6.ヴァトーへ5
「私が旧モーラ辺境伯領にいた時に、何度か彼らとは親交を持っていてね」
エメリヒ王は外に出て海辺の散策をしながら自分に話し始めた。ボウデン総団長はそのころからの知り合いであるから知っているだろう。
「それでも、簡単な問題ではありませんね。彼らにとっては祖先の代から守り抜いた土地と国ですから」
「あぁ、分かっている」
「何か起きても、陛下は我々が無事に王国まで護ります」
「私は起きないと思っているがな…自らの足で来た今までの支援国家の王を害するとは思えない。それに彼らも首長だから、この場で私を斃せばどうなるかもわかっている。私がヴァトーの首長であったならどう怒りを買わず、のらりくらりと躱して帰国してもらうか考えるな。だからこそ最低でも、先程約束した兵士は必ず出してくれるだろう」
エメリヒ王の楽観的であるが現実的な話の最中、話しているエメリヒ王本人の目は厳しい視線を集会場に注いでいた。長いこと側にいるからこそわかる…エメリヒ王はヴァトーが臣従を断った場合の事を考えている。
断ったのならばいつ攻めるか、内部の裏切り者の手引きはどうするか、その時期はどうするのか。実際にヴァトーの土地を踏み、見た事で考えをまとめている。
「……うむ」
考えが落ち着いたのか集会場から視線を外したエメリヒ王は、用意された別の建物に入って行く。
話し合いは翌日になっても終わらなかった。
エメリヒ王と共に建物の中で待機できている我々はまだ良い。近衛騎士団を集落の外側に野営させているが、厳しいヴァトー冬時期は随分堪えるものだ。いち早く結果を受け取るか、一度湖畔に築いた野営地に帰りたいところだ。
「お待たせいたしました」
バルグ首長の使いが我々の元に訪れたのは、最初に我々が提案をしてから3日後のことだった。
悟らせずに脱出の手筈を整えるよう、近衛騎士団に命令すると共にエメリヒ王と集会場へと向かう。そこには、激しい議論を終えた為か疲れた表情の首長5人が揃っていた。
「では、話し合いの結果を聞かせて頂いても?」
エメリヒ王は社交辞令を抜かして本題から入る。
「その前に最後の確認を」
「どうぞ」
「臣従した後にヴァトーに残る民に対して、今まで通り食糧の支援はあるのだろうか?」
「状況によるが…例えば今の人口のままで食糧支援がなくなった場合に、どれくらいの人口であれば生活することが出来るのか?」
「……約半数だ」
約半数という言葉にエメリヒ王が静かに斜め下を向いて考え始める。
ヴァトーはここ数十年間、王国の支援により食料に困る事が無くなったために、人口が徐々にだが確実に増えていた。もはや王国の支援なくして彼らは生活することも出来ないのだ。
(もしやこれはオロール王国が長期に渡って実施してきた侵略なのでは?)
この考えに至った瞬間に少し背筋が伸びた。
先代の獅子王は侵略というものに関して天才だったというのは周知の事実で、これは力攻めに労力のかかる上に戻って来るものも少ないヴァトーを、内部から破裂させるために数十年に渡って行われてきた侵略なのだ。
「もし我々の臣下に入るのであれば、オロール王国民と扱いは同じだ。食糧支援は飢饉以外で行わない」
「……」
彼らはエメリヒ王の次の言葉を待つように沈黙したままだった。
「だがモーヴ協商国の侵略の後、ヴァトーの南方にあたるジェルソ辺境伯領の領地までを渡す。それに加えてモーヴ協商国の東部の統治を任せようかと思っている」
より詳細な条件、要するにヴァトーの首長たちがベルディグリ大陸の東側海岸の支配者となる事を、エメリヒ王は正式に認めていると言って良い。”首長”と呼び合っている彼らが、その大領地を経営できるのかと言われたら分からない。だが、自分でもオロール王国の厳密に制度化された統治制度に則る事で、手伝われながらある程度自らの領地を経営できているのだ。モーヴ協商国の官吏や貴族に仕えた者達を利用したならば、ヴァトーの首長たちでも可能であろう。
「これで飢える事はなかろう?」
「……今年の食糧支援はどうなるのでしょうか?」
「既にジェルソ辺境伯領に集積している。私が一声かけたなら馬車が列をなそう」
「……」
この3日間の話し合いで、首長たちは自らの胃袋をオロール王国に握られている事に気づいたのだろう。会話の間と長い沈黙から彼らの後悔が聞こえて来るようだった。
「……我々はオロール王国に臣従いたします」
「5人の首長は”我に”忠誠を誓うか?」
「ヴァトーの全ての首長はエメリヒ王陛下に忠誠を誓います」
「では、我の足元へ」
武器をその場に置き、首長たちがエメリヒ王の足元に両膝を折る。
エメリヒ王は彼らに視線を合わせるために片膝になると静かに言った。
「この時を以ってヴァトーの民は王国の民だ。共に歩もう」
王城の大ホールでもないオロール王国基準で言うのであれば、掘っ立て小屋とも言えるヴァトーの集会場にて、王国の正式な式典でもない、王国の正式な文言でもない言葉を用いられて行われた臣従の儀。
あれだけ威勢の良かった首長たちが静かに頭を垂れるのは、悔しさからか、悲しさからか……
これが長いこと大陸東岸で猛威を振るった海賊たちの国”ヴァトー”の最後だった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




