8.ヴァエトランシア
我々が王国内の最後の停泊を終えて水上からスマルト共和国との国境を越えてから3日になる。
近衛軍の戦況は硬直しているがそれは悪いことではなく、共和国軍の視線を惹きつけているという事で、事実ヴァストリバーを遡上し、国境を越えてから兵士の姿も民の姿も見ていなかった。最も今日まで湿地帯を通過していたので、周辺に共和国民の姿が見えないのは当然だった。
「今日、共和国の都市であるヴァエトランシアを通過する!いつでも戦闘できる状態を維持しておけ!!」
スマルト共和国内に入ってから初めてヴァストリバー沿いにある都市に接近するのだ。久しぶりの戦闘になるかもしれない事を考えると、自分は戦場を好む人間ではないが、少し体の奥で血が湧き上がってくる気がする。
既に共和国全土の議員に向かって降伏を促す書状は届いている頃だ。オロール王国の側につけば王国領土となった暁には、議員の立場はそのままに王国会議の参加を認めるという内容のもの。要するに議員を貴族と同等して扱うという話であった。間者を利用して同じ内容を市民にも広く流布させている。
我々が長距離偵察をした際に書状を届けた北西都市の議員連中は未だに動きを見せていないが、少なくとも動きを見せていないだけ十分なものだと言える。同様に今回通過するヴァエトランシアから、ヴァストリバーを遡上する我々に対する妨害が無ければ、書状や間者を利用した離間工作は機能していると言えるだろう。
「見えたぞ!ヴァエトランシアだ」
船室にてエメリヒ王と話し合っていたところに、外から誰かが叫んだ声が聞こえる。
エメリヒ王と自分もその声につられて外に出る事にした。
今は昼を少し回り太陽が傾き始める時間帯であったにもかかわらず、外は障害物の無い川の上を自由に吹き荒れる風のせいでかなり冷えるように感じる。初冬らしく遠くまで見渡せる綺麗な空気の奥に、ヴァエトランシアが見えた。
ヴァストリバー両岸に位置するヴァエトランシアは、街の半分がヴァストリバーの川の上に立っていると言われる水の都市で、中央の水路は船の行き来をある程度することが出来るくらいの川幅しかない。我々の船団は両脇に戦時には街壁の代わりとなる石とレンガで出来た建物が並んでいる場所を通過しなければならず、その上から弓矢を射かけられ、投石されたならばそれなりの被害を確保しなければならない。
ヴァエトランシアからも川面を満たさんばかりの我々の船団は確認できているはずだが、今のところ両岸の市街地からは大きな反応はない。それどころか途絶えない事を歌に謳われるほどのヴァストリバーを行き来する船の姿が全く見えず、むしろ静かすぎるといった具合だ。つまり我々の通過は何らかの方法で知られている。
「陛下、我々は船内へ入りましょう」
「うむ」
徐々に接近し始めたヴァエトランシアの姿を静かに、船内から補強された窓の隙間から伺う。エメリヒ王と自分それに部下二人が船室内にあって、誰も口を開かない静かな空間だ。船団からも話し声や物音は聞こえず、船体にぶつかる風の音と船首が川を切り裂く水音しか聞こえない。
「……どちらだ」
船団の先頭がヴァエトランシアの街壁に差し掛かり始める……まだ反応はない。
やがて我々を含む中段の船までが両脇にヴァエトランシアの街並みを抱えた。既に先頭を走る船は街を抜けようとしているはずだ。直感が奇襲を仕掛けられるなら今だと告げる。
両脇には1階部分に船で買い物が出来るような商店、2階から5階程度の高さまである住居があり、屋上は胸壁のような形になっている。その上にはスマルト共和国の深みのある鮮やかな青色を基調とした国旗と、ヴァエトランシアの都市旗と呼ばれる旗が強い西風に煽られてはためいている。人の姿をみえない。
静かに水面を通っていた我々の船団は高い建物の間を抜ける風に押され、これまでよりも速い速度でもってヴァエトランシアを抜けていく。
我々の船がヴァエトランシアの街壁を抜けようとするときにも、未だに反応はなく船団は航行を続けていた。船団全体がヴァエトランシアの街を抜けきり、街の外観が後ろで小さくなり始めた時に、エメリヒ王は窓際から離れると静かに自分の席に腰を落ち着かせた。
「ヴァエトランシアに裏切りを促していなかったのだがな……全くこちらを止めないとは」
「裏切るつもりでしょうか?」
「それか、この先に罠が待っているかだな……考えられるものとしては、西に向かった主力軍が我々が上陸したところに出現するとか」
この時エメリヒ王とは少し”しまった!”という顔をしていた。
彼しては最悪なものを想定して話をしている。それが戦場で最も必要になる事だ。全てが想像通り運ぶことが出来たならそれは間違いなく一番良いだろうが、必ず悪いことが起こるし、良い事が起こる事もある事は自分の経験からも学んでいた。
だが…それを口に出すのは話が違ってくる。”余計な事を口に出すとそれが起きる”のジンクスだ。当然最悪の想定をしておかなければならないが、それを口に出すのはよした方が良い場合もある。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




