9.ミデュテラトの戦い
そう、余計な事を口に出せばこうなる事を、エメリヒ王は重々承知していた。
元々武闘派に近い、戦場に身を置く王なのだからジンクスも知っている筈なのに、たまたま口に出してしまったのだ。
我々はスマルト共和国首都のミデュテラトの南半日の地点に上陸した。
南へ向かって来たヴァストリバーが西へと流れを変える湖……ミデュテラト湖と呼ばれる広い湖に夜中に到着した我々は到着したその瞬間から上陸に向けた準備を始めた。
ヴァストリバーを更に遡りミデュテラトの隣に降り立てば一番近いのだが、このミデュテラト湖より北は流れが更に早くなる上に、西風の力を十分受ける事が出来ない北北西向きに川が来ているのだ。流れが速くなる上に向かい風となれば、船で近づくことが出来るのはここまでだ。
最初に降りたのは近衛軍の部隊だった。
近衛軍と言っても急速に編成された部隊で練度はそこらの徴兵された兵士達と変わらない。それでもある程度形になる動きをしてくれるのは、帝国と長い期間に渡って戦争をしてきた分、場慣れをしているからだ。
歩兵主体の近衛軍が全て船から下りた事で次に近衛騎士団の順番となる。
近衛騎士団は近衛軍の3分の1の人数しかいないが、持ち込んだ乗騎を小舟に乗せてるのに手間取ってそれなりの時間がかかってしまう。
「これだけ集まると流石に明るいな」
最後に降りるエメリヒ王は湖岸に集まる王国近衛軍が点けている松明を見て言った。
湖岸で他に明るいものは無い。付近に民家が有るのは間違いないのだが、我々が到着したのは夜中で、どこにも灯りが無かった。そのなかで2000の兵士達が持つ松明の明かりは、王都の夜よりも明るいかもしれない。
「今頃、急報が走っている頃でしょう。急ぎましょう」
我々はミデュテラト湖岸で悠長に日の出まで待機しているつもりはなかった。このまま首都へと進軍し、夜明けと共に攻城戦を始める算段だったのだ。前日まで影も形も無かった軍隊が、いきなり目の前に出現したとなれば上層部はともかく、そこに住む市民には間違いなく混乱を与えられる。
「その為の煌々と輝く松明だからな」
順調に整列を終えた我々は進軍を始めた。ここまでは初めての行動にしては上出来だろう。
逃走兵もいない……勿論この敵地の真ん中で逃亡したとしても、見つけられて殺されるか、運良く生き残っても盗賊になる程度の選択肢しかないのだ。それに一応近衛軍という肩書と、この戦争で勝利を収めた暁には、常備軍として食い扶持に困らなくなるのだから、彼らとしても規律を守り戦う理由はある。
今回は長期戦を想定していない。
糧食は個人が携行できる3日分に船に残した僅かな食料しかなく、もはや片道の旅と言っても良いほどの持ち物しかなかった。もし負けた場合は……?その時は乗騎を持ち込んでいる近衛騎士団のみで、王を守りながら全力で国境まで駆けて味方と合流する。
無謀な作戦だと思うだろうが、それは相手も思っている事で、向こうには今頃親征という話も伝わっているのだ。攻め寄せた軍のどこにもない王旗がいきなり首都の眼前で翻るとは思うまい。
「目印は村だったな?」
エメリヒ王が揺れる影の中で呟いた。王とその護衛である自分は松明を持たずに、少し離れた周囲の者達が持っている。これはわざわざ王の姿を敵に見つけやすくしないためだ。周囲が明るいと暗い場所は余計見えなくなる。
「はい、首都ミデュテラトのすぐ南の街道沿いにある村です。首都周辺の農家が住む場所であると同時に、ミデュテラト入城の為の宿町も兼ねています」
スマルト共和国の首都ミデュテラトは南からの街道と東西へと分かれる街道が交差するスマルト共和国北部の交通の要衝にある。街壁の東にヴァストリバーがあり、東に機体場合は渡し舟で行く必要がある。
このミデュテラトは都市の東側に真実の色教・ブルー派の神殿を含む総本山がある。南には職人や一般市民が住む場所、西側に議会と政府関係施設が集中しており、今回の標的の議長は西側に居住している事が分かっている。
この軍の数では全体の包囲は無理なため、南と西の区画のみに重点を置き、初日から全力の城攻めを行うのだ。スマルト共和国は西を湿地帯に守られ、北を山脈に、南を海に守られ、東は古くから交易で付き合いのある協商国がある為に、首都の防備は固くない。それを狙う行動だった。
だが、その狙いは上手く行かない事も何となく分かっていた。
エメリヒ王も余計な事を言ってくれたものだ。
「悪い事は相手の兵数は我々より明らかに多いです。良い事は城壁は固く閉じていますが、城内に大した兵は残していないでしょう」
この報告をエメリヒ王にしなければならなかった理由は明白だ。
我々は道中奇襲を受けることなく首都ミデュテラトの南の村に夜明け前には到着し制圧した……が、村には若者は居らず、年寄りばかりであった。ここで我々はある程度察することが出来る。スマルト共和国には十分に情報が伝わっていて、若者がもぬけの殻になる程度にはそれが早かった事だ。
そしていざ村の前で陣形を整え終わり、夜が明けて朝霧が晴れると、目の前に現れたのは完璧に布陣を終えたスマルト共和国の軍隊と、翻るメイズ大公国の旗であった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




