。
馬に更なる加速を促すために、腹を一度ポンと蹴った。ここまでそれなりに走っている筈だが反応は非常に良い。
敵は斜め右方向からこちらに向かって来ているが、徐々にその姿は更に右へと流れ、衝突するような軌道から逸れ始めている。顔に当たる雨が痛い…腕を上げて何とか目元だけ隠したいところだが、速度に乗っている馬上で手綱から手を離す事は出来ない。
どれほどの距離を全力で敵陣を走り抜けただろうか。徐々に左翼と中央の分断が広がっているのか、行の時の距離よりも長く感じた。何度も色々な方向から襲い掛かって来ようとする帝国騎士団の騎兵を躱しながら進んだ分距離も伸びているのかも知れない。
馬も自分も息が上がり限界が近いと感じ始めた時に、ようやく前方から喊声が響き始めた。
今日だけで4回目の突破だ。全員が何も言わずとも動き方は分かっている。
「どけ!!どけぇぇ!!!」
前線に空いている隙間は大きくないが、自分達の声に驚いた帝国兵が急いで道を開けてくれた。
味方の陣中に入った瞬間に少し速度を緩め、フレディは外套を再び展開して掲げる。後ろを振り返ると、遠く前線の後方で我々の追跡を諦めた騎兵達が、歯噛みしながらこちらを眺めていた。
我々は全員肩で息をしている。それでも休憩の為に止まる事は出来ない。
雨と汗が混じり、濡れている馬の首筋を少しだけ撫でて労いながら、我々は兵士からボウデン総団長の居場所を聞き出し、本陣のある場所へと進んだ。
「ボウデン総団長、戻りました」
本陣の天幕に戻っていたボウデン総団長は、自分の姿を見るなり小走りで駆け寄って来る。
「王陛下は?」
「負傷いたしましたが、ご無事です」
「それは良かった」
「王陛下より撤退の下命を受けました。兵を退きましょう」
ボウデン総団長はその言葉を静かに飲み込み、頷く。
「分かった…王陛下は?」
「既に左翼に着けている船から撤退を」
「あぁ、それは良かった。リデル伯、君も船に乗り込め」
全身が疲労で動かなくなり始めている自分は、ここで”はい”と言いたいところだが、そうはいかないのが近衛騎士団という組織だ。撤退時の殿軍は”副”が付く役職の者が指揮を行う事になっている。
「ボウデン総団長からご乗船ください」
「私は殿を務める」
「それは、近衛騎士団総”副”団長である私の仕事です」
「前線にいる1万の兵士を指揮した事はあるか?」
「……いえ」
「そうだ、リデル伯…君は大軍の指揮の経験が無いだろう?この場面で不慣れな事をしては、味方に被害を増やすだけだ」
「ですが……」
「それに近衛軍でマジックアローを引くことが出来る者は、暫く矢を引くことが出来ないエギルとリデル伯しか居ないんだ。ここで失う訳にはいかないだろう」
「……」
「王陛下の元へ急げ。ここは私が引き受けた」
ボウデン総団長は覚悟を決めた事がその眼から伝わってきた。最早何を言おうと、彼が子の本陣から動くことは無いだろう。
「御無事の御帰還を祈っております」
静かに天幕を辞すと、ここまで一緒に来た8人の仲間と共に川岸へと向かった。
「近衛騎士団総員乗船せよ、船を出せ…撤退だ」
川岸で待機していた近衛騎士団に命令を出すと共に、本陣の方向からホルンが鳴り始める。長い音が3つに短い音が2つ…繰り返されるそのホルンの音色は退却の合図だった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




