6.マイゼーナ城塞攻略戦3
自分が率いる近衛第一騎士団の中でも、魔獣というものに危機感を持っているのは3分の2程度の人数であった。他の者達は遭遇した事は無い上に、幼い頃に枕元で母親から聞いた程度で、おとぎ話の中の話なのだ。
それを信じて危機感を持つ者も勿論いたが、カーマイン辺境伯領で過ごした自分達のように、北方樹海や海で沢山の魔獣と会って来た経験がある訳ではない。
「それにしても、鹿の魔獣なんているのか?」
「団長の方が詳しいんじゃないですか?」
先頭を交代し、隊列中央に下がると副団長の一人であるウラシヌと言葉を交わす。ウラシヌは索敵が自分とサルキに比べて得意ではない為に、中央で周囲からの情報と報告を吸収する役割だ。
「いや、それはそうだが…メイズ大公国周辺の情報なんて俺は知らないんだよ。まだ、元々モーラ大公の元で騎士やってたウラシヌの方が詳しいんじゃないかと思ってな。地理的にも近いだろ?」
「確かに王都よりは近いかもですが、国を跨いだら分かりませんよ」
メイズ大公国はオロール王国と建国以来、仲が良かった時期が無い。よってお互いの領地を行き来しての交易商や旅人は全くいなかった。それは常に国境が封鎖されていたからだが、そもそも論としてわざわざ足場の悪い山道ばかりのメイズ大公国を通る商人が少なかった。平地や海・水路を利用する方が多い。
これはつまりお互いの密偵の侵入難易度にも直結する。メイズ大公国に入り込むにも、メイズ大公国が我々に送り込むにも、一度旧モーヴ協商国やスマルト共和国側に当たる南東側にぐるりと回りこまなければならなかった。そうしてオロール王国が苦労し、密偵をメイズ大公国に送り込んでも、その目的は密偵の本来の目的である、メイズ大公国内の経済や政治情勢を把握する事だったり、軍の状態の把握に、食糧事情、繋がっている道を把握することが主な仕事となる。整備されていない森に入ることは密偵を疑われることになるからする必要のない行動であり、周辺に住む魔獣の把握など二の次もいいところだ。よって、我々にはメイズ大公国周辺に生息する獣や魔獣の情報が全くなかった。
「うーん…」
「そんなに気になりますか?」
ウラシヌは魔獣を軽く見ている側の人間のようだった。
彼は旧モーラ辺境伯領の最南西部を領有していた男爵家の三男らしいが、貴族出身ならば魔獣退治などはその責務であり積極的に行っているはず。もしかしたらその領地は魔獣があまり出なかったのかも知れない。むしろモーヴ協商国と隣接していたから、国防の方に意識を割いていたのか。
「その魔獣が人間に興味ない奴だったら良いんだがな、それか攻撃性の無い奴。そうしたら被害が少ないか出ずに済む」
昔、カーマイン辺境伯領時代に出会った、北方樹海の白い”樹海熊”のような奴だったら最悪だ。樹海熊のような凶暴さを持つ奴に出会ったら、近衛騎士団が半壊どころか全滅もあり得る。マジックアローは手元にあるので倒す事は出来るだろうが、よっぽど森の中じゃない限りかなり目立つので、偵察は中止になるだろうし、マイゼーナ城塞から追手も放たれるだろう。
「では、色彩の神々に祈りましょう」
「そうするか」
自分は敬虔な”真実の色”教徒ではないが、今回ばかりは首元に巻いた白色のストールを使って祈らざるを得なかった。
自分の不安を余所に行程自体は順調に進んだ。
森に入って1日を過ぎたところで、傾斜がきつくなり山越えに備えて3日目を終えた。翌日からは傾斜の緩い場所を辿り、登山となる。無論道がある訳がないので、動物の通った獣道や小川沿いを通り山を登り続けた。救いとしてはこの間に大きな鹿の糞を見ていないし、敵が我々の動向を監視している気配もしない事だった。魔獣の行動範囲から外れたのならばそれは良いし、敵の監視が無いのであれば我々も動きやすい。
近衛騎士達が息を切らしながら登り切った山頂は既に秋のような肌寒さであった。少し幅の広い稜線に並んで座った近衛騎士達は目の前に広がる光景を見て顔を顰めた。
「いや~、こいつは大変だぞ」
サルキがボソリと漏らす…自分も全く以って同感であった。
目の前には今まで来た道と同じく樹林が広がっていて、その奥にもう一つ二つと高い山地が連なっていた。これからこの山を越えながら徐々にマイゼーナ城塞へ近づき、攻略可能な弱点が無いかや敵兵の配置を見て回らなければならない。それも魔獣が居る可能性に配慮しながら。
森の歩き方に慣れていない近衛騎士達は、完全に疲れていて十分な休憩が必要そうで、今日は山を下ったところで限界を迎えそうだ。ここから行程が徐々に遅れていくかもしれないという事を念頭に置く必要がある。
「さぁ、お前たち少し休憩したら動き出すぞ。日が暮れるまでに山を下りて、野営の準備をしなけりゃならん」
カーマイン辺境伯領時代からの付き合いの者達は慣れたものだし、獣人達も余裕がありそうだが、自分の声に頷き返すのが精一杯の近衛騎士たちがいる。彼らも精鋭であるはずだが慣れない行動は疲れるものだ。それもこの長い偵察で慣れてくれたらいい。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




