1.スプルース帝国
オロール王国とスプルース帝国の睨み合いは3年の期間続いた。
各地の戦乱は息を潜めて短い平和な時間を謳歌している。兵士を育て、食料を貯め込み、金を集める為の平和な時間。貴族はそのために奔走し、農民は静かに時を過ごしていた。
少しスプルース帝国の話をしておこうと思う。
スプルース帝国は旧王国の軍指揮官、スプルース将軍とも呼ばれた男が始まりである。旧王国譜代の臣であり、国王から絶大な信頼を得ていたスプルース家は旧王国の勃興から、終盤まで各地の戦場で活躍し、切り取った領土をスプルース家のものとすることを許されていた。結果としてベルディグリ大陸の北西にある河川のほとりを本拠として、広大な領土を領有することになる。
スプルース家にとっての転機は旧王国の崩壊だ。
彼らは時を経て、遠くに存在する旧王国に対する忠誠心が薄れており、これを機に自らの婚姻関係などで影響力を持っていた西北部諸侯と共に独立を宣言した。
この団結を以って更なる勢力拡大を狙っていたスプルース家だが、問題が発生する。この西北部諸侯は選帝侯として、スプルース家を盟主・皇帝として選んでいたが、各選帝侯の権力は大きく、統一した方針を打ち出すのに苦労していた。
この状況の克服を狙ってスプルース家が行ったのが、当時新興宗教であった”人類の誇り教”との協調である。ベルディグリ大陸西北部は元来、獣人が多く住まう土地であり、人間の力が他の地域に比べて弱かった。この環境の中でスプルース家は、人間が至高であり、その結束を謳う人類の誇り教と強く結びつく事で人間の結束を図り……それが上手く行った。
人間というのはそれが悪だろうとなかろうと、共通の敵が出来ると団結するものだ。
スプルース家はこの流れから各選帝侯の領地に布教を求めると共に、信者の増加から求心力を高めていった。信者の増加はスプルース家の力の増強につながり、選帝侯は次第に力を失いスプルース家に吸収されていくことになる。
人類の誇り教と共に成長を続けたスプルース家は、既に大陸西側への影響力を失い弱体化していた旧王国を完全に滅ぼした後、領地の拡大と共に完全に中央集権体制を確立すると、西部連合帝国からスプルース帝国を名乗りを変えた。
ここまでがスプルース帝国の成立について…
スプルース帝国とオロール王国の争いが始まったのは領地が接した時からだった。たった3マイル程の隣接であったが、その間を隔てる川の小島の領有権を、隣接した貴族同士が争い始めたのが発端である。当初は島の支配権が10日毎に代わる様な有様であったが、両国が支配の拡大に次ぐ拡大を続ける事で、2国の小競り合いは次第に範囲と規模を大きくしながら何年も続いた。その中には自分がカーマイン辺境伯領で経験した戦争も含まれる。
そして現在…
オロール王国の拡張を見て彼らもベルディグリ大陸の西側半分の制圧を狙い…そしてついに全ての敵を下したのだ。
その中には獣人国家のモルドレがあり、人類の誇り教を国教とする帝国に吸収された獣人達の末路は言うまでもない。我が国は帝国領からレイトリバーを必死に渡る獣人達を保護し、王国民と難民の平等を謳いながら、それを対帝国戦の戦力として計算していた。自らの故郷に戻りたいという気持ちを利用し、勿論彼らもそれは分かっている。
睨み合いの3年目の秋の季節が過ぎた時に発せられた、オロール王国とスプルース帝国の戦争の発端は分かりやすく、簡単なものだった。最早、誰も2国が戦争を始める理由など気にしていない。
”諸国家連合からの支援要請に応え、レイトリバー東岸の領地をオロール王国から奪い返す”
オロール王国が諸国家連合から奪い取った土地を、スプルース帝国が奪い返すという正義の戦争宣言。
これに賛同するのは諸国家連合と同じく我々に領土を奪われた南のムタルド教国である。その数は3国合わせて16万に及ぶ……ベルディグリ大陸西側と南の不毛地帯の全戦力を動員した形だ。
元々スプルース帝国は広大な土地の割に耕作可能地帯が少なく、兵力が少なかったが、大陸西側の統一に伴って単体で王国を上回る13万の兵を出し、諸国家連合は市民兵も徴兵し1万、ムタルド教国も戦力を搔き集めて2万を出して来た。16万の内、帝国の海軍戦力が5000といったところだ。彼らは交易先がないことから、内海と沿岸を警備する申し訳程度の海軍しか持っていない。
この声高な宣戦布告と動員に、勿論我々王国も反応した。エメリヒ王は素早く王国全土に徴兵令と集結の命令を出すと、国庫を開き、金と大量の食糧を放出し始めた。次の戦争や起こるかも知れない飢饉など全く考えない全力だった。その甲斐あってか兵力12万が集結する。こちらの海軍戦力は12万の内、1万となる。その戦力はヴァトーと旧モーヴ協商国の海軍を合わせたもので、帝国に比べると非常に練度が高い海軍である。
多少の小競り合いは各地であったが、お互いこの規模の動員をする為に半年を使った。
既に初春である。
オロール王国12万にスプルース帝国16万、完全に戦力が出揃う。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




