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5.悪天


 川岸から漕ぎだした船は、敵陣の間の前に広がる河原に向かって進み始める。

 海のような揺れは無く、船首が切り裂く水の音が聞こえるのみだ。若干川下側に流されながら進む近衛軍の先遣隊はボウデン総団長麾下の1万だった。その後ろにエメリヒ王率いる1万2000が続き、最後にエドガー率いる8000の近衛軍が渡る。


 徐々に近づく対岸に、近衛軍全体が緊張した空気を出し始めた。特に先遣隊の着岸を遠くから見届けた時など、それはそれは静かなもので、川の水が船を叩く音しか聞こえない。


「うおぉぉぉ!!」


 喊声を上げながら上陸する先遣隊の声が、まだ川の半ばにも達していない自分達の元まで届いている。対するスプルース帝国の軍は静かなもので、それはそれは不気味に感じた。


 徐々に川岸に蠢く黒い人影が増え始めた。味方の兵士が乗ってきた川船が引き返して来て、自分達の後ろの味方を迎えに向かっている。近衛軍は準備期間の数年間で大量の船を集めているが、それでも一度で3つの軍の3万もの人間を対岸に運ぶほどは元々ない上に、作れていない。川岸に溜まる近衛軍はまだまだ少ない味方の数に対する不安と、自らが乗る船が無い不安を隠そうと、必死に大きな歓声を出し続けていた。


 ここで少し予想外の事が起きた。


「なんか、少し雲が出て来てません?」


 フレディが嫌そうな顔でこちらに話しかけて来る。

 この時期は確かに雨が降るが、この中央平原付近はそんなに急激に天気が変わる事は無い。渡河の為にも、帝国軍指揮官を狙撃するマジックアローを効果的に使う為にも、視界が悪い状況は避けたかった。その為に、晴れが暫く続きそうな日を選んで渡河したと言っても良い。


「確かに少し出て来ているな」

「ここらは雲がたまに出るんですよ、これくらい良くあります」

「ヨスが言うならそうか…?」

「えぇ、ここから走って3日位の所で生まれ育ちましたからね」

「なら、大丈夫か……」


 少しだけ安心を覚えながら、空を観察しつづける。上空には厚い雲が多くなり始めていた。これが王都付近であれば徐々に空が暗くなり、雨が降り始めそうな様子だった。



「上陸だぞぉぉぉ!!」


 空を観察している自分に、船首から近衛騎士の誰かが叫んでいる声が聞こえる。いつの間にか対岸は目の前まで迫っていた。状況を見て自分もエメリヒ王の元へ走る。


「陛下、間もなくです」

「うむ」

「我々が先に降りますので」

「分かった」


 エメリヒ王が居る船室を出た直後に、船底と川底が擦れる音と共に船体が揺れ始めた。そして、少しだけ傾いて急に止まった船に体を持っていかれながら、近衛第一騎士団の団長として何とか踏ん張った。


「お前ら行くぞぉ!!降りろぉぉ!!」

「「「「おぉぉぉ!!!!」」」」


 近衛騎士達が勢い込んで船を降りる度に水飛沫が上がり、それに濡れながらも急いで陸地へと向かって行く。その中で自分とカールのみが船の側に残り、エメリヒ王の下船を待った。エメリヒ王は軽快に船から飛び降りるとマントが宙を舞い、ゆっくりと水へと落着する。


「さぁ、やろうか」


 エメリヒ王は少し微笑んだ。


 我々が帝国側の河岸へと到着したのは、近衛軍の半数以上が上陸した時だった。既に1万6千以上がいる海岸は人が溢れ返り、先遣隊が持ち込んだ柵が設営され始めている。続いて土魔導士がそれに沿って土塁と堀を作り始めているが、まだまだ未完成で万全の陣地とは言えなかった。


 エメリヒ王がたった今設営された本陣の天幕に入った時、少しづつ空が暗くなってきた。どこからともなく湧いた雲が、太陽を遮り始めたのだ。ここから急転直下に天候が悪化し始める。

 大して時間が経たないうちに空から雷鳴が鳴り響くと、雨が天幕を叩く音が聞こえ始める。その勢いは徐々に強くなっていく。


「不味いな」


 エメリヒ王に報告の為に訪れた、マジックアローを扱うもう一人の15覚醒の風魔導士、エギルが呟いている。確かに天幕が捲り上げられた入り口から見える外は視界の悪化が顕著で、太陽も分厚い雲に隠れた事によって昼にも関わらず薄暗い印象を受けた。


「エギル」

「はい、師よ」

「師はやめろ……まぁいい。マジックアローを10本持ち出す事を許可する。前線に向かえ」

「…来ますか?」

「あぁ、来る」


 この降り始めた雨の中、既に味方の上陸した人数は2万に近いだろう。4万の軍勢を持つ帝国軍にとって川岸に自軍の半数程度しかいない上に、王国軍に十分な打撃を与えられる兵数。王国軍の備えも急ぎ整えられているが、まだ中途半端と言って良い。そしてこの視程の悪化は奇襲をするのに十分な効果を産む。誰の目から見ても、今が一番危うい事が分かるだろう。

 エギルを前線の支援に送り出す判断は自分に一任されている…ならばその機会は今だ。


「行って参ります」

「敵指揮官を効率良く狙え、指揮系統を混乱させたなら味方が楽になる」

「承知しました」


 外套のフードを被り、エギルが雨の中へと飛び出していった。

 エメリヒ王もそれを目で見送っている。その後に僅かな時間エメリヒ王と視線を交わす…お互いに言わんとしている事は分かっている。


 自分はエメリヒ王をどう奇襲から守るかを考え始めた。


はじめまして。都津(トツ) 稜太郎(リョウタロウ)と申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。

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