2.出発
王都へ出発までの2日間の忙しさったらなかった。
カーマイン辺境伯……今はカーマイン侯だが、いつも連れていた彼の配下をそのまま譲り受けた自分は、古い付き合いの彼らにそれなりの立場と責任を与えた。
副官として、近衛となってからは副団長として自分を支えて来たエドガーを、城代(城主代理)として任命している。王家の直轄領を預かっているという建前はあり、近衛騎士はそもそも”王の城代”なのだが、実際の運営は自分達で行う。もちろん領地経営など経験したことも無く、知識も無いので、ルーシーと手慣れている義実家のマクナイト家の者達が主に行っていた。
近衛騎士団長として王都に居る事が大半の自分は、短い滞在の間で彼らが提案する領地のあれこれを承認する役割と共に、指示を出さなければならなかった。
「…わかった。もう、そうだな…それは任せるよ!」
あと1刻もせずに出発だというのに子供たちや妻との別れの時間もなく、むさ苦しい髭面のおじさんとむさ苦しい髭面じゃないおじさんに挟まれて、領地の事を喋っているのだ。それが毎日続くと嫌にもなる。勿論、領地の事を真剣に考えているが、それとこれとは話が別だ。
任せる事も自分の仕事だと割り切って「エドガー!こっちに来てくれ!」と、遠い所で一緒に戻るカールやフレディと話していたエドガーを呼ばわった。
「如何されました?」
「これを読んでくれ、読んだら暖炉に」
王都からの手紙を手渡すと、エドガーは割れた封蝋を丁寧に開けて内容を一読すると眉間にシワを寄せた。
「始まりますか」
「そのようだ。城代としてエドガーにこれを任せる……然るべき時と場所に兵士を頼む」
「承知しました」
「アントンを置いて行く。ホワイト領の兵士達の指揮官はエドガー、副官はアントンだ」
「はっ!」
王の直轄領の兵士達は戦争となった時に王軍として戦う。彼らの指揮官は王であるが、そのうち各地の兵士をまとめるのは王の警備をしている近衛騎士の副官たちだ。
内乱になる前であればこの兵士達をまとめて指揮する役割は西方大公とその配下の貴族であったが、今回にあっては、彼らはもう既にいないのでどうなるか分からない。
「では、また近いうちに会おう」
敬礼をして去るエドガーの背を見送った後で、やっと家族の時間だ。
メイドに連れられてルーシーの前に飛びついて来たラフナ―と、腕に抱かれているクレアを受け取り、両腕に子供たちを抱えるように持ち上げた。
「いい子にしてるんだぞ?お母さんの言う事を良く聞きなさい」
ラフナ―は「わかった!」と元気に頷くが、まだ言葉が分からないクレアは自分の顔を見つめるばかりだ。二人の額にキスをして、ほんの少しだけ力を込めて、大事に大事に抱きしめる。
二つの小さい心臓が動いている音が自分の体に響いて来る。この子たちを守るのが、今の自分の仕事だ。子供たちの存在を感じる度に、必ず生きて帰らなければならないという気持ちが心の底から、とめどなく溢れだしてくる。
二人の存在をしっかりと確かめたところで、惜しみながらもメイドに子供を預け直し、ルーシーに向き合った。
3日前の夜に、ルーシーに事を伝えてから彼女の表情は晴れない。
それは、いざ領地であるルカロンを出発しようとしている時でも変わらなかった。恐らく彼女は精一杯、普段と変わらない表情を作っているつもりであろうが、共に過ごす時間を経た事でそれが作りものだという事が分かる。
「心配するな」
「してないわ?」
「そこはして欲しい所だけど」
「私は昔、どんな人が好きって言った?」
女性のこういった質問を外す事は許されない…が、これに関しては覚えている。
「やるべきことをやる人だったよね」
「そう。じゃあ今あなたがやるべきことは?」
「……王を守ること、国を守ること、全てに勝つこと、帰ること」
ひとりの騎士、兵士として生きていた昔とは違ってやるべきことが随分と増えた。だが、それが立場というものだろう。この立場が自分の肩にのしかかる重みである事もあれば、立場が自分の人生を底上げしてくれている所もある。
今のところは人生を良くしているとも言えるだろう。美しい妻とかわいらしい子供たちい囲まれることが出来ているのだ。これを手放す事は考えられない。であれば、立場による責任も、やるべきことも全て受け入れよう。
「私と子供たちにとっては、ここに生きて帰ることだけよ」
「そうだな…分かってる。必ず帰るから家の事は頼んだ」
出発の時間を示すルカロン唯一の鐘が鳴り響く。
更に不安な顔をしているルーシーの唇にキスをして、「行って来る」と静かに言い残す。彼女は目に涙を貯めながら頷いた。
「カァーール!出発だ!!」
「あいよ!!お前ら進め、出発だ!」
カーマイン辺境伯領の時代からの部下たちは共にルカロンに移り住んでいた。彼らも家族との別れを惜しんでいるが予定は変えられない。何より自分もこれ以上この場に居てしまったら、足に根が生えてしまいそうだ。
集団で進み始めた騎士達に手を振る家族に応えて、馬上から家族に手を振る。
自分もルーシーとラフナ―、クレアに一度手を振り、それ以上は振り返らなかった。たった今から自分が向き合うべきは王国と、部下たちだけなのだ。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




