7.悪天3
エメリヒ王と我々は最右翼まで到達すると、今度は最左翼側に行くために川岸を走り始めた。暫く降り続いた雨で川は徐々に濁り始めており、このまま行くと撤退も追加の援軍も期待できない状態になりそうだった。
皆一様に川の様子を見ている…考えている事は一緒であろう。今ならまだ撤退は間に合うだろうが、日暮れまでこちらの岸に居たのであれば、数日は撤退が不可能になるだろうという事だ。少しエメリヒ王の表情を伺ってみるが、雨の中で濡れる彼は既に川から視線を外していた。多くの味方を置いての撤退は全く考えていないといった様子だ。ならば、自分に言える事は無い。
我々はエメリヒ王と共に一度本陣に戻った。
雨に濡れて体温を奪われ、走り続けた体はあまりに重かった。この厳しい状況で動いたために、全身の疲労が極限に達していて動けない者が続出したのだ。
「ウラシヌ、騎士団の交代を通達してくれ。同行する騎士団全てだ」
「分かりました」
「あと……」
ここでウラシヌの鎧を掴んで口を耳に寄せる。エメリヒ王をはじめとする周りに自分の言葉を聞かれたくなかった。
「残った部隊に撤退の準備を進めるように伝えろ、味方も信用するな…船の周りの確保に2個騎士団を使え」
「……了解」
「周りに悟られないようにやるんだ。味方にも目的は教えなくていい」
何もなければそれでいい。このまま日没まで耐え切れば十分、勝てるのであれば最高であるが、そうはならない気がするのだ。確かにエメリヒ王が激励の為に動いた中央から左翼までは、士気が上がり暫く戦えるだろうが、あくまで時間の制限がある。流石に2倍の兵力を相手にするというのは、よっぽど兵の質が上回るか、奇跡でも起きないと無理だ。
今は少し雨の勢いが収まり、1000ft近くの視界があるが、中央の戦線に動きが有ったという報告は来ていなかった。つまり、マジックアローを持ったエギルは何も出来ていないか…そもそもマジックアローが効いていないかだ。
近衛軍はマジックアローで中央の戦線をこじ開けて、両翼を分断することを目標に戦っている。中央の戦線が動かなければ、我々の勝利は遠い。数日耐えることが出来ても、兵力の削り合いとなるのであればこちらの負けだ。
「よし!皆の者出るぞ!!」
近衛騎士団の交代が完了し、時間の経過に苛立ちを募らせていたエメリヒ王が号令をかける。
「ウラシヌ、万事頼んだぞ」
「はい」
本陣の不安は残るウラシヌに任せて、自分はエメリヒ王の護衛に集中しなければならない。これからエメリヒ王は左翼から中央までを激励して回るだろうが、その間に何か事が起きては敗北する以前の話になってしまう。
「王陛下を中心とした体形で動く…「伝令!!伝令!!!」
本陣に駆け込むまでの間で幾度か転んでしまったのか、どこの所属かも分からない程に泥に塗れた兵士が出発前の我々の元へと飛び込んで来た。近衛騎士達は所属が確認できないその兵士とエメリヒ王の間に素早く立ち塞がる。だが、そんな細かい事を伝令は気に留めていない。
「儀礼などは飛ばせ、なんだ?」
「右翼側が壊滅寸前です!!」
「右翼だな!?援軍を送る!どうにか耐え凌げ!!」
この報告を受けて、エメリヒ王は素早く近衛軍の指揮官たちに指示を飛ばしている。
そこに更に駆け込んでくる者が居た。こちらも泥だらけであるが、先程の伝令のように急いでいる風という訳でなく、どうにも顔色が青いように見えた。
「今度は何だ!?」
なかなか調整が上手く行かずに左翼側の激励に向かう事が出来ないエメリヒ王は、少し苛立ちを露わにしていた。右翼に援軍を送る調整をしている間にも、左翼から届く報告は悪化の一途を辿っていたのだ。
「エギル殿が軍医の下に運び込まれました……」
この報告にエメリヒ王は天を仰いだ。その顔に降りしきる雨が当たり、水滴を飛ばしている。
自分も顔を下に向けざるを得ない。全く戦況が好転していないにもかかわらず、マジックアローを持ったエギルが倒れてしまったのだ。口から「何故だ!?」という出てきそうになる。前線に近い場所にいるが、一歩後ろではないか!?それに近衛騎士から10人の護衛も付けていた。彼らは何をやっていたのだ。
「……王陛下、私が参ります」
前線が各所で崩壊しているのだ。せめて中央を止めなければ我々は打つ手が無くなる上に、逃げ道も無くなる。だが、自分の提案に決断の早いエメリヒ王は珍しく悩んでいた。
「……待て、おい!今の伝令!何があったか分かるか!?彼を護衛していた近衛騎士は?」
伝令は静かに首を横に振っている。
「分かりません。近衛騎士も軍医の天幕には運び込まれておらず…」
エメリヒ王は更に思考しているようだった。
「間に合わなくなる前に向かいます」
我々の唯一の救いは続々と後方からまだ元気な近衛軍が送り込まれてくる事だ。それを前線に出せる時間を稼ぐことが出来たならば、夜まで乗り切ることが出来るだろう。それにこの豪雨だ…夜が来るのも早いはず。
「……待て!もう少し状況が分かるまで待つのだ。そこの者、軍医の天幕へ向かい事情を聴いて参れ」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




