12.悪天8
「……」
エメリヒ王は自分の進言に暫く無言であった。
「王陛下、撤…「あぁ、そうだな」」
ようやく合った目線は少し生気が戻り始めている。
「完全に崩壊する前に退却しなければなりません」
「全軍に退却の伝令を、近くの船に乗り王国領まで帰るのだ」
その言葉を聞いた伝令役の兵士達が各所に一斉に走り始めた。
この退却の言葉を聞いた瞬間にオロール王国近衛軍は完全に崩壊するだろう。その前にエメリヒ王を船に乗せて返さなければならない。
「エメリヒ王、直ぐに左翼側の船に乗船いたしましょう」
「それだけはならん、中央軍まで帰るぞ」
「…は?」
思わずだった。友人が理解できない言葉を行った時のような反応が出てしまう。エメリヒ王は何を言っているのだ?今乗らなければ間に合わなくなる可能性があるというのにも関わらず、中央軍まで帰って何をしようというのか?我々が到着するまで中央軍が持っているかも分からないのだ。
「左翼側は撤退を始めるが、今の伝令は中央軍に届かないだろう?そうなれば左翼側を片付けた帝国軍が中央軍に殺到してしまう」
「それは、伝令兵に任せて」
「お前たちは敵陣を突破してきたな?騎馬が無い我々の伝令兵がそこを突破できるか?」
いくら視界が悪いと言えども…絶対に無理だ。
「ここで騎馬を持つのは私と、今到着したお前たちだけだ。行かなければ1万を超えるの味方を置いて行くことになる」
オロール王国がレイトリバーを越えて上陸した数は2万を越えた程だろう。その内の半数以上が、エメリヒ王が今下した決断を知らないままである。
「ボウデン総団長には撤退の具申をしております」
「視界が通っていないここでは旗での伝令は出来ていない、この間にホルンは鳴ったか?」
「いえ…」
それも当然だ。もし自分達が左翼側に到達できていない状態で中央と右翼が先に撤退を進めてしまった場合、エメリヒ王は左翼に取り残されて囲まれることになる。いくら具申したと言えども撤退は出来ないだろう。実際雨のせいかも分からないが、ここに来るまでの間で撤退のホルンは鳴らなかった。
「ならば、行くぞ」
「お待ちください!それならば我々だけで参ります」
エメリヒ王の悪い癖なのだ。妾腹の子であったエメリヒ王は、幼い頃から王城の中であっても端の方で暮らし、物事は母と自分で行わなければならなかった。その後にモーラ辺境伯領へと放逐されてからも、人を公に使うことが出来ず自分で物事を進める場面が多かった。それ故か、何でも自分でやらなければ気が済まない完璧主義者なのだ。偶に本当に信頼している者に物事を任す事があるが、それが自分が良くやることになる”王の小間使い”だった。だが、この切迫した場面だ。その小間使いである自分に任せて貰い、エメリヒ王にはいち早く王国領へと帰還してもらわなければならない。
「必ず、必ず撤退命令はお伝えしますので、この場はお退き下さい」
「……」
「時間がありません」
「……分かった。必ず伝えてくれ」
確かに言葉を受けて、自分達はエメリヒ王の元を辞した。
勿論、去り際に近衛騎士達に「引き摺ってでも、お前らの命を盾にしてでも王陛下を王国領へ帰還させよ」という言葉を強い口調で言い残す。2度目の失敗は許されない事だ。
靄が少し薄くなってきたが、雨が強くなってきている。左翼側に来た時よりも視界は通っている。これは少し厳しい道のりになりそうだった。
「よし、もう一度だ。覚悟は出来ているか?」
「勿論」「そらぁな」
またかと言った風に行きがけと同じメンツが頷いている。
元々無茶を無理矢理通して来た者達だ…慣れたものだろう。
「じゃあ、行こうか」
分断された地点まで馬の歩様はゆっくりと進めていく、ここで馬の脚を使ってしまうと、敵陣を突破している間に馬がばててしまうかもしれない。そして自分達の覚悟を決める時間としても大事なのだ。
オロール王国近衛軍左翼は徐々に崩壊を始めている。撤退命令を耳に挟んだ一部の兵士達が、持ち場を放棄して川の方向に走り始めていた。組織立って行動している者達もいるが、その数も徐々に減っていくだろう。今、左翼の近衛軍は前線からではなく、後方から崩れ始めていた。
川にある船へと向かう兵士達の間を縫うように自分達は進んだ。今回はエメリヒ王を探したりではないので、真っ直ぐ進むことが出来る。よって行きがけよりもかかる時間は短い。
「さぁ、気合入れていけ!!」
「「「「おう!」」」」
徐々に靄が消え始めている雨の中に、最前線が見えて来た。彼らは味方の撤退を知らないのか、それとも知っていて踏ん張っているのかは分からない。だが、確かに維持していた。彼らをもう一度王国領で見る事を祈ろう。
我々は馬の歩様を一気に早めて、最前線に見えている少しの隙間に向かって突進を始めた。先程まで掲げていた近衛騎士団の外套は槍に巻き付けてフレディが持っている。
「どけぇ!!どけ!!!」
こちらの存在に気付いて止めようと立ち塞がった帝国兵を吹き飛ばし、帝国軍内へと突入する。いつも通りの無理矢理だった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




